日朝に数多くのハードル
岡林弘志
(2014.4.2)

 

    オランダのハーグで開かれた日米韓首脳会談の時間に合わせて、北朝鮮は日本海に向けてミサイル2発を発射した。ゆさぶりのつもりだろうが、かえって日米韓連携の必要性をあらためて認識させた。一方で、事あるごとに、ぶっそうなふるまいをする北朝鮮の性癖は、ようやく糸口をつかんだかに見える日朝関係の前途多難、拉致解決に向け一直線に進むことの難しさも感じさせる。

 

日韓の確執に“北の鉄槌”?

 

    「北朝鮮の核問題をはじめとする北東アジアの安全保障において、日米韓の連携を一層強化しなければならない」。核安全保障サミットを機に開かれた日米韓首脳会談(日本時間26日未明)は、北朝鮮の核への対応などで協力していくことで一致した。

 

    この会合は、オバマ米大統領のとりなしで行われた。日韓関係はこれまでになく冷え込み、安倍首相と朴槿恵韓国大統領は、一番近い国なのに、就任1年以上になって初顔合わせ。歴史問題で、両首脳が自らの正当性を言い張り、取り巻きの偏狭なナショナリズムもあって、非難し合い、角突き合わせているからだ。見るに見かねたのである。

 

    日韓の冷たい関係に、もう一人、金正恩第一書記も気をもんだらしく、三者首脳会談の時間が、日本や朝鮮半島では真夜中だったにもかかわらず、北朝鮮はこの時間に合わせて、中距離ミサイル「ノドン」2発を平壌北方の粛川から日本海に向けて発射した。今回の飛距離は650kmほど。能力の半分に抑えるというテクニックも見せた。

 

    要するに、日韓は過去にとらわれて、喧嘩している場合じゃないぞと、言葉ではなく、実物教育をしてくれた。もちろんそんなわけはないが、結果としてそうなる。日韓の周りを見渡せば、北朝鮮が核・ミサイル開発を進め、中国が急速に軍備増強、支配海域の拡大を図りつつある。こんな時、民主主義、市場経済を共有するはずの両国がそっぽを向いたままでは、それぞれの国益を損なう。子供でも分かる。しかし、今回の会談でも、一気に雪解けとはいきそうもない。二世、三世政治家の病弊か。情けないことだ。

 

    ミサイルに話を戻せば、日米韓へのけん制、それに交渉に応じようとしない米国、それに北朝鮮ペースでの南北交流を韓国に強いるなどの狙いもあるようだ。しかし、こうした脅しは、きかなくなっている。むしろ外交面孤立を深めるだけだ。

 

日朝折衝に意欲

 

    同時に、今回のミサイル発射は、日朝関係が一筋縄ではいかないこと、肝心の拉致問題の解決にも、米韓の協力が不可欠であることを浮き彫りにした。北朝鮮はこの間から、日本との接触にかなり積極的だ。北朝鮮からの要請で日朝赤十字協議が行われ(3・3、3・19)、さらには3月30-31日、北京で日朝局長級協議が行われた。政府間協議は2012年11月以来、1年4カ月ぶりだった。

 

    一方で、拉致問題でも、横田めぐみさんの両親がめぐみさんの娘ウンギョンさんとモンゴルの首都ウランバートルで、初めて面会した。両親は「夢のよう」と感激の面持ちだったが、北朝鮮が死亡したという娘とは会えず、消息も聞けなかった。孫が生まれて26年、あらためて拉致の残酷さに胸がつぶれる思いだ。

 

    この面会は、拉致問題が最大の課題という安倍首相の主導で実現した。ひとつ動いたのは確かだ。しかし、この面会はめぐみさんの死亡を既成事実化したい北朝鮮にとっても決してマイナスではないと判断してのことだろう。拉致事件全体の解決に向けて、どういう意味を持つかは、いまのところ不明だ。問題は、拉致被害者全員をいかに取り戻すかである。

「凍った川が流れだす」

 

    「凍りついていた川も溶けて流れ出す季節に、日朝会談がまた開かれたこと自体重い意味がある」。久しぶりの日朝局長級協議の冒頭、北側の宋日昊・朝日国交正常化担当大使はこんなあいさつをした。北朝鮮が南北会談などでも、最初に時々の気候をたとえに折衝の意味を匂わすのは、機嫌がいいか、北側が積極的な時だ。

 

    一日目の協議は、北京の北朝鮮大使館で行われたが、冒頭取材は日本だけでなく、韓国や中国、欧米のメディアも含め、百人ほどを受け入れ、大使館員が愛想よく「アンニョンハセヨ」と出迎えたという。

 

    この大使館は、高い塀で囲われ、北の警備官と中国の警備兵が四六時中警戒、いつもは人を寄せ付けない雰囲気だ。11年前の六カ国協議の際にここで記者会見が行われて以来のことで、極めて異例だ。ここにも、北朝鮮の積極性が覗かれる。

 

    「会談は多くの問題に対して真剣に行われた。今後も継続していった方がいい」。宋日昊は、帰国するための北京空港で機嫌が良かった。2日間の協議では、日本側が拉致問題の解決へ向けての安否の再調査の実施、直前のノドン・ミサイル発射への抗議などを議題にした。北朝鮮は反論をしたはずだが、かつてのように、席を立つこともなく、協議継続で合意した。

 

苦境からの突破口に

 

    北朝鮮が積極的なのは、これまでにない苦境から脱却する糸口をつかみたいからだ。対外的には、外交孤立いわば四面楚歌の状態だ。周辺からは北朝鮮非難の歌声が段々大きくなっている。

 

    「組織的で重大な人権侵害が進んでいる」―国連の人権委員会は北朝鮮の人権について報告書を出した(3・17)。これを受け、国連人権理事会は、国連安保理に指導者の責任追及、制裁措置を求める決議を採択した。金正恩の責任を問えというのだから、これほど厳しい対応は珍しい。

 

    この報告書は、北朝鮮内での政治犯収容をはじめとするあらゆる分野における人権侵害が、数多くの被害者の証言をもとに羅列されている。また、北朝鮮による日本人をはじめとする外国人拉致も詳しく紹介された。拉致事件解決への大きな圧力になりうる。

 

    また、北朝鮮の生殺与奪の権を握る中国との関係は、核実験やミサイル発射に加えて、中国とのパイプ役だった張成沢粛清によって、さらに冷え込んだ。北朝鮮が最大の脅威と目する米国は、核廃棄を具体的に進めない限り、交渉には応じないという原則を崩していない。韓国は南北離散家族の再会には積極的だが、北のドル箱だった金剛山観光の再開には応じていない。

 

    北朝鮮は来年、労働党創立70周年という大きな節目を迎える。金正恩としては、自らの治世を誇るため、公約である「人民生活向上」を人民が実感できるほどに実現しなければならない。若い独裁者にとっては、権力基盤を固めるためにも必須条件である。

 

    こうした国際環境は、金正日時代の“負の遺産”ではあるが、最近の厳しさは、金正恩が自ら行った恐怖政治、恫喝外交が招いたものだ。孤立からの脱却には、こうした独裁政治の悪弊を正すことが第一だが、独裁を止めることはできず、なんとかあの手この手を弄して乗り越えようとしている。その突破口として、日朝関係を位置付けたのだろう。

 

「総連本部」を重大視

 

    国連や日本による制裁解除―人道支援、経済援助―戦前の補償―日朝国交という筋書きを描いている。しかし、この道筋の中で日朝関係改善、とくに拉致問題の解決が一直線に描けるわけではない。数多くのハードルが待ち構えている。

 

    「総連関係の解決がなければ、朝日関係の進展自体が必要ないと考える」。宋日昊は、北京空港で記者団に、北朝鮮が在日朝鮮総連本部の問題を重大視していることを明らかにした。日朝協議でも同様の言及があったようだ。

 

    総連本部は「同胞の事業や生活の拠点で、現実的に外交代表所の役割を果たしている」(宋日昊)だからだ。しかし朝鮮総連は、北朝鮮のいいなりに巨額の資金を朝銀を通じて在日朝鮮人からから吸い上げ、本国へ貢いだ。当然のことながら全額が焦げ付き、総連本部が入る会館は競売に付された。曲折の末、四国の会社が落札。総連は退去を迫られている。

 

    在日の拠点どころか、在日を食い物にした結果であり、総連本部と本国が招いた結果だ。この件では、これまでも北朝鮮から時々の政権に圧力がかかったが、安倍政権としては、「司法的手続きに政治が介入するわけにはいかない」。北朝鮮が納得する他の方便があるのか。拉致問題進展の最初のハードルになりそうだ。

 

制裁解除はどこまで

 

    また、政府は「進展があれば、日本が実施している制裁の一部を解除することもありうる」(外務省筋)と、北朝鮮船舶の日本への寄港、輸出入などを解禁する姿勢も見せている。もちろん、拉致解決には、それなりの見返りが必要になる。

 

    しかし、折衝が進展すれば、北朝鮮はさらなる制裁解除を求めてくるのは間違いない。このうち国連安保理による経済制裁は、北朝鮮の核・ミサイル開発にかかわるものだ。したがって、北朝鮮が開発をやめない限り、簡単に解除とはいかない。

 

    まして、北朝鮮が中・長距離ミサイルの発射を不定期に続ける中で、制裁解除は国際的な理解も得られない。昨年12月、局長級協議が予定されていたが、北朝鮮の長距離ミサイル発射予告を受け、日本政府は延期を通告した。今回は、「会談の場で堂々と抗議する」という理由をつけて、中止にはしなかった。しかし、今後、拉致問題が進展しつつあるとき、ミサイル発射、核実験を抑えられるか。強行した場合はどうするか。難しい判断を迫られる。

 

    さらに先の話になりそうだが、拉致被害者の返還が実現するとなれば、当然、日朝国交樹立、経済協力に話が進む。おそらく経済協力は数兆円の単位になるはずだ。核問題が解決しない中での巨額の資金提供は、核開発に手を貸すことになる。国連による制裁に反するばかりでなく、周辺国の反発も予想される。

 

込み入った方程式の如し

 

    「透明性を保った形で拉致問題解決に取り組む日本の努力を支持する」。米国務省報道官は、北朝鮮の核・ミサイルをそのままに、拉致問題で代償を与えるような交渉にくぎを刺した。また、日朝関係が進展しても、南北朝鮮関係が停滞したままでは、韓国は面白くない。日米韓の離間策に日本が乗ることになるからだ。拉致解決においても日米韓の連携、協力は不可欠だ。

 

    ざっと考えただけでも、日朝関係を進めるのは、数多くのハードルが待ち受け、込み入った方程式を解くがごとくだ。北朝鮮が今回、安倍政権との交渉に踏み切ったのは、「日本の中の対北朝鮮強硬派であるタカ派を抑えるのはタカ派でなければできない」という判断があるからだ。安倍政権は、強硬派とどう折り合いをつけ、米韓の理解をどう取り付けるか。

 

    拉致や核・ミサイルを根本的に解決するには、独裁体制を終わらせるしかない。そこを念頭に一歩ずつ進めていくしかない。「拉致解決は安倍政権の使命」という以上、あらゆる方面から情報を集めて、水面下も含め、実利に基づいた戦術に知恵を絞る。安倍政権の交渉術が問われている。

更新日:2022年6月24日