◎またまた「対話攻勢」

岡林 弘志

(2013.5.31)

 

 脅しが終わったと思ったら、今度は「対話攻勢」だ。核ミサイルで強まった制裁包囲網を何とか破り、米国と話がしたい。突破口として、金正恩第一書記の特使が突然中国へ行った。核実験の後、中国を通じて対話路線に切り替えるのはいつもの手だ。今回、直前の「飯島訪朝」はその露払いだったか。

 

 

 手のひら返して「対話」へ

 

 

 「6者協議などの対話を通じて適切に問題を解決したい」

 

 

 金正恩の特使として訪中した崔龍海・人民軍総政治局長は、習近平国家主席と会った際、まず中朝親善を強調した金正恩の親書を手渡し、会談の中でこう述べた(5・24新華社通信)

 

 

 崔龍海は、いかめしい軍服姿で北京を訪れ、中国の要人と会い「関係各国との対話を広げたい」などと、対話姿勢を繰り返しアピールした。ついこの間まで「ワシントンやソウルを火の海にするぞ!」と恫喝「6者協議は意味がない」「休戦協定は白紙に」と、怒り狂ったように繰り返していた。手のひらを返したようにというのはこの事だ。

 

 

 崔龍海の訪朝は、北朝鮮でもテレビや新聞を使って大々的に宣伝された。平壌空港の出発風景から、北京空港での中国側の出迎え風景はテレビでも放映され、労働新聞は、要人との会見の写真を何枚も掲載した。もっとも、肝心の「対話をしたい」という部分は新華社通信の報道で、北朝鮮内部では全く報じられず、あくまでも中朝親善が中心。

 

 

 北では「非核化」「対話」は報道せず

 

 

 習近平との会談についても、習近平国家主席が「朝鮮式社会主義強盛国家建設を支持」しつつ「朝鮮の経済発展と人民生活向上で成果を上げるよう祈る」と述べ、崔龍海は「伝統的な朝中親善を強化発展させていくのがわが党と政府の立場である」と、いわば儀礼的なやりとりだけを伝えている(5・24労働新聞)

 

 

 北朝鮮国内では、我が国は決して外交的に孤立していない。むしろ核保有国となったことで、中国の最高責任者を始め、共産党、政府、軍もあげて、金正恩の特使を歓迎していると宣伝するためだったようだ。

 

 

 新華社通信では、習近平は「関係各国は朝鮮半島の非核化、平和と安定を維持すべきだ」と北朝鮮に非核化を迫り「中国の立場ははっきりしている」と念押ししたという「二度とこういうことは言わせないように」と、強い調子で迫ったという情報もある。もちろん、北朝鮮のメディアは一切触れていない。

 

 

 米中、中韓首脳会談にくぎを刺す

 

 

 それにしても、脅しの舌の根が乾かないうちの訪中である。この路線転換の背景には、国際的な制裁包囲網、さらに差し迫った問題として、6月に予定される米中首脳会談、中韓首脳会談がある。その前に少しでもブレーキをかけようというのが崔訪中の大きな狙いだ。

 

 

 米中は、北朝鮮の3回目の核実験のあと、これまでになく連携を強め、中国は主要銀行の北朝鮮の銀行との取引を凍結した。6月7、8日にカリフォルニアで開かれる米中首脳会談では、当然北朝鮮の非核化に向けての連携強化が議題になる。

 

 

 おそらく、崔龍海は、米韓が核攻撃も含めた軍事演習をやったので、止むをえず対抗措置を取った。核兵器開発も生き残りのための必須条件であることを縷々説明。核について協議するなら米国との協議を仲介してくれと要請したに違いない。

 

 

 また、中国にしても、米中首脳会談を前にして、北が六者会談に前向きになったということは、中国が北朝鮮にしっかり関与していることをアピールする有力な材料になる。核に関する米朝協議の橋渡し役も中国の願うところだ。

 

 

 ただ、新華社通信を見るだけでも、中国が北朝鮮にかなり強い不快感を持っていることが読みとれる。また、中国の論調もこのところ大きく変わった。人民日報系の「環球時報」は「中国の世論は北朝鮮への不信感であふれている」「中国政府は北朝鮮に必要な圧力をかけ続けるべきだ」(5・23)などと厳しい。

 

 

 韓国にはいつもの揺さぶり作戦

 

 

 韓国の朴槿恵大統領は、6月下旬に訪中する。北の核に対しては、経済と核の「並進路線は失敗する」「非核化に応じるなら対話はいつでもできる」などと、厳しい姿勢を取り続けている。中国に対しても非核化に向けてさらに北に圧力をかけるよう強く要請するはずだ。

 

 

 このため、北朝鮮は「かいらい大統領の朴槿恵がまたもや悪辣な腹黒い下心をさらけ出した」(5・25国防員会政策局)と、大統領を初めて呼び捨てにして激しく非難した。開城工業団地の閉鎖などで脅しをかけたが、軟化の兆しがないので、しびれを切らして面罵することにしたのだろう。

 

 

 同時に、韓国に対しても対話攻勢をかけている。ただし、民間に向けてである。まず、6・15の金大中・金正日の南北共同宣言を記念する行事を共催しようと、親北団体である「実行委員会」に対して呼びかけた(5・22)。続いて、北の祖国平和統一委員会は開城団地の韓国側企業関係者が訪朝すれば「正常化の協議が行われるだろう」(5・28)と誘っている。政府を抜きにして、韓国内の分裂を引き起こそうといういつもの揺さぶり作戦だ。

 

 

 「安倍内閣の特使が来た!」

 

 

 その前に、驚かされたのは「飯島訪朝」だ。永田町近辺では少し前からうわさが流れていたようだが、事前の発表なしだった。平壌空港でタラップから降りる飯島勲・内閣参与の映像が北朝鮮から送られてきて、メディアをにぎわせた。

 

 

 北朝鮮は、連日、飯島の日程を報道し、対日関係機関の幹部だけでなく、外交的には元首である金永南・最高人民会議常任委員長との会談までセットした。金永南は「飯島先生は極めて重要な使命を持って再訪された」と持ち上げた。

 

 

 しかも、飯島には必ず「安倍内閣危機担当参与」と麗々しい肩書をつけて報道した。もちろん、拉致問題解決のために来たなどという報道は一切ない。要するに、安倍政権の特使、しかも危機管理(これは間違い)の重要人物がわざわざ我が国を訪ねてきた。国内向けには、核を持ったことにより、安倍政権も我が国を丁重に扱うようになったというアピールになる。

 

 

 前のめりすぎないか

 

 

 合わせて、北朝鮮が対話にも積極的なことを対外的にアピールする露払い役を演じたことになる。タイミングとしては、これまでになく周辺国の制裁包囲網が強くなった矢先である。いわば、北朝鮮にとって最も困ったときに、包囲網の一角を破るきっかけをつくった格好だ。

 

 

 しかも、安倍政権は米国にも韓国にも事前の連絡はしなかった。米韓は当然不快感を示した。周辺国の離間を狙う北朝鮮の思う通りの結果になっている。

 

 

 もちろん、これで拉致が全面的に解決すればいい。帰国した後の飯島は「事務的協議は全部終わった。あとは首相と官房長官の判断だ」と、自信たっぷりに語っている。安倍首相はこれに呼応するように、国会で訪朝の可能性にまで触れた。

 

 

 また、飯島は4月にテレビのインタビューに答えて「無理をせずに時期を見てやれば、進展するとみてもらっていい」と自信たっぷりに答えている。北朝鮮という国を相手に、あまりに前のめりで、危なっかしい。

 

 

 これまでの日朝交渉史を振り返ると、北の工作機関が絡んだ交渉はいずれも一杯食わされて終わっている。これまでの教訓だ。

 

 

 同じ失敗をしないように

 

 

 今回のような恫喝の後の対話攻勢は、これまでも繰り返されてきた。いずれも独裁体制を維持強化するための戦術である。その独裁体制は、この国に住む人たちを過酷な状態に置き続け、拉致してきた外国人を軟禁し続け、北東アジアの最大の不安定要因であり続けている。

 

 

 拉致も核もミサイルも独裁維持のためである。周辺国はそのことを念頭に、少なくとも独裁者の思惑に載せられ、独裁体制の存続に資することがあってはいけない「いつか来た道」で、周辺国はいくつもの失敗をしてきた。同じ過ちを繰り返さないことが肝要だ。

更新日:2022年6月24日