「背に腹は替えられぬ」か

岡林 弘志

(2013.6.11)

 

 今泣いた烏がもう笑った―北朝鮮はとりわけ韓国に対して、宣戦布告まがいの脅しまでしていたが、突然対話をしようと言い出し、当局者協議が始まった。いろいろと難癖をつけて、開城工業団地を閉鎖したが、やはり最大の外貨(ドル)の稼ぎ口を閉めたのは痛かった。それに中国の厳しい対応も響いているようだ。

 

 

 「南の切々たる願いを考慮して」

 

 

 「全同胞の志向と要求、南朝鮮の起業家をはじめ各階層の切々たる請願を考慮して…」

 

 

 北朝鮮の祖国平和統一委員会(祖平統)は特別談話文を発表(6・6)して、突然、韓国にたいして対話、交流を呼び掛けた。挑発から対話路線への転換だが、あくまでも、韓国の民間がなんとかしてくれと拝みたおすからと、恩着せがましいのは、いつもの北朝鮮のやり口だ。

 

 

 これを受けて、わずか3日後、9日は日曜日にもかかわらず、南北実務者協議が開かれた。場所は、板門店の韓国側の「平和の家」。南北3人ずつ。目を引いたのは、北朝鮮の代表が珍しくも女性だったことだ。祖平統の金聖恵・統一政策室長、47歳。服装はエメラルドグリーンの七分袖のソフトスーツというなかなかエレガントな装いだった。韓国の女性大統領を意識したのと、ソフトな雰囲気を韓国人に印象付けようとしたのだろう。

 

 

 ふたつの「誘い水」も

 

 

 北朝鮮が提案した対話の主な内容は、①開城団地の正常化と金剛山観光の再開に向けた当局間会談②6.15共同宣言13周年記念共同事業の開催――の2つだ。しかし、これだけでは、韓国が容易に乗ってこないと思ったらしく、当局者会談では、韓国がかねて求めてきた「離散家族の再会など人道問題も協議できる」と付け加えている。

 

 

 もう一つ、金大中・金正日による南北共同宣言は、北朝鮮の統一方式に偏った内容であり、親北分子との記念事業は「南南葛藤」をあおるためと批判されるのを見越してか、「あわせて7・4共同声明41周年を当局者参加の下で共同で記念すれば意義が大きい」と提案している。

 

 

 7・4声明は、御存じの通り、朴槿恵大統領の父親である朴正煕政権時代の1972年、分裂後初めて出された南北共同声明のことだ。自主的統一、平和的統一、民族大団結をうたい、その後の統一の大原則になっている。「あんたのお父さんの業績もちゃんと顕彰するから」というもう一つの誘い水だ。なんともいじましい。

 

 

 開城閉鎖の損失は大きい

 

 

 北朝鮮が誘い水まで用意して、対話を呼びかけたのは、一つは、開城団地を閉鎖してみて、その損失があまりに大きいことを実感したからだろう。経済制裁の中、最大のドル稼ぎの場を失い、同時に5万人以上の北朝鮮労働者が一気に失業するなど経済的損失はあまりに大きい。

 

 

 しかも、金剛山観光は、韓国の現代グループがつくった施設などを取り上げて、そのまま使い、中国人観光客を呼んで、外貨を稼いでいる。しかし、開城団地は、操業のための技術的な問題もさることながら、電気と水は韓国からの提供で行ってきたため、施設だけ巻き上げてもどうにもならない。もちろん、原料もすべて韓国から搬入したものだ。自分たちだけでは操業できないのである。

 

 

 対外的に、北朝鮮が施設を押収するようなことがあれば、中国をはじめとして外国からの投資はなくなる。北朝鮮はつい最近も「経済開発区法」を定め(6.5朝鮮中央通信)、経済特区を増やし、土地利用や税制面で特恵を与える方針を決めた。しかし、「最高尊厳を冒涜」という理不尽な理由で施設を召し上げる実例を目の当たりにして、投資する企業はリスクが大きすぎて二の足を踏む。

 

 

 中国の厳しさもこたえた

 

 

 任侠映画ではないが、いくら背中で粋がって見せても、腹が減っては戦ができない。ちょっと違うが、「背に腹は替えられぬ」のだ。開城団地の閉鎖については、韓国の風が入り込むのを警戒する金正日の遺訓、前線に近いことを嫌がる軍の抵抗などがいくつかの理由があげられるが、カネが止まってしまってはどうにもならない。

 

 

 加えて、このところの米中の厳しさがこたえている。先の「崔龍海訪中」で、中国は非常に冷たく当たったようだ。北朝鮮の報道を見ても、金日成主席時代からの古い関係を誇示しただけで、具体的な成果についての言及はない。三回目の核実験は、中国という虎の尾を踏んでしまった。

 

 

 北の核を放置すれば、韓国、日本、台湾の核武装を誘発する。それにすでに核を保有するインドを加えると、核による中国包囲網ができる。安全保障上の大問題だ。二日間にわたる米朝首脳会談(6・7~8)では、北朝鮮の非核化に対して共同で当たることで一致した。中国の危機感の表れである。

 

 

 包囲網の出口を求めて、日本に対話を呼びかけたが、日本からカネとモノを取るにしても時間がかかる。また、北朝鮮が強く望む米朝協議について、米国は非核化への具体的な動きがなしに、対話のための対話には応じないという原則を打ち出している。

 

 

 北の焦りが見える対話攻勢

 

 

 となれば、手っ取り早くたいわができるのは、開城団地閉鎖で締め出された中小企業を抱える韓国だ。思惑通り、韓国は早速、対話に応じ、提案から4日目に協議が始まった。それから3日後の12、13日にはソウルで「当局会談」を行う。これまでは、北朝鮮が日時と場所に難癖をつけて、もう少し時間がかかるのが恒例だった。最近嫌がる韓国側での開催もあっさり飲んだ。

 

 

 要するに北朝鮮は焦っているのである。いつも居丈高な北が猫なで声で、散家族再会や7・4声明記念行事といった「誘い水」を出してきたことにもにじみ出ている。朴槿恵政権にとっては、対北政策の最初の試金石だ。

 

 

 金大中、盧武鉉政権による十年の融和政策、代償を求めないカネが、北朝鮮の核、ミサイル開発を大きく進めたのは間違いない。同じ過ちを繰り返してはならない。焦っているいま、北に軍事挑発の停止、企業運営の原則・保障などをしっかり認めさせる好機だ。さらには韓国が李明博政権以来求めてきた非核化も議題にする必要がある。

 

 

 もう一つ、周辺国は北の恫喝に応じる形で、カネやモノをやらないことで共通認識ができつつある。恫喝の見返りは何もない。むしろ失うものの方が多いことも北に知らしめる必要がある。

 

 

 いまの北の姿は、「領袖決死擁護」の頭が異常に肥大化し、両手に核とミサイルを持ってバランスが悪いうえに、肝心の足腰は弱る一方。しかも世間の風当たりは強く、倒れる寸前に見える。朴槿恵政権も拉致問題の解決に意気込む安倍政権も、そのことをしっかり念頭に置く必要がある。

更新日:2022年6月24日