ブレーキの壊れた車か

岡林 弘志

(2013.2.18)

 

 ミサイル発射、核実験、金正日総書記誕生日…。北朝鮮の騒ぎが続いたが、なかなか収まりそうもない。金正恩第一書記は車の運転が天才的というが、いま乗っている車は、ブレーキが故障しているようだ。何とも物騒な方向へ突っ走っている。そして騒々しい。

 

 

 実験の前から大騒ぎ

 

 

 「以前と違って爆発力が大きいながらも小型化、軽量化した原子爆弾を使って、高い水準で完璧に」「第3回地下核実験を成功裏に行った」

 

 

 朝鮮中央放送は、2月12日の午後3時前、臨時ニュースをテレビ放送し、内外に核実験の成功を宣言した。

 

 

 昨年12月12日に、長距離誘導ミサイルの発射を行った時から、しばらくしての核実験は既定路線だったはずだ。過去2回、2006年と09年にも、1カ月半―3カ月の間をおいて行っている。

 

 

 それにしても、やかましかった。国連安保理の経済制裁強化決議(1.22)をきっかけに、各部門が制裁をやるから実験せざるを得ないと言い訳がましく、次々と非難を連発した。

 

 

 1・23(外務省)「核抑止力を含む軍事力を拡大強化する対応措置を取る」

 

 

 1・24(国防委員会)「長距離ロケットも、高いレベルの核実験も不倶戴天の敵である米国を狙ったもの」

 

 

 1・26(労働新聞)「核実験以上のことをすべきというのも民心の要求だ。敵対勢力を懲罰するほかに選択はない」

 

 

 1・26(国家安全・対外部門関係者協議会)金正恩「国家的重大措置を講じる断固たる決心を表明し、各部門の幹部に具体的課題を提示した」

 

 

 2・3(労働党中央軍事委拡大会議)金正恩「国の安全と自主権を守っていくうえで、指針となる重要な結論を述べた」

 

 

 黙っていては無視される?

 

 

 かくして、核実験に至ったのだが、その後も騒々しさは収まらない。

 

 

 2・12(外務省)「米国があくまで敵対的に出るなら、より度合いの強い2次、3次の対応で連続措置を取らざるを得ない」

 

 

 「臨検などは戦争行為、その本拠地への我々の無慈悲な報復打撃を誘発するだろう」

 

 

 2・14(労働新聞)「帝国主義が核兵器を持てば我々も持つべき、ICBMを持てば我々も持つべき」

 

 

 これに加えて、核実験を行った豊渓里では、さらなる実験を準備する動きがみられ、ミサイル基地である日本海に近い舞水端里(12月の発射基地とは別)では長距離弾道ミサイル発射台の工事などが始ったという。

 

 

 要するに、二の矢、三の矢を放つと脅かしている。そう見せかけるため、偵察衛星に見られることを意識して、これ見よがしの動きを活発にしている。

 

 

 それにしても、なぜ北朝鮮はこんなに騒ぐのか。むしろ、黙ってやった方が凄味が増す、不気味な感じがすると思うが、どうも北朝鮮の思考方式はそうではないらしい。

 

 

 瀬戸際外交、恫喝外交しか他国と付き合う手段がない現状では、これまで以上におどろおどろしい言葉を連発するしかない。あるいは黙っていては、無視されるという強迫観念にとらわれているのか。疑心暗鬼に陥りがちな独裁者の心理が大きく作用しているのだろう。

 

 

 目立つ米国非難

 

 

 今回の動きで目立つのは、米国に対する名指し非難と、米国攻撃の可能性を明言していることだ。これまでも「米帝」などと米国非難は繰り返し行われてきたが、今回ほど物騒な表現は珍しい。

 

 

 こうした非難や核・ミサイル開発は、米国を協議の場へ引っ張り出して、休戦協定を平和協定に移行させ、独裁体制を認めさせるのが狙い。というのが日韓のマスコミなどの分析だ。

 

 

 ミサイル発射以降、周辺国はいつ核実験をやるか注目していたが、二期目に入ったオバマ大統領の最初の一般教書の前日だった。2月16日の金正日総書記の誕生日記念もあるが、米国を意識したのは間違いない。

 

 

 オバマは「この種の挑発はさらなる挑発を招くだけだ」(一般教書)と強く非難、国連安保理での一層の経済制裁、独自の対応策を講じる決意を強調した。

 

 

 北朝鮮は「米国が敵対的に出るなら」(北外務省)と、今回も米国の対応次第というが、横面をはたくようなことをしておいて、言うことを聞け、というのは暴力団のやり方だ。しかも、大統領2期目の出発早々である。

 

 

 かつて、対北強硬のブッシュ大統領は、北を「悪の枢軸」と名指しし、厳しく対応したが、2期目になって軟化、「テロ支援国家」の指定を解除するなど、話し合いに応じた。このため、北は脅かすに限るとたかをくくっているのか。

 

 

 また、北が言う「不倶戴天の敵」というのは、ともに天を戴かずという意味だ。天を同じくできない相手とどうして、同じテーブルに着くことができるのか。何が何でも思いっきり罵詈雑言を浴びせればいいと張り切りすぎて、言うことが支離滅裂だ。

 

 

 周辺国の新指導者に冷水

 

 

 この時期の核実験は、米国だけでなく周辺国との関係でも、北朝鮮がさらなる外交孤立を招かざるを得ないタイミングだ。日本では安倍首相が、中国では習近平主席が就任したばかり。韓国では朴槿恵大統領が25日に就任する。日米韓中ともに、政権が気持ちを新たに国家運営に当たろうという時だ。

 

 

 米国では金正恩がスイス留学などの経験があることから柔軟性を期待する声があり、昨年春には人道援助などの米朝合意もあった。朴槿恵は、人道援助、相互の連絡事務所など関係改善の意向を示していた。安倍も拉致問題を少しでも進めるため、何らかの協議の場を持つ必要を感じていた。

 

 

 習近平は、北の存在を戦略上必要という政策を引き継ぎ、経済立て直しへの協力は欠かせないと考えていた。何より就任早々、煩わしいことに煩わされたくはなかった。このためミサイル発射の後、駐北京の北朝鮮大使を数回外務部へ呼び、強い調子で実験中止を申し入れた。

 

 

 北が習近平の就任記念に贈ったのは、祝砲ならぬ、核爆発だった。中国外務省は、当然ながら「再び核実験を行ったことに断固たる反対を表明する」と、厳しかった。

 

 

 北朝鮮は、ミサイル発射―核実験をさらに続行する構えを見せている。周辺国は一様にこの寒空に冷水をかけられた気分だ。特に、中国からは若造に舐められたと憤懣が聞こえてくるようだ。どの国も厳しく対応せざるを得ない。北朝鮮は外交孤立を自ら招いているのである。

 

 

 「遺訓統治」の宿命

 

 

 これだけの反発、副作用があるにもかかわらず、核・ミサイル開発を急ぐのは、ブレーキが壊れた車としか見えない。暴走だ。外交孤立、非難、経済制裁強化を甘受しても優先するべき動機があるからだ。

 

 

 その第一は、金正日の「遺訓」である。「核・ミサイル」こそが独裁体制の“守護神”と思い込んだ金正日の後継者として、忠実に「核大国、天下第一の大国」(労働新聞)にひたすら突き進まざるを得ない。「遺訓統治」を宣言した時からの宿命である。

 

 

 また、「核・ミサイル」は、新指導者の威光を民に知らしめるために、もっとも効果的と判断したためだ。金正恩は「二度と人民がベルトを締めることがないように」と公約したが、食糧増産には時間がかかる。

 

 

 核・ミサイルや祖父、父親の神格化事業に、カネや資材を使いすぎてとても経済再生、食糧増産に回らない。昨年は農業地帯である平安道などでも餓死者が出るなど、食糧事情はむしろ悪くなっている。好転させるのは容易ではない。人民に手っ取り早く威光を示すには、核・ミサイルに勝るものはない。

 

 

 権力基盤の弱さを補う

 

 

 また、我々が思っているより権力基盤が強くないのだろう。金正恩になって目立つのは、軍の首脳人事だ。総参謀長をはじめ、大幅な入れ替えをし、もっとも重みのある軍総政治局長に党出身の崔龍海を据えた。同時に対外貿易などの軍の主要な既得権を取り崩したといわれる。

 

 

 軍の中に反発があるのは当然だ。ここのところ、金正恩が平壌近辺から離れないのは、身辺警護を最優先にしてのことといわれる。大量破壊兵器の開発は、軍を慰撫する格好の材料だ。

 

 

 国内の不満をそらすため、外敵を作るという手法は、もっとも安易な国家運営のやり方だ。米国が我が国にいいがかりをつけ抹殺しようとしている。金正恩に忠誠を尽くし、その下に一致団結しなければならない。というわけだ。

 

 

 別の見方をすると、外敵を作らざるを得ない国家というのは、国内の統治がうまくいっていないことの証明でもある。北朝鮮は、おそらく建国以来、独裁の結果である内政の失敗、民生経済の混迷を、「米帝国主義」のせいにしてきた。新指導者もその悪い体質を引き継がざるを得ない。暴走は止まりそうもない。

更新日:2022年6月24日