年明けて意気軒高だが
岡林弘志
(2014.1.17)

 

    金正恩第一書記の治世になって、3年目を迎えた。恒例の新年辞は、威勢のいい言葉が並び、スキー場や乗馬クラブ、体育センターなど娯楽・スポーツの施設が整ったのはよくわかる。半面、肝心の「人民生活の向上」については、競合する目標も掲げられ、どうなるか不明だ。ただ、昨年末に「目の上のこぶ」だったオジさんを斬り捨て、ご本人が意気軒高であることは、間違いない。

 

    粛清で「独り立ち」誇示

 

    「強盛国家の建設を目指す時期に党内に潜んでいた分派の汚物を除去する断固たる措置をとりました」(新年辞)。「分派の汚物」とは、もちろん張成沢・国防委員会副委員長のことだ。まさに「溺れた犬は棒で叩け」、ひたすら攻撃してやまない。「反党反革命分派一党を摘発粛清することによって、我々の一心団結は百倍に強化された」というわけだ。

 

    粛清は、昨年一年を振り返る中で言及され、思想・政治大国を確立するうえで、重大な出来事であったことを強調している。金正恩にとって、張成沢がいかに目障りだったかがよくわかる。特に中国との関わりでつくりだした利権を握っていた張成沢は、「俺がいなければ何もできない」と、いい気になって、虎の尾を踏んでしまった。

 

    実績のない金正恩は、側近にカネやモノを配り、人民が驚くような施設をつくることで、基盤強化を図ろうとした。これには巨額の外貨が必要だ。北朝鮮ウォンは超インフレで紙くず同然だからだ。巨額の外貨を持ちながら、出し渋る張成沢は、独裁を邪魔する革命の敵でしかない。

 

    また、張成沢は、経済立て直しに回すなどの名目で軍の利権の多くを党、あるいは自分が責任者を務める党行政局に切り替えた。恨みを持つ軍が張成沢追い落としに力を注いだことは十分に考えられる。軍のトップである崔龍海・総政治局長は、かねて張成沢の腹心、失脚した時に救いあげてくれた恩人でもある。しかし、独裁体制の下で、“神御一人”以外に忠誠を尽くすのは御法度。生き残りのためには、恩人にも刃を向ける。独裁体制で生きる者の宿命だ。

 

    張成沢粛清は、金正恩にとっては、独裁権力のすごさを改めて認識する機会でもあった。同時に先代の威力を借りなくとも、自らの権力基盤の確立を実感できる出来事だったに違いない。そのせいか、新年辞で、金日成・金正日を持ちだした回数は、昨年26回もあったのに、今年は8回に減っている。「独り立ち」を誇る意向がにじみ出ている。

 

    「記念碑的建造物」は具体的

 

    もう一つ、昨年の実績で、具体的なのは「記念碑的建造物」だ。「数多く建設し、建設の最盛期を開いた」と誇らしげだ。「祖国解放戦争勝利記念館」「銀河科学者通り」「紋繍遊泳場」、そしてご自慢の「馬息嶺スキー場」と昨年完成した施設の名前を列挙した。このほかにも「美林乗馬クラブ」「平壌体育館」なども昨年秋に完成している。

 

    これによって「日々変貌する祖国の目覚ましい姿を見せ、人民の幸せの笑い声がより高く響き渡る」ようになったのである。金正恩が何によって民心をつかもうとしているかが、ここに表れている。生活の基本である衣食住よりも、人々が遊ぶ部門で実績を誇示するスタイルだ。それに北朝鮮の独裁体制は、「地上の楽園」であることを事あるごとに宣伝したがる性癖もある。

 

    一方で「人民経済」については、「各単位で生産的高揚が起こり、自立的経済の土台が一層強固に」なったと自画自賛。ただ、昨年の最も力を入れるといった「農業部門」については「困難な状況と不順な天候の中にあっても、農業生産で革新を起こし、人民生活の向上に寄与した」と、極めて抽象的にしか触れられていない。ただ、昨年も異常気象と肥料部不足などの「困難な状況」に苦しめられたことはよくわかる。

 

    「農業にすべての力を集中」というが

 

    「勝利の信念を持って強盛国家建設のすべての部門で飛躍の熱風を強く巻き起こそう!」―これが今年の柱となるスローガンだ。続いて、今年の重点施策が並べられている。「農業部門、建設部門、科学技術部門」が「先頭に立って…飛躍の炎となって、激しく燃えあがる」のである。

 

    筆頭に掲げた「農業」については、「農業生産に画期的な転換をもたら」す。そのために、「経済建設と人民生活向上を目指す戦いで、農業を主要攻略部門としてしっかりとらえ、農業にすべての力を集中すべき」と、繰り返し農業に最も力を入れると強調している。その結果、何を目指しているかと言うと、「より多くの肉類と野菜、きのこが人民に供給されるようにすべきです」と、なんかいじましい。

 

    毎年のことだが、これで本当に農業を盛んにするためのカネとモノがつぎ込まれるかだ。他の部門を見ると、「建設において新たな繁栄期を開き、世界水準の立派な建築物を築」く。「平壌市をより一層壮大かつ華麗に建設」する。「先行部門、基礎工業部門をはじめ人民経済のすべての部門で革新の熱風を巻き起こす」。「電力工業、石炭鉱業を確実に優先させる」。「軽工業の発展に大きな力を入れる」

 

    どれが重点化分からない

 

    各部門が、それぞれ最重点施策と受け取れるような、おいしい言葉を羅列している。これでは優先順位は不明だ。こうした表現は毎年のこと。振り返ると、なんてことはない、最も優先されたのは、神格化事業と核・ミサイル開発。というのが例年のことだ。

 

    今年はどうか。軍需部門はというと、「国防力の強化に引き続き大きな力を入れる」のである。「国事のなかの国事」だからだ。具体的には「軽量化、無人化、知能化、精密化された朝鮮式の近代的な武力装備を充実させる」。要するに装備のハイテク化である。国際的にみると、開発競争はし烈だ。いくらカネをつぎ込んでも足りないだろう。完成したとしても維持管理にもカネはかかる。

 

    それよりも、優先されてきた「神格化」はどうか。どのような事業をやるかは述べていないが、今年は「金正日同志が全社会の金日成主義化綱領を宣布して40年目に当たる意義深い」年だ。これぞまさしく、北朝鮮の思想的大黒柱に関わる記念の年だ。毎年、次から次へと記念日を探し出してきては、大騒ぎをするが、今年も例外ではない。

 

    この「綱領」とは、1974年2月につくられた「党の唯一思想体系確立の10大原則」のことを指す。後継者に決まった金正日が金日成の絶対性を整理しまとめたもので、荒っぽく言うと、金日成は頭脳であり、他のすべての組織や人民は頭脳の命ずるままに手足のように動け、尽くせという内容だ。北朝鮮では、労働党規約や憲法よりも上に位置する絶対的綱領と位置づけられ、全人民はすべて暗記することを義務付けられている。

 

    この綱領は、昨年夏に改定され「党の唯一領導体系確立の10大原則」となった。タイトルの「思想体系」が「領導体系」に変わった。これまでの「金日成思想」だった部分は、金正日が加わり「金日成―金正日主義化」に変わった。また、この二人の功績によって「核武力を中枢とする無敵の軍事力」を持っていると、核保有国であることを誇示している。もちろん中心は代を継いで続く「領導体制」への絶対服従を人々に強いる内容である。

 

    おそらく、近く40周年のための記念物を建てたり、住民集会を開く競争が各地で展開され、厳寒の中、途方もないカネやエネルギーが浪費されるに違いない。このほかにも、例年のように、金日成、金正日の誕生日や命日など、その度に、人々は銅像やパネルの周辺を掃除し、花束を買って、お参りに行かなければならない。

 

    こう見ると、農業に「すべての力を集中」というが、どうも言葉だけに終わりそうだ。農業優先、人民生活向上は、金正日の晩年からのスローガンだが、昨年一年を見ても、記念行事、神格化事業、金正恩がつくりだした戦争騒ぎで、人々は翻弄された。経済に限ると、金正恩が現地視察に訪れた事業所は、一時的に資材、原料などが回されるのだろうが、他は昨年と同じ。いずれ絵に描いた餅に終わりそうだ。

 

    「節約運動」と言われても

 

    今回の新年辞で、面白かったことの一つは、昨年実績の部分で「軍隊と人民」の協力を強調していることだ。北朝鮮の兵力は百万人を超えるが、兵士の多くは労働適齢期だ。農繁期には農村へ出かけ、大土木工事などを全面的に請け負ってきた。自慢の「馬息嶺スキー場」もすべて兵士の手で工事が行われている。働き盛りの百万もの青年を軍事訓練だけさせておくわけにはいかないのである。また、人民は各種行事などで疲れ、腹を減らし効率よく働けない。兵士が助けざるを得ないという事情もありそうだ。

 

    もう一つ面白かったのは、金正恩が「節約」を呼び掛けたことだ。経済の方針の締めくくりの部分で、「節約はすなわち生産であり、愛国心の発露」と説明、「1ワットの電力、1グラムの石炭、1滴の水も極力節約するように」と細かい。日頃、太っ腹なところを誇示してやまない金正恩に指定は珍しい。もっとも、多くの人民は、「無駄にするほどの電気や石炭なんてどこにあるんだ」と腹の底でつぶやいているのではないか。

 

    「愛国愛民のゲレンデ」だ

 

    「世界にたいする挑戦をあらためて知らせた歴史的な事変だ。馬息嶺は最先端の文明世界が織りなす豪華な嶺である」(1・13)。労働新聞は、歯の浮くような馬息嶺スキー場の紹介記事を載せた。さらに「金正恩第一書記の人民に対する奉仕する精神があふれる愛国愛民のゲレンデ」という。ここにも、金正恩の人民の愛し方がいかに偏っているかが現れている。

 

    人々は、張成沢粛清で恐怖政治を目の当たりにして、首をすくめている。金正恩が人民服の一番上のボタンをはずし、腹と胸を突き出し偉そうに現地視察をして、「人民愛」と言われても、「ハハー」と下を向いて、恐れ入るばかりだ。今年の冬は異常に寒い。

更新日:2022年6月24日