◎まるで「戦争前夜」

岡林 弘志

(2013.3.18)

 

 北朝鮮がいきり立っている。朝鮮戦争の休戦協定を白紙に戻し、ソウルとワシントンに核爆弾を落とすぞと脅す。差し迫った軍事的脅威があるわけでもないのに、この騒ぎ方は異常だ。平壌などの映像を見ると、まるで戦争前夜である。金正恩第一書記の好戦性、それに権力基盤の弱さを何とか補おうという狙いも透けて見える。

 

 

 「ただの脅しじゃないぞ!」

 

 

 「かいらい一味は、われわれの断固たる決断を『脅迫』あるいは『心理戦』と、笑止千万にも受け止めている」「挑発者は任意の瞬間に報復の銃火を免れないであろう」(3.15わが民族同士―電子版)

 

 

 南北関係の窓口でもある祖国平和統一委員会(祖平統)による韓国と米国に対する発表文だ。

 

 

 北朝鮮の各機関は、競争するように米韓非難を繰り返しているが、当然のことだが、米韓に軟化の気配はない。「狼少年」のように、いつもの「恫喝作戦」「瀬戸際作戦」と受け取っている。北朝鮮の脅しに屈すれば、北朝鮮の思うつぼだからだ。

 

 

 脅しが効かないと見て、「これは脅しではない。本当に攻撃するぞ!」とあらためて脅したのが、今回の祖平統の発表文だ。危機をあおる手法は、北朝鮮の常套手段だが、今回は確かに常軌を逸している。例年三月に行われる米韓合同軍事演習には、毎年強く拒否反応を示してきたが、今年は核実験に対する国連安保理の制裁強化も加わり、特別に激しい。

 

 

 「冷戦の化石」が動き出すのか

 

 

 「米帝と南朝鮮かいらいの戦争演習騒動は、朝鮮停戦協定に対する系統的な破壊行為だ。演習が本格化する3月11日から停戦協定のすべての効力を全面的に白紙に戻す」(3.5)

 

 

 人民軍最高司令部の代弁人は、停戦協定白紙化の声明を出した。停戦協定は、これまで60年続いてきたが、ここへきて、北朝鮮は一方的に無効にすると宣言した。同時に板門店の人民軍代表部の活動を全面中止し、南北の軍事電話も遮断するという。

 

 

 その当日の11日の労働新聞は「最後の決戦の時が来た。まさに今日から停戦協定は完全に白紙化された」「鋼鉄の砲身と戦略ロケットが発射の瞬間を待っている」と、念を押した。

 

 

 停戦協定の白紙化というのは穏やかでない。この協定は、1953年7月7日に米軍を中心とする国連軍、北朝鮮軍、中国人民志願軍の三者が板門店で調印した。その後小競り合いはあったが、60年の間、全面戦争にはならず、休戦状態が続き、「冷戦の化石」とも言われた。

 

 

 今回の北朝鮮の声明は、「冷戦」を終わらせ、いつでも「熱戦」を起こすというのだから、穏やかではない。しかも、戦争は、朝鮮半島だけでなく、米国に対しても行うというのだから、勇ましいことこの上ない。

 

 

 「ワシントンにも核爆弾を」

 

 

 「米帝が核兵器を振り回せば、多様化された精密な核攻撃手段で、ソウルだけでなく、ワシントンまで火の海にする」(3.6労働新聞一面)

 

 

 「火の海にするぞ!」は北朝鮮よく使う脅し用語だが、よその国に核爆弾を落とすぞと脅した国は聞いたことがない。言ってみれば「究極の脅し」だ。

 

 

 北朝鮮の言うことをそのまま受け取れば、北朝鮮は再び南北戦争を起こし、1万キロ以上も離れた軍事大国米国の首都に核爆弾を落とすというのだから、誇大妄想だ。いくら脅しても効き目がないので、エスカレートして、ついにはここまで来てしまったのだろう。「野郎自大」とはこのことだ。

 

 

 軍事演習は文字通り実戦への備えである。従って、米韓が合同演習をやっている最中にわざわざ攻撃するのは「飛んで火に入る夏の虫」だ。常識的には考えられない。また、韓国軍には、延坪島砲撃(10.11)の時、十分に反撃できなかったという欲求不満がある。今度こそは徹底的にと待ち構えている。北もこの辺は分かっているはずだ。

 

 

 もし、北が挑発するとすれば、演習後、あるいは「天安」撃沈事件(10.3)のように北の仕業と直ちには分からないような格好をとる可能性が高い。

 

 

 「挑発に見返りはない」

 

 

 「北朝鮮は挑発行為によって、相手から譲歩を引き出し、少し交渉して、退屈すると再び挑発行為を始める」「悪い振る舞いには見返りが与えられるべきではない」(3.13、ABCテレビ・インタビュー)

 

 

 米国のオバマ大統領は、挑発に見返りを与えるという過去のパターンを「打ち破った」と強調した。北朝鮮の脅し、挑発は、今のところから回りしている。

 

 

 当面の標的にされた「キーリゾルブ」などの軍事演習も、予定通り進んでいる。米韓連合司令部は、わざわざ「連合戦闘司令部模擬訓練センター」を内外の報道人に公開し(3.15)、最先端技術による両軍の連携や指揮の様子を誇示した。

 

 

 また、ヘーゲル国防長官は、北朝鮮の攻撃に備えて、アラスカに迎撃ミサイル(GBI)14基を配備すると発表した(3.15)。日本の京都府京丹後市の自衛隊基地に配備する予定の移動式早期警戒レーダー(Xバンドレーダー)を急ぐ意向も示した。北朝鮮の挑発に産軍共同体が便乗した感もあるが、北朝鮮包囲網が強化されることは間違いない。

 

 

 また、韓国の朴槿恵大統領は、停戦協定白紙化を受けて「安保態勢に一寸の弱点もあってはならない」「どんな挑発行為も直ちに無力化できるよう韓米連合態勢の備えを万全に」と軍をはじめ関係当局に指示した。北風が、韓国の対北姿勢をより強硬にしている。

 

 

 中国は不快感、制裁を始める

 

 

 「このような反応は明らかに度を越している」(3.6)

 

 

 中国の人民日報系の「環球時報」は、北朝鮮の停戦協定白紙化に対して、不快感を示した。停戦協定は中国も調印の当事者である。しかも完敗寸前の北朝鮮を助けてやったのに、一方的な破棄表明は面白いわけがない。

 

 

 中国は、北朝鮮の核実験を何とかやめさせようとしたが、北朝鮮は聞く耳を持たなかった。このため、米国主導の安保理による制裁強化にも賛成した。中国外務省は「国内法と安保理決議などの国際法に従い、通関問題を処理している」(3.13報道官)という通り、実際に北朝との間の通関の手続きを厳しくしている。「貨物船の検査比率を高め、トラックについては運転席の下まで調べる」(聯合ニュース)という。

 

 

 これまで、国連の対北制裁は、中国が抜け穴になり、いまひとつ締りがなかった。しかも中朝貿易は年々増加している。しかし、今回はどこまで厳格か分からないが、かなりやる気だ。検査の強化などを文書で指示したという。制裁の実効性はこれまで以上に上がるのは間違いない。北朝鮮は中国からの重油や食糧、日用品によって、かろうじて経済破綻を免れていると言われる。すでに食料品などの物価が上がったとも言われる。

 

 

 平壌には迷彩自動車も

 

 

 「祖国統一大戦の始まりがきた。皆そろって敵撃滅へ!」

 

 

 停戦協定白紙化宣言以降、平壌の街角にはこんなスローガンが登場した。また、街には木の葉をくっつけた迷彩用の網をかぶせたバスや乗用車が走り回っている。

 

 

 「最後の決戦の時が来た」「戦略ロケットなど精密核打撃手段が戦闘態勢に入った」などというきな臭い言葉がテレビや新聞を賑やかし、各地で集会が開かれ、兵士を志願する若者が列をなす。地方では地下壕への一時避難もさせられているという。まさに「戦争前夜」だ。

 

 

 「運命も未来もすべてお任せ」

 

 

 ♪ 懐に抱いてくれた愛が春の光ならば、その恩情は太陽か ♪激しい情に心ひかれ、ただただ感動して仰ぎ見る方 ♪我々の運命 我々の未来 すべて任せる金正恩同志 ♪一片丹心 忠誠を尽くして永遠につき従います♪

 

 

 「労働新聞」(3.10)1面全面を使って、「運命も未来もお任せします」と題する歌が楽譜と一緒に掲載された。この非常時に歌かとも思うが、例によって、金正恩にひたすら忠誠を尽くしてお任せすれば、間違いない、という相変わらずの最高指導者賛歌である。

 

 

 この歌詞を見て思い出したのは90年代に流行った「あなたがいなければ祖国もない」という金正日賛歌だ。「未来も希望もすべて担っている民族の運命 金正日同志…」という調子のいい歌で、一日中ラジオや街頭のスピーカーから流れ、知らないうちに覚えてしまうほどだった。今度の歌の詞は、よく似ている。二番煎じだ。

 

 

 戦争の危機をあおると共に、金正恩への忠誠をさらに強化するためのキャンペーンも同時に進んでいる。今回の対外的な強硬姿勢は、同時に国内の世論を引き締め、金正恩の下に全人民を従わせようという狙いがよくわかる。

 

 

 好戦性の現れか

 

 

 このところの核実験、それに続く強硬姿勢について、権力内部で対中関係を重視する張成沢・国防委員会副委員長らが抵抗したが、結局軍を中心とする強硬派に金正恩が同調し、押し切られた。という情報も流れている。

 

 

 「人民生活向上」で民心を掌握できない金正恩にとって、外に敵を作り内を引き締めるという方法が最も手っ取り早い。それに経験のない指導者にとってほかの選択肢はなかったのだろう。また、金正恩の軍部隊の現地指導の映像を見ると、何やら指示する様子は得意満面、砲弾爆発や戦車が疾走する光景に興味津津だ。

 

 

 「天才的な砲撃の名手」という若い指導者は、演習に素直に興奮しているようだ。また、南西部の北方限界線近くの部隊を訪れ、「命令があれば直ちに砲撃せよ」を指示するのは、最高指導者であることをあらためて実感できる。胸を反らせて大股で歩きたくなる。

こうした好戦性の現れか。その性向が、まずは金正日時代にもなかったほどの言葉による挑発、脅しに反映されているのだろう。

更新日:2022年6月24日