罵詈雑言は自分に向かう

(2013.10.18)

岡林弘志

 

ある意味で、北朝鮮は分かりやすい。自分の希望をかなえようとする時は、脅すか対話攻勢に出る。それが思うようにならないときは、罵詈雑言を浴びせ、脅す。このところ、北朝鮮は韓国と米国に対する非難を連発している。いま両国との関係が北朝鮮の思うように進んでいないことがよくわかる。

 

ついに「精神病」「痴呆症」に

 

「海外に行ってまで人間のくずの悪態を受け売りし、同族を悪辣にそしるのを見れば、朴槿恵こそ対決狂乱症にかかった精神病者でなければ痴呆患者に違いない」(10・14、祖国平和統一委員会=祖平統)。朴槿恵大統領は、このところ、北朝鮮から呼び捨てにされているだけでなく、ついには精神病、痴呆症にされてしまった。悪口の限りを尽くすというのはこういうことを言うのだろう。

 

このところ、北の対韓国非難は連日だ。そのネタは、韓国政府の「第二次南北関係基本計画」、「開城工業団地は北のドル箱」という韓国メディアの分析、米原子力空母「ジョージ・ワシントン」や日本の自衛隊も参加する合同の海上打撃訓練、2007年の盧武鉉・金正日会談の議事録点検問題、さらには朴槿恵の外遊の際のる発言……。

 

それにしても、北朝鮮は韓国の新聞、テレビを隅から隅までよく読み、見ている。もちろん、大統領から政権幹部らの言動も細大漏らさずカバーしている。戦争状態にある相手の情報を知るのは、当然ではあるが、それにしては、韓国情報を悪口の材料だけに使っているようで非生産的だ。そのせいか、このところの北朝鮮の対南戦術は単純だ。このため、韓国の方は「また始まった」とほとんどこたえていないような気がする。

 

北の対南戦術は分かりやすい

 

また、北の出方はあまりに分かりやすい。最近の北の目的は、自らが閉鎖した開城団地の操業再開だった。このため、7月にごたごたあったが、南北協議を認め、9月16日に操業にこぎつけた。この間、北朝鮮は南北対話をいかに望んでいるか、同じ民族同士の協調がいかに重要か、そのためには対決でなく友好親善が大切など、今年前半の戦争挑発は忘れたように、平和の使者の如く発言してきた。

 

ところが、北朝鮮が「ドル箱」として、よりおいしい「金剛山観光」の再開に、韓国側が簡単には応じないと分かると、手のひらを返すように突然韓国非難を始め、南北で合意していた秋夕の南北離散家族再会を延期した。韓国の経済力が誇示される機会でもある再会事業は、韓国が開城団地操業と合わせて求めてきたため、断れなかった。しかし、韓国側が開城団地から引き上げることがないと足元を見てのことだ。

 

「一犬影に吠えれば……」

 

北朝鮮の罵詈雑言は、これまでも関係機関が「神御一人」に対する忠誠を競うように行われるのが通例だ。このところ、目立つのは、国防委員会が声明を発すると、それに合わせるように、祖平統、外務省、人民軍など南北にかかわる機関がその趣旨に沿った声明なり談話を発する。場合によっては住民集会が行われる。

 

北朝鮮憲法によると、国防委員会は「国家主権の最高国防指導機関」。また国防委員会委員長(いまは金正恩第一書記)は、「朝鮮民主主義人民共和国の最高領導者(指導者)」と明記してある。北朝鮮の最高指導機関である。従って、ここのお墨付きがあれば、何を言っても構わない。独裁者の僕としては、悪口の限りを尽くすのが最大の仕事となる。

 

「一犬影に吠ゆれば、万犬声に吠ゆ」――。一匹の犬が何かの影におびえて吠えると、他の犬はその声に合わせて一斉に吠えだす。虚であっても実のように言いふらかすというような意味だ。北朝鮮は、最高指導部の「大変だ、けしからん」という声に反応して、関係機関が「大変、けしからん」を大合唱して、相手への憎しみを増幅し、人々もそう思い込む。独裁体制の持つ性癖、宿痾でもある。

 

それは自分のことだろう

 

北朝鮮の罵詈雑言をカバーしていると、今度はどんな表現をするかが、奇妙な楽しみの一つだが、最近はマンネリだ。一つは、しょっちゅう、悪口を言っていると、同じ表現だと、慣れてきて迫力がなくなる。このため、最近は、似たような言葉をいくつも重ねて使うことで、迫力をつけようとしている。

 

それと最近、自家撞着というか、韓国の悪口を言っているはずなのに、なんてことはない、そのまま北朝鮮に当てはまるような文言がよく出てくる。例えば、韓国の「国軍の日」に関連して、「この前まで信頼プロセスを唱えていた口で、同族を悪意に満ちてそしる鉄面皮に驚愕を禁じえない」(10・3朝鮮中央通信社論評)。これは対話攻勢から突然韓国非難に転換した北朝鮮の出方にそのまま当てはまる。

 

こんなのもある。「悪臭漂う口に『礼儀』だの『品格』だのという言葉をむやみに乗せる前に、自分から誤った行動から振り返るべきである」(10・5祖平統)。朴槿恵批判をした談話であるが、これも「あんたにだけは言われたくない」といったたぐいの発言だ。「誰それに対して悪態をつく前に、内外から滅びる自分の家の心配からする方がよかろう」(同)。言うまでもなく、体制存亡の危機に直面しているのは、北朝鮮のほうである。

 

米韓合同軍事演習に対する非難はこうだ。「『信頼』『尊重』『緊張緩和』というものが単なる偽善にすぎず、対朝鮮圧殺だけが彼らの本心であり、最終目標であることを示した」(10・12朝鮮中央通信社論評)。文中の「対朝鮮圧殺」を「対南武力赤化統一」に置き換えれば、そのまま北朝鮮に当てはまる。いわば、「ブーメラン」のように、自分に返ってくるのである。

 

弱みを素直に吐露

 

また、北朝鮮が分かりやすいと思うのは、北朝鮮が何を嫌がっているのか、素直に吐露している点にもある。最近では、米国に対して「対朝鮮敵視政策からの撤回」を求めた国防委員会の声明(10・12)に羅列してある。一つは米国による「核恐喝」である。今年夏の米韓演習で、核兵器搭載可能な戦略爆撃機など最新装備を動員したことが北朝鮮にとって、いかに大きい脅威になったかががよくわかる。金正恩が悪夢にうなされるほどだったとも言われる。

 

第二に挙げているのは「各種の戦争演習」だ。米韓両軍によって定期的に行われる合同演習は、北朝鮮にとって脅威だ。最近では「第二の朝鮮戦争が起きる場合、その主役を担当する米第7艦隊所属の超大型原子力空母ジョージ・ワシントン号の大打撃集団がまたもや現れ」(10・12朝鮮中央通信社論評)と実に具体的だ。よくわかっているのである。

 

それに、米韓演習が行われれば、北朝鮮も対抗して演習や動員をせざるを得なくなり、経済的負担が大きい。特に燃料不足の中、戦闘機や戦車などを動かすのは、大変な出費を強いられる。いかに忠誠心を強固にしようと、石油が湧き出てくるわけではない。また、住民の動員は、生活を圧迫し、評判が悪い。

 

第三は、「多種多様な孤立・圧殺封鎖措置」である。もちろん、国連安保理の重なる経済制裁、米国を始めとして日韓などが独自で実施している経済制裁など各種の孤立化政策を指している。日本の中にも「経済制裁は大した効果はない」という声もあるが、北朝鮮の悲鳴のようなこの声明を読むと、いかに打撃が大きいかがよくわかる。

 

声明ではこれらの措置の撤廃、撤回を求めたうえで「まさにここに朝米関係改善の道がある」と強調している。しかし、いずれも、北朝鮮の核・ミサイル開発、韓国に対する軍事攻撃、挑発が招いたものばかりだ。「米国は体制の流れを直視して我々の厳かな警鐘に塾考しなければならない」と求めているが、「塾考」すべきは北朝鮮の方。米朝関係改善、あるいは国際的孤立から抜け出すためには、北朝鮮が核・ミサイル開発を止め、日本と韓国からの拉致被害者を返せばいいのである。

 

「発する言葉が正しければ…」というが

 

それにこれだけ素直に「脅威」を披歴すれば、相手方は求めることが実現するまで「脅威」を緩めることはない。戦術論の初歩である。しゃべればしゃべるほど弱みをさらけ出す。黙っている方が凄味は増す、という理屈は北朝鮮には通じないようだ。

 

「発する言葉が正しければ、変える言葉も正しい」。韓国・朝鮮の古くからのことわざだ。どうも北朝鮮では死語になっているようだ。それに、「品性」という言葉も何の価値もない。「木に縁りて魚を求む」類の話だ。

更新日:2022年6月24日