腰の引けた「戦勝記念日」

岡林弘志

(2013.7.30)

 

 男は黙って何とかビール―ではなかろうが、金正恩第一書記は、今年最大の行事である朝鮮戦争が休戦となったいわゆる「戦勝記念日」に何も話さなかった。軍事パレードには最新装備を羅列し、脅威を誇示したが、一連の行事や動きからはひたすら中国への気遣いが浮き彫りになるなど、腰の引けた印象を与えた。

 

中国代表に異例の気配り

 

 「戦争当時、中国が人民義勇軍を派遣し、朝鮮人民を血で助けてくれた偉勲は永遠に伝えられるだろう」

 記念日の7・27、金日成広場での軍事パレードに先立ち演説した崔龍海・人民軍総政治局長は、中朝関係の永遠なることを強調した。

 

 また、閲兵のバルコニーには、金正恩と中国代表団長の李源朝・副主席が並び、朝鮮中央テレビの中継では、時々二人が談笑する場面を放映した。親しい仲であることを内外に見せつけるためだろう。前夜のアリラン祭を見学した際も、同様な場面が放映された。

 

 TBSの「ひるおび!」が数えたところ(ご苦労なことだ)、一連の行事報道で、二人のシーンは130回もあったという。ちなみに金正恩1一人の場面は48回。李源朝が帰国した後(7・29)、金正恩は平安南道の中国人民軍陵園を訪れ、花輪を捧げ、「中国の支援と兵士が流した血を永遠に忘れてはならない」と訓示を垂れた。

 

 北朝鮮が、いかに中国に気を遣っているかがによく表れている。中国の制裁強化がよほど響いているということだ。金正恩は、5月下旬に崔龍海を特使として中国へ派遣したが、中国の「非核化」要求が揺るがないことと冷遇を確認しただけに終わり、重ねて気配りを見せたのだろう。

 

 今回の「戦勝記念日」への代表団派遣について、北朝鮮はかなり早くから高位級の訪朝を要請したようだが、中国は副主席の肩書を持つ共産党序列第8位、常務委員ではない幹部を送り、北朝鮮の言う通りにはならなかった。それでも、北朝鮮は最大限の気を使い、厚遇せざるをえないほど、両国間は冷えている。

 

金正恩は軍服を着ず演説もなし

 

 また、出たがりの金正恩が演説をしなかったのも異例だ。一年以上も前から、戦勝記念を盛大に祝うよう指示してきた。晴れの舞台で、祖父と同じ純白の儀礼用の軍服に身をただし、父親に勝る指導力を誇示する演説をしたかったに違いない。

 

 なぜ、演説をしなかったのかは不明だ。勘ぐれば、北朝鮮はさんざ脅しをかけた後で、対話攻勢に転じた。ここで、金正恩が軍服姿で持ち前の威勢のよさを出して、声を張り上げれば、せっかくの対話攻勢は意味がなくなる。しかも、中国が盛んに六カ国協議の再開に向けて、周辺国に働きかけている最中だ。水を掛けるわけにはいかない。側近から「殿、ここはお控えを」という場面があったのかもしれない。

 

 代わって、演説したのが崔龍海だ。内容は、金日成、金正日の偉大さを繰り返し、先に述べたように中国との「血で結ばれた関係」を強調、経済強国建設、人民生活向上に力を入れていることにも言及した。いわば総花的で平板だ。恒例の米国非難や核保有などには、触れなかった。

 

 余談だが、中央テレビの中継録画(2時間27分余)を「ウリミンジョクキリ」のホームページ見た。20分ほどの崔の演説中に3,4度、金正恩を映したが、いずれも崔の方を見やって、いかにも不愉快という表情をしていたのが印象的だ。「下手な演説をやりやがって。なぜおれにしゃべらせないんだ」と腹のふしが収まらなかったのか。

 

放射能マーク、米製ヘリも登場

 

 金正恩が演説をしないことを意識してか、軍事パレードの方は北朝鮮としての最新の装備を揃え、脅威を目一杯誇示しようとしたようだ。驚いたのは、初めの方に出てきたトラック3台に分乗した兵士が放射能マークの入った背嚢を背中でなく、胸の方に抱えた部隊だ。テレビ中継のアナウンサーは、この部隊については何の説明もしなかった。日韓の軍事専門家は「放射能の除染部隊」と見ている。内外に核兵器の配備を勘ぐらせようとしたのだろうが、軍服も背嚢も見るからに新品下ろしたて、パレードのために、急ごしらえしたのだろう。

 

 もう一つ、驚かされたのが、軽量ヘリコプターのデモ飛行だ。戦車の行進とともに、金日成広場の隣にそびえる倉田通りの3,40階建のマンションの間に、ホバリングしていたヘリが次々と広場をかなり低空で爆音を響かせて飛行した。専門家によると、このヘリは米国製のMD500。ドイツ経由の密輸で手に入れたもので、80機ほど保有しているはずという。

 

 韓国軍も同様のヘリを保有しており、北朝鮮がこれを使って奇襲すれば、韓国軍が混乱するのは必至だ。奇襲と言えば、無人攻撃機も登場した。トラックに載せられて6機。空中でカモフラージュするためか空色に塗ってあったが、いかにも安っぽい。

 

「先軍アイドル」をクローズアップ

 

 最大の見世物は、やはりミサイルだ。ロケットに続いて、短距離ミサイル、ノドン、ムスダン、そして米本土にも届くという新型の長距離弾道ミサイル「KN08」……と射程が短いのから長い順に登場した。

 

 金正恩の「口撃」はなかったが、核も含めて装備の威力を示すことで、米国に対して軍事的混乱を避けたければ、早く対話に応じろと迫る狙いだろう。また、韓国にも対話をしたければ無条件で応じるよう圧力をかけたつもりのようだ。

 

 別の面で、目を引いたのは、軍楽隊だ。半分は女性だったが、指揮者は3人全員が女性で、いずれ劣らぬ美人揃い。しかも、朝鮮中央テレビは、珍しくもこの指揮者をアップで写した。ある北朝鮮問題専門家は「先軍アイドル」と名付けたが、うまい命名だ。金正日総書記の時代にも、アジア大会などで、北朝鮮の美女応援団が話題になったが、この親子は美女を誇りたがる性癖があるらしい。

 

最高指導者としての自信を誇示か

 

 今回の一連の行事で、金正恩の出たがりも目立った。外国報道陣の前に4回も姿を現した。最初は、報道陣が待ち受けていた「祖国解放戦争参戦烈士墓」に姿を現し、アリラン祭と軍事パレードでは、報道席から見ることができた。もう一回は、改築された「祖国解放戦争勝利記念館」の開館式。内部を取材していた外国報道陣のところへ突然、金正恩が姿を現した。香港のフェニックステレビの記者は、すぐ目の前で「元帥殿、中国人民に一言を」と声をかけた。この様子はカメラにもとらえられ、世界中に転送された。

 

 金正日の時代には、一度もなかったことだ。金正恩はすでに、4月のミサイル発射(失敗)の際も、外国の報道陣らを呼んだが、今回は、報道陣の至近距離まで現れた。北朝鮮では、神御一人が予定外で混乱に出くわすことはあり得ない。十分に演出された出番だったはずだ。

 

 いかなる意図かはよく分からないが、開放的で、太っ腹なところを誇示する、最高指導者としての実力、自信が備わっていることを内外に示すなど、自己顕示欲が極めて強いことはよくわかる。いろいろな「金正恩」を見ることができた。

 

8月の米韓演習にどう出る

 

 ところで、北朝鮮の対話姿勢はどうなるか。朝鮮戦争休戦協定締結60周年に際し、韓国でも記念式典が行われた。朴槿恵大統領は、北朝鮮に対して「核兵器を放棄して、住民の生活と自由に対する責任を持つべきだ」と求め、「正しい選択をすれば、交流と協力を拡大できる」と述べた。

 

 オバマ大統領も、ワシントンでの記念式典に出て、韓国の安全保障について「米国の責任は揺るがない」と述べた。周辺国はかつてのように、北朝鮮の脅しに、直ちに対話に応じ、見返りを差し出すことはない。核放棄への動きを対話などの前提にしている。

 

 このままいくと、8月後半には、恒例の米韓軍事演習が始まる。脅しが効かないことが分かった金正恩はどうでるか。脅しというのは、前より程度を上げなければ効き目がない。その繰り返しで、この春の脅しはかつてないほどまで行った。さて、今度はどうなるか。

更新日:2022年6月24日