◎ミサイルに神通力は通じるか

岡林 弘志

(2012.12.11)

 

 金正恩元帥の威光で雪空はにわかに晴れ上がり、金正日大元帥の遺訓をエネルギーにした人工衛星は、天高く昇って行った―となるか。北朝鮮は、2012年のうちの「人工衛星」打ち上げに執念を燃やしている。一度延期した打ち上げの期限を年末ぎりぎりまで延ばした。金一族の神通力、霊力はミサイルにも通じるか。

 

 

 年内発射に強い執念

 

 

 「キャリア・ロケットの1段階制御発動機系統の技術的欠陥が発見されたので、衛星打ち上げの予定日を12月29日まで延期する」(12.10朝鮮中央通信)―。朝鮮宇宙空間技術委員会は、発射期間の延長を発表した。

 

 

 2日前には「打ち上げ時期を調節」と言っていたが、その原因が1段目のロケットの欠陥であることが分かった。北朝鮮が打ち上げ延期の原因まで公表するのは極めて異例だ。今月初めの発射予告では「10日から22日の間」だったが、さらに1週間ほど伸ばしたことになる。何としても年内にという執念を見て取れる

 

 

 「金正日総書記の遺訓を体して」―北朝鮮が無理してもこの時期の発射に執着するのは、一つには12.17の金正日1周忌に対する「弔砲」にするためだろう。発射予告の冒頭で、金正日の名前を出している。あわせて、金正恩第一書記が人民軍最高司令官に就任するなど、金正恩体制が発足してから1年。若い指導者の実績、威光を人々に誇示する効果も期待する。

 

 

 今年は金日成生誕百周年、「強盛大国の大門を開く」記念すべき年だ。4月の金日成誕生日に合わせて発射したが、失敗した。しかも外国から技術者や報道陣を呼び寄せてのことだった。今年の恥は今年中に晴らさなければならないのである。

 

 

 この時期の発射は厳しい

 

 

 しかし、この時期の発射にはかなり無理がある。第一に、厳冬期には繊細な先端技術を使った機器に不具合が起こる可能性が大きい。今年の冬はとくに寒さが厳しく、現地は零下20度を下回っているようだ。年末にかけ北極からの寒気は中国、朝鮮半島、日本の一部まで伸びて収まりそうもない。

 

 

 第二に4月の失敗時、周辺国の専門家は「原因を究明し欠陥を直すのに2年近くはかかる」と見ていた。ミサイルの1段目は射程を延ばすため中距離ミサイル「ノドン」を4基束ねたものだ。この4本に瞬時違わず点火し、方向を一定に保つのは至難の業だそうだ。今回、北朝鮮は発射延期の理由がこの部分の欠陥であることを認めた。失敗からわずか7カ月、そんな短期間で欠陥を克服できるのか。

 

 

 周辺国の眼は厳しい

 

 

 一方で、国際社会の目は厳しい。とくに中国は面白くない。次の最高実力者に選ばれたばかりの習近平副主席にとって、かねて懸念を表明してきたミサイル発射は、泥をかけられた気分だろう。李建国共産党政治委員が訪朝して金正恩と会った際(11.30)、不快感、発射中止を申し入れたことも考えられる。

 

 

 北朝鮮は「人工衛星」というが、周辺国はもちろん、ミサイルとみて厳しく中止を求め、実施した場合は、金融なども含めたさらなる制裁を検討している。国連はかねてミサイル技術を使った打ち上げをしないように警告している。発射した場合は当然次なる経済制裁を討議する。

 

 

 ミサイルに忠誠心はない

 

 

 「領導者の威光に自然もひれ伏す」。これまで北朝鮮は金日成、金正日の威力、霊力を誇示するため、大行事や慶事があるとき、土砂降りの雨が突如止んで太陽が顔を出した、二重の虹がかかった、真っ白な鯛が漁船に飛び込んだ……。奇跡が繰り返し報じられ、人々の神格化教育の材料に使われてきた。

 

 

 しかし、三代目の神通力はいかに。といっても科学技術は正直だ。1足す1は2にしかならない。奇跡が起こることはほとんどない。北朝鮮はすでに「思想・政治大国」は達成したと自負するが、最高指導者の意のままに発射にふさわしいぽかぽか陽気に変わることない。先端技術の集積であるミサイルに、いかに忠誠心を迫っても通じるわけもない。

 

 

 おそらく、技術陣は苦悩の判断を迫られているに違いない。しかし、独裁者に大義名分をかかげて命令されたならば、従うしかない。とはいえ、失敗する可能性が大きいのに、予定通り実行するわけにはいかない。もし再び失敗したら、関係部署の責任者は生命のかかる責任を取らされる。「命あってのものだね」。担当者の葛藤は続く。

 

 

 三代目の威光を誇示できるか

 

 

 もし、発射に成功すれば、北朝鮮は「人工衛星」を自力で打ち上げた10番目の国になる。しかも韓国を差し置いてである。金正日の遺訓である「強盛大国の大門を開く」最大の祝砲だ。

 

 

 「金正日大元帥の遺訓を立派に果たした!」「金正恩元帥 万歳!」

 

 

 こんな声が全国から澎湃とわきあがり、この寒い中、平壌はじめ各地で争うように「大祝賀集会」が行われるに違いない。三代目の威光を全国民に知らしめる大号砲になるはずだ。

 

 今回の発射予告は、国内では報道されていないようだが、成功した暁には、すべてのメディアを動員しての大宣伝が展開される。

 

 

 また、発射予告期間中には、日本の総選挙(12.16)、韓国大統領選(12.19)がある。しかも中国と米国も新指導部が選出、再選されたばかり。米国大陸まで届くと言われるミサイルの発射成功は、こうした国々の対北政策を軟化させるに違いない。こんな思惑もあるに違いない。

 

 

 「一石何鳥」にもなる大イベントである。しかし、成功の条件は厳しい。「真冬の夜の夢」にならないか。

更新日:2022年6月24日