北はいつまで我慢できるか
岡林弘志
(2014.2.25)

 

    北朝鮮が、韓国に対する挑発や悪口を止めるという。その通りなら結構なことだ。ただ、韓国も周りの国も“前科”があるため、ほとんど信じていない。今年の金正恩第一書記の新年辞でも、南北関係改善に努力とこの一年の方針を示した。その手始めとして、離散家族の再会はなんとか実施されたが、果たして、今年いっぱい恫喝や軍事挑発をしないでいられるか。

 

    ようやく離散家族再会

 

    「協議により、双方は北南関係を改善し、民族的団結と平和繁栄、自主的な統一の新しい転機を開く意思を確認・・・」(2・14朝鮮中央通信)。南北高官級協議が、板門店で開かれ、2月20-25日の南北離散家族再会を予定通り開くことで合意し、実施された。3年4カ月ぶりだ。

 

    離散家族の再会は、昨年9月の予定だったが、韓国が金剛山観光の再開に応じなかったなどのため、北朝鮮が一方的に延期すると通告、水に流れてしまった。年が変わって、朴槿恵大統領が早期実施を提案(1・6)したが、北朝鮮の祖国平和統一委員会(祖平統)は、米韓合同軍事演習が近く行われることなどに難癖をつけ、拒否した。

 

    局面が変わったのは、その10日後、北の最高権力機関である国防委員会が「重大提案」を発表した(1・16)ためだ。3項目からなり、第1は、「1・30の旧正月を機に誹謗、中傷などの行為を全面中止する実際の措置をとる」という。これまで、誹謗、中傷してきたことを自ら認めているようにも読めて、面白い。

 

    第2項目は、軍事にかかわる内容だ。「軍事的敵対行為を全面中止する」という。とくに「西海5島のホットスポット含む地上、海上、空中で相手を刺激するすべての行為を全面中止する」ことを強調している。これは、2010年にやった哨戒艦撃沈や延坪島砲撃のようなことをしない、ということか。

 

    北の核に反対するな!

 

    「われわれは実践的な行動を先に見せるだろう」と、「どうだ」と言わんばかりだが、もともと軍事挑発やテロは、北朝鮮がやってきたことだ。再びやらないということを恩着せがましく言うことではない。関係改善をしようというなら、当然である。

 

    一方では、韓国側に「2月末から強行しようとしているキー・リゾルブとフォール・イーグル合同軍事演習を中止する政策的決断を下すべきだろう」と求めている。さらにどうしても合同演習をしたいなら「朝鮮半島から遠く離れた寂しい所や米国に渡って行え」と、おせっかいなことに代案まで示している。

 

    第3項目は、「この地に招かれる核災変を防ぐための現実的な措置を相互がとっていく」提案だ。ここで言いたいのは、北朝鮮の核は米国の核から守るためのもので、同族を害するための手段ではない。米国の核は同族を打撃する手段なので、韓国は「この地域に引き入れる無謀な行為に執着してはならない」ということだそうだ。

 

    「(韓国は)同族を害する外部勢力の核は容認し、全同胞を守る同族の核は否認する2重行為、態度から断固として決別しなければならない」ともいう。統一すれば、北の核は我々の核になると、いう韓国内の親北派の言い分を意識してか、北朝鮮に核放棄を求めるなと言っているのである。

 

    結論として、「この重大提案が実現されれば、離散家族・親戚の対面を始め北南関係において提起されるすべての問題が解決される」と、南北関係の改善を提案している。

 

    対話攻勢はいつもの手

 

    しかし、北朝鮮のこうした提案は、これまでに何回もあった。昨年の金正恩の「新年辞」でも「重大な問題は北と南の対決状態を解消することだ」と、関係改善を重要施策として掲げた。ところが、その舌の根も乾かないうちに、3回目の核実験を強行(2.12)、これに対する国際社会からの非難が高まると、朝鮮戦争停戦協定を「白紙化」し、「ソウル、ワシントンを火の海に」と恫喝、さらには開城工業団地を閉鎖するなど、韓国と周辺に対する恫喝、挑発を続けた。

 

    関係改善を提案し、韓国が言うことを聞かないということを理由にして、軍事も含めた挑発をするのは、北朝鮮の常とう手段だ。したがって、今回も韓国側は真に受けず、もし関係改善をする気があるなら「まず過去の挑発について責任ある措置を取るべきだ」(統一省)と、謝罪するよう求めた。米韓合同演習についても「北は受け入れられないはずの提案をして、挑発する際に『原因を作ったのは韓国』と主張するためだ」とみている。

 

    米韓演習にも我慢したのは

 

    ただ、今回は韓国側が二つの米韓合同演習を2月24日から予定通り実施する意向を明らかにしているにも関わらず、直前の離散家族の再会を予定通り実施した。祖平統などが事前に演習延期を強く求めていたにもかかわらず、である。かつてないことだ。

 

    北朝鮮にとって、最も嫌なことを我慢しても、韓国側に関係改善の意思を示す必要がある、ということだろう。まず考えられるのは、対外的には、中国との冷えた関係だ。パイプ役だった昨年12月の張成沢の処刑は、中国へのあてつけでもある。中国は公式的には、何のコメントもしていないが、苦虫をつぶしているに違いない。

 

    北朝鮮の刊行物、映像から、張成沢の写真をはじめ、関わるものはすべて削除された。しかし、平壌の中国大使館のホームページには、張成沢の名前が出てくる記事28本(うち5本は写真付き)が処刑後も残っている(2.10朝鮮日報)という。また、張成沢が窓口になっていた鴨緑江中洲の中朝共同開発事業などは中断されている。交易にも支障が出ているようだ。

 

    いずれにしても、鉱山の採掘権などによって、張成沢は外貨稼ぎに手腕を発揮したようだ。処刑によって、当面、外貨獲得には神経質にならざるをえない。中国相手の商売もかなり支障が出ているようだ。となれば、まず目に付けるのが韓国だ。とくに、金剛山観光は手っ取り早く、ドルを稼げる手段だ。韓国が望む離散家族を受け入れ、金剛山につなげる。さらには、肥料や食糧支援につなげる、というのが北朝鮮の皮算用だろう。

 

    米韓演習は毎年、恒例なのに、まるで攻撃を予告されたように、止めろ!止めろ!とヒステリックに叫んできた。今年はじっと我慢しているのは、よほど、北朝鮮の事情が深刻であることを物語っている。

 

    「人権侵害は世界で比類がない」

 

    問題は、この我慢がいつまで続くかである。二つの米韓演習は、2・24から3月初旬、4月中旬まで続く。北朝鮮の国連代表部は早速「我が国を攻撃目標にしている」と非難したが、これから北朝鮮がどの程度の非難で済ますか。最初の関門になる。

 

    次の関門は、先の南北高官協議の合意事項の一つ「相手に対する誹謗や中傷をしない」である。北側は、これまでも、韓国メディアの金正恩に対する批判を止めるように繰り返し求めてきた。しかし、韓国政府は独裁ではない。報道、出版機関に強制はできない。北朝鮮代表団は、忠誠を示すためにも、この項目を主張せざるを得なかったのだろうが、どの程度まで我慢できるか。

 

    「これほどひどい人権侵害は、現代の国際社会では比類がない」。国連の北朝鮮人権調査委員会の最終報告書が公表された(2・17)。独裁政権による広範な人権侵害が行われていると断定し、カービー委員長はこの報告書とともに、「あなたも将来訴追されかねない」という書簡を金正恩に送った。

 

    これまでも、脱北者や国際社会からも様々な人権侵害の実例が明らかにされてきたが、それらを集大成した内容になっている。そして、北朝鮮はこうした人権抑圧に対する人々の不平不満、抗議を抑えるため、恐怖支配を続けてきた。そのひとつの手段が、外に敵を作ることだ。敵が攻めてくるという恐怖を作り出し、独裁政権への忠誠を誓わせ、求心力を高める。最大の敵が米国と韓国、そして日本だ。

 

    独裁の宿痾がうずくのはいつ?

 

    北が対韓誹謗をいつまで我慢できるかは、同時に独裁基盤維持のためいつまで対韓誹謗をしないで済ませられるか、という設問でもある。また、人々の独裁に対する不平不満をどこまで減らせるか、という設問でもある。

 

    昨年暮れの張成沢処刑で、金正恩の求心力は高まったという見方もある。しかし、父親もしなかった叔父であるいわゆるナンバー2の粛清は、人々に恐怖とともに、残酷さを印象付けた。また、改革・開放へのかすかな望みも絶ってしまった。

 

    生活必需品、日用品の8割が中国製という現状の中では、中国との表裏での交易が細れば、人々の生活を直撃する。また、農業の立て直しにも支障が出てきそうだ。遊園地最優先政策を誇る金正恩がこれからどのように、求心力を高めるか。

 

    最高指導者が思うように人民支配ができなくなったと思った時、手っ取り早いのは、韓国との緊張を高めることだ。国内外の恐怖をあおることなしに、独裁は維持できない。独裁の宿痾がうずくのはいつか。

更新日:2022年6月24日