こぶしの降ろし方が稚拙だ

岡林弘志

(2013.7.19)  

 

何のため「戦争」まで持ち出して脅したのか。最近の北朝鮮のやり方を見ていると、迷走だけが目につく。どうも、金正恩第一書記は威勢のいいところを見せるのは得意だが、そのあとをどう始末をつけるかわからない。要するに、危機管理能力に問題がありそうだ。

 

見え透いた「問題解決の一念」

 

「われわれの提議は、開城工業団地正常化の北南当局実務会談とともに北南の最も緊迫した問題を解決しようとする一念から発したものだ」(7.13朝鮮中央通信)。北朝鮮の祖国平和統一委員会(祖平統)が、韓国統一部に送った通知文だ。

 

祖平統が開城工業団地の正常化についての南北協議を提案(6・6)して、すでに一カ月以上が経つが、いまだに進展はない。韓国側が協議の団長を同格にするよう求めたのが気に入らない、金剛山観光の再開協議を韓国側が拒否した…などを理由に挙げている。

 

韓国側が開城団地の操業再開に当たっては、一方的封鎖の再発防止や投資保障を求めたのが気に入らないらしい。南北協議で北がいちゃもんをつけるのは恒例だ。「問題解決の一念から」というのは、あまりに見え透いている。

 

そのうえで「我々の主導的提議は、内外の大きな関心を呼び起こしており、南朝鮮の各界からも歓迎されている」と自画自賛。従って、金剛山観光の再開の実務会談を韓国側が拒否したことについて、けしからんと強調している。「再開は南の同胞の一様な所望」であり「再開を待っている南側企業の緊迫感は工業団地企業同様」だからという。

 

韓国人の金剛山観光は、現代グループが独占的に請け負い、1998年から始まったが、2008年7月に韓国人の女性が決まったルートから外れたという理由で北朝鮮兵士に射殺され中断した。韓国側は、再開の条件として、兵士の処罰と再発防止などを求めているが、北朝鮮は責任はルートを外れた韓国人にあると言い張り、いまに至っている。

 

確かに金剛山観光は韓国人のあこがれであり、現代グループが再開を求めてきたのも確かだが、北朝鮮が韓国人の味方の如く再開を言うのも筋違い。再開したければ、北朝鮮がまず謝罪をすれば済むことだ。自分のことを棚にあげて、相手にだけ求めるのも、北朝鮮の常套手段だ。

 

開城団地についても、「問題解決の一念」があるというなら、開城工業団地の閉鎖をしなければ、そもそも「問題」は起きなかったし、実務会談もすでに4回、いつでも再開できるはずだ。金剛山についても、観光客が道を外れただけで射殺するという野蛮なことをしなければ、中断することもなかった。

 

「戦争」の脅しとのあまりの落差

 

こうした言い分は北朝鮮の性癖だが、今回のおためごかしがこれまでになく浮き上がっているのは、つい最近までの戦争騒ぎがあったからだ。ソウルだけでなくワシントンも「火の海にするぞ」と脅し、平壌駐在の外交官に退去勧告をして本気度を見せつけるなどといった一連の出来事との落差があまりに大きい。

 

あれだけ脅しておいて、我々は誠実だ、南朝鮮の人民や企業の味方だといっても、素直に聞く人はいない。というより、あれだけ威勢よく脅かしながら、急に猫なで声を出しても、何か言っているよ、ようやく静まったか、という程度にしか受け取られない。脅しというのはそういうものだ。それに、周辺国は時々の脅しには屈しないのが一番と権検束から学んでいる。

 

脅しの後、南北協議だけでなく、日本から安倍内閣官房参与を平壌に招き、中国には金正恩特使を送るなど対話の姿勢も見せた。日米韓中の離間策にしても、本気で対話に乗り出すにしても中途半端で、狙いが見えない。

 

どうも、金正恩体制は、威勢よくこぶしを振り上げたが、下ろし方まで考えていなかったか、とにかく権謀術数が得意と思われていた北朝鮮としては稚拙だ。

 

振り返ると、今年前半の脅しで、北朝鮮は何を得たか。少なくともいままでのところ、北に恐れおののいて、対北制裁を緩めた国はない。一時、米韓が対話の窓口は開いているというようなことを言ったが、北朝鮮が望むような対話には進んでいない。得るものは何もなかった。

 

こぶしの上げ方も無謀だった

 

むしろ、失ったものの方がはるかに大きい。米中、中韓の連携を強め、「非核化」で足並みをそろえ、中国は対北制裁を強めた。脅しのつけは高くついた。あわてて金正恩の特使として崔龍海総政治局長を訪中させた(5・22‐24)。何回も頼み込んでようやく習近平主席と会えたが、けんもほろろの対応だったという。

 

こう見ると、こぶしの振り上げ方もまずかったことになる。先代の金正日総書記も、この地域の困り者だったが、もう少し計算をしていたと思う。特に生殺与奪の権を握られている中国という虎の尾を踏まないよう細心の神経を使っていた。最晩年、病気を抱えながら一年間に3回も訪中したのはその現れだ。それに比べて、金正恩は乱暴だ。3回目の核実験は中国の我慢の限界を超えた。

 

肝いりの「馬息嶺スキー場」は土砂崩れ

 

一連の脅しには、国内における金正恩体制を固めるという狙いもあっただろう。この間の対外関係に与えた大きなマイナスを考えると、むしろこちらが重点だったかとも思う。実績のない指導者としては、対外的に威勢のいいところを見せるのが一番というわけだ。

 

しかし、準戦時体制は住民の動員などを伴う。食うに食わずの人々にとっては死活問題だ。しかも、金正日の死去(2011・12)以来、哀悼などの行事、それに金日成生誕百年の昨年が加わり、人々は休む暇もない。忠誠心どころか、ふしん、不満を広げたのではないか。

 

金正恩は、経済立て直しを求めて、核と経済の「並進路線」を高く掲げている。しかし、現地指導を見ていると、経済の根幹にはかかわりのない遊園地や娯楽施設、神格化関連施設などが多い。最近特に力を入れているのが、数十万平米の巨大な「馬息嶺スキー場」だ。

 

金正恩の肝いりで「馬息嶺速度」と呼んで年内完成を目指し、ゲレンデ用に山肌をけずるなど「総突撃戦で…工事を電撃的に進めた」(7・17朝鮮中央通信)と、急ピッチで工事が進んでいることを強調する。金正恩の現地視察があったわけでもないのに、なぜこんな記事が出てくるのか。

 

どうも、前日に韓国の聯合ニュースが、「馬息嶺スキー場で大雨による土砂崩れが起きて、支援のために平壌から多くの人たちが動員された」と報じたことに反論したのだろう。こんなに素早く反応があるのは、書いた記者にとってはうれしいことだ。北朝鮮は韓国や日本の報道を実に丹念に読んでくれる。ありがたい読者であり、視聴者であることがよくわかる。

 

それはともかく、贅沢なレジャー施設をつくるため、大量の人と資材を優先的につぎ込み、その工事が治水を脆弱にして、土砂崩れや流出を招く。それを直すため、さらに人と資材をつぎ込む。悪循環だ。

 

人民にはこぶしの上げ下げのとばっちり

 

そうでなくとも、7月初めからは金日成の19回忌(7・8)の哀悼期間と称して、関連施設の管理、警備や清掃、参拝に人民を動員した。続いて、今年は朝鮮戦争休戦から60年だ。祖国解放60周年と称して、これまでにない規模の軍事パレードが行われるという。

 

さらには、60周年記念「祖国解放戦争勝利記念館(戦勝館)」が「金正恩元帥の遠大な構想と精力的な指導」(7・11朝鮮中央通信)によって、「革命の聖地」白頭山のふもとに新設された。規模などは報じてないが、おそらく贅を尽くしたものに違いない。どうも「並進路線」の旗は高く掲げられたが、相変わらず、「神格化事業」が最優先されている。

 

金正恩が乱暴にこぶしを振り上げ、さらに降ろした後をどうしていいか迷っている。このため、対北制裁網はさらに強化され、民生経済は立ち直れず、超インフレは収まらない。その中で、人々はこぶしの上げ下げのたびにとばっちりを受ける。北朝鮮上空には、いまだに梅雨前線が停滞しているようだが、「いつまで続くぬかるみぞ」だ。

更新日:2022年6月24日