◎北朝鮮のぞき見⑩

「共和国へ来ないのは日本人だけ」

岡林 弘志

(2012.11.26)

 

 日朝両国の間には、拉致問題という大きなとげが刺さったまま、関係改善は全く進んでいない。今回も外交当局者や日朝関係者に会い話を聞いた。「拉致は解決済み」という原則は相変わらずだが、経済協力への期待はあるはずで、何とかしたいという思いはうかがえた。

 

 「日本の敵視政策が原因」

 

 「日本が朝鮮敵視政策をとっているため、対決状態が続いている」

 

 北朝鮮の外務部日本担当の趙柄哲研究員(44)は、日朝の関係改善ができないのは全面的に日本側にある、とまずは従来通りの言い分をとうとうと述べた。

 

 趙研究員は「金正恩第一書記は、友好的な国とは過去に縛られず、新しい関係を築こうとしている」と、金正恩の外交の原則を示し、その延長線上で、対日関係でも「政府間協議があった。日本人遺骨関係の会談にも、人道的問題が解決すれば、関係改善の雰囲気も生まれると思い応じた」という。

 

 人道問題と言えば、拉致問題の解決が最優先されるはずだが、これについては、「解決済み」と言うばかりで、これまでと変わりはない。もちろん、この研究者が従来と違う対応策を言えるはずもないが、北朝鮮の建前はこれまでと変わりはないことはわかる。

 

 北朝鮮が、対日関係で最重要視しているのは、2002年の小泉訪朝による「日朝共同宣言」だ。「この宣言が朝日関係の基礎。その履行が関係改善の先決条件であり、中核は過去の清算」というわけだ。

 

 ところが、「宣言が出て今年は10周年になるが、日本が宣言の履行に体系的に違反してきた」。具体的には「共和国に対する各種の制裁を続け、輸出入を禁止し、万景峰号の出入り禁止、朝鮮籍の人たちの出入国禁止などを実行している。そして、解決済みの拉致問題を執拗に主張している」ことなどをあげた。

 

 「米国の敵姿勢政策に盲従」

 

 特に、北朝鮮がいらだっているのは、日本国内で拉致問題が一向に収まらないことだ。「政府やマスコミは、関係改善をしようと思っていないようだ。最近も拉致問題の集会があり、マスコミも大きく報道した。拉致を極大化し、対決をあおろうとしている」(趙研究員)

 

 さらにはこんな見方も示した。「政治家は拉致を人気とりに利用している。それに、拉致解決となると、過去の清算が議題になる。このため清算を回避するため、いつまでも拉致を持ち出している」。拉致や核・ミサイル開発などもともとは自らが原因を作ったのだが、そこは無視するのがこの国の論理だ。

 

 また、今回特に強調したのは、日本の対米追従である。「日本の対朝敵視は、米国の敵視政策に盲従しているため」「米国の敵視政策に盲従せずに、日本独自の対北政策を行うべき」……。また、対日関係当局者も「日本が対朝関係で何か始めようとすると、米国が圧力をかけてダメにする。日本は独立してほしい」

 

 拉致問題は日本が米国をはじめ各国や国際機関に働きかけ、国際問題になっているのだが、日本非難のためには「米国盲従」という分かりやすい表現が日本人向けにも効果あると思っているようだ。

 

 われわれ訪問団は「日本にとって拉致問題解決は最重要の問題と認識しており、特に被害者家族にとっては大きな苦しみ。政府もこれを避けて通ることはできない」という趣旨の意見を述べたが、予想通りすでに紹介したと同じ答えを繰り返すだけだった。

 

 ブリーフィングの最後に、趙研究員は「改善のカギは全面的に日本側にある。日本が正しい対朝政策を打ち立てることだ」と述べた。建前として、北朝鮮内ではこうなっているのだろう。

 

 増えた欧州からの観光客

 

 「共和国に来ないのは日本人だけですよ」

 万景台学生少年宮殿の公演に、外国からの旅行者がかなり多く来ているのを見ながら、われわれの案内人は、おそらく嫌味を込めてこう言った。

 

 確かに、ホテルのロビーや観光地など行く先々で、多くの外国人を見た。一番多いのは中国人だ。板門店などでバスを連ねてという団体もあった。特に、東北地方に住む朝鮮族が目立つ。万景台の金日成主席の生家では、イタリアのテレビ局の記者がビデオを回しながら取材していた。

 

 あちこちで出会った旅行者に聞くと、ドイツ、フランス、スペインなど欧州からが多かった。ドイツの学生の団体は、これから中国経由で韓国へ行くと言っていた。米国からの若者の団体もいた。このほかに、アフリカの民族衣装を着た一団も。国連安保理の経済制裁に何とか風穴を開けようとしているのだろう。なお、韓国人とは1回も出会わなかった。

 

 月に5,6の友好団体が訪朝

 

 日本からの旅行者がいないわけではない。われわれが泊ったホテルに、日朝友好協会の関西地方からの団体が滞在していた。中国で働いていて、中国人の団体に混じって来ている日本人にも会った。レストランではアントニオ猪木一行とも出くわしたが、ごく少数であることは間違いない。

 

 案内人は、「今月は5組、来月も同じぐらいの団体が共和国へ来ることになっている」と言う。日本政府が北朝鮮行きを制限しても、日朝友好のために来る人たちがいることを強調する。友好団体はできるだけ多く受け入れて、日本の対北世論を少しでも和らげようという狙いがあるようだ。

 

 われわれが訪朝したのは、「日朝平壌宣言」10周年(9.17)の直前だった。対日関係当局者は「日本国内でも朝日関係を何とかしたいという動きが出ている」「友好団体などが10周年を記念して日朝宣言の履行を促す集会を開いたようだ。野中広務さんや和田春樹さんが出てあいさつしたと聞いている」と、最新情報を紹介した。

 

 政府間協議に北が意欲?

 

 こうした発言を聞くと、日本側が拉致問題を持ち出す限り、一切接触、交渉はしないということではなさそうだ。実際に、8月には北京で政府間の予備交渉が行われ、これに基づいて、モンゴルで日朝局長級協議が行われた(11.15-16)

 

 この席上、日本側は拉致問題についても言及したが、宋日昊・朝日国交正常化担当大使はこれまでのように「解決済み」とは言わず、「双方の立場は違う」とだけ発言をしたようだ。会談後には、記者団に「幅広く深みのある建設的な会談だった。進展があった」と語った。

 

 日本の総選挙は12月16日に行われ、民主党の政権陥落はほぼ間違いない。政権交代時の外交交渉は控えるのが通例だが、北朝鮮は珍しく積極的だ。宋日昊は協議の中で「総選挙に関係なくやろう」と意欲を見せたといわれる。このため、年内に再会談という観測も出ている。

 

 北朝鮮の狙いは不明だが、北朝鮮が日朝協議に積極的なのは間違いない。外交的に孤立し、国際的な経済制裁という苦境から抜け出すために、日本を突破口にしたいという思惑がありそうだ。

韓国の外交筋は「韓国や米国はもちろん、中国も北朝鮮に直接の資金援助はしていない。経済再建に必要な現金を受け取れるところは日本しかない」(11.14聯合通信)と解説している。

 

 今を拉致解決の大きなチャンスに

 

 確かに、日朝国交となれば「過去の清算」という名目で、おそらく1兆円程度の資金は出さざるを得ないと言われる。経済基盤が整わず、外貨不足の北朝鮮にとっては、喉から手が出るほどの額である。

 

 ここは、日本の外交力が問われるところだ。民主党政権の3年余、拉致担当大臣は7人代わった。これでは拉致解決に政治力は発揮できない。次の政権がどうなるか分からないが、少なくとも任期中は担当大臣を代えないことは最低限必要だ。

 

 また、交渉時にやみくもに拉致解決を迫ればいいというものでもないだろう。結果を出すためにどうしたらいいか、関係当局は民間の協力も得て情報を突き合わせ、北朝鮮が拉致問題を解決せざるを得ないよう交渉を導く必要がある。

 

 平壌の郊外をバスで通る時、あの丘の向こうあたりに招待所があって拉致被害者が軟禁されているのではないか、などとふと思った。拉致されてすでに30年を超す。望郷の思いを考えただけでも胸が痛くなる。

 

 最高実力者が拉致を指揮した金正日から金正恩に変わった今を、大きなチャンスにしなければならない。政府の知恵の出しどころだ。(続く)

日朝関係のブリーフィングをする外務省日本担当、趙柄哲研究員

あちこちで外国人観光客に会った=主体思想塔前の大同江沿岸

学生青年宮殿の日本製のピアノの鍵盤は茶色に変色していた(日

本からの輸入が止められている影響か)

平壌郊外の竜川地区の小高い丘にある日本人墓地

高麗ホテル前で今回珍しく日本の車を見た(中国で生産したトヨ

タの「レクサス」のようだ)


更新日:2022年6月24日