◎北朝鮮のぞき見⑨

「改革・開放」拒否と中国の影

岡林 弘志

(2012.11.19)

 

 北朝鮮は相変わらず「改革・開放」に強い拒否反応を示し、実行する意思はないようだ。一方で、国際的な経済制裁もあり、中国との関係だけは広がり、合弁、合作事業が進み、市場に出回る商品も中国製や合弁企業のものが大幅に増えている。これで経済立て直しができるかは疑問だ。

 

 

 「改革・開放は排除」

 

 

 「改革・開放を排除しながら、合弁や合作を活発化させていく」

 

 

 朝鮮社会科学院経済研究所の李基成教授は、われわれ訪問団と会見した中で、「改革・開放」はしないと繰り返し強調した。

 

 

 われわれは、8月に金正恩第一書記の最側近である張成沢氏国防委員会副委員長が訪中したことに関連して「中国側から市場メカニズムの導入を求められたのではないか」と質問。これに対して、李教授は「外国企業に運営をどうしろとは求めていない。しかし、市場メカニズムを全面的に適用されると困る」と述べた。

 

 

 続いて「経済、貿易に関してのわれわれの法律がある。進出企業の財産保護、利潤配分などに関するすべてが整っている。企業経営においては市場的なやり方もできる。しかし、そこでも共和国の主権は行使される。体制にブルジョア的思想や改革・開放を求めるような企業は許されない」と説明した。

 

 

 確かに、つい最近、韓国企業が生産活動を行っている開城工業団地で、北朝鮮当局は韓国企業に対して、会計帳簿に不正があった場合の罰金を、不正額の3倍から一挙に200倍に上げると一方的に通告してきた。かつては、独裁体制を批判した韓国人従業員が北朝鮮当局に身柄を拘束されたこともあった。北朝鮮の「主権を行使」とは、こういうことなのか。

 

 

 とにかく「改革・開放」という言葉には、強い拒否反応を示す「改革・開放」を受け入れると、資本主義的なやり方による企業活動によって国家の統制がきかなくなり、さらには、自由や人権などの民主主義的思想に人々が汚染され、独裁体制を揺るがす、と受け取っているようだ。

 

 

 中国は政治における共産党一党支配をそのままに、経済は市場主義を取り入れ、大幅な経済発展を実現した。しかし、所得格差の拡大や特権層の不敗などに対する人々の不満が高まり、抑えるのに四苦八苦している。こうした隣国の事情も、北朝鮮が「改革・開放」を嫌がる大きな要因だろう。

 

 

 国産品の改良は進むが

 

 

 ただ、北朝鮮も「改革」という表現を使わないにしても、民生経済の改革を試みているのは間違いない。李教授は市場経済を研究していることを認めているし、「実利追求」にも言及した。具体的には「分組管理制」の効率化、貿易の拡大、合弁・合作事業の推進などをあげた。今の経済のあり方を変えなければならないという認識はある。

 

 

 実際に成果が上がった部門もある。李教授があげたのは「軽工業部門」だ。ホテルの売店には北朝鮮製か中朝合弁工場によるキャンディが数多く並んでいた。また、平壌靴下工場は、女性用ストッキングを年間14万足製造し「女性はこのところ中国製を買わなくなり、国産の方が質がいいと買っている」(李教授)と言う。近く男性用の製造も始める。

 

 

 また「大同江ビールは外国産を駆逐し、人々は中国産を飲まなくなった」確かに、われわれも夕食時、大同江ビールを飲んだが、従来からあった「龍城ビール」よりははるかに切れがよく飲みやすい「最近、米国へも輸出を始めた」そうだ。このほかに化粧品やジュースなども外国から高い評価を受けていると自慢した。

 

 

 しかし、こうした部門は限られ、全体の経済を押し上げるには至っていない。また、経済活性化の見本になるべき経済特区の活動も当初の目的を達成していないようだ。いずれも、国家の統制が緩むのを警戒し、北朝鮮の「主権を行使」して企業活動などを制限するなど、経済協力は中途半端に終わっている。これも経済の低迷から抜け出せない大きな要因の一つになっている。北朝鮮経済のジレンマだ。

 

 

 増える中国企業との合弁・合作

 

 

 こうした中で、北朝鮮内で「中国経済」の存在は確実に大きくなっている。われわれが見聞した範囲でも、すでに紹介した合弁のスーパー「光復地区商業中心」の商品の大部分は中国製、自転車や菓子など一部が中朝合弁事業で造られたものだ。何年も前から、一般の市場でも日用品などの8割程度は中国製と言われてきた。

 

 

 滞在中、新しくできたレストランに案内されたが、そこのトイレの便器は中国製だった。かつては少ししゃれたところの便器は日本製だった(なぜかINAのものがほとんど)板門店の北朝鮮側の「板門閣」の便器もそうだ。しかし、今は経済制裁で輸出入が禁止されているため、新規に建設される建物では中国製になっている。

 

 

 また、高麗ホテルの裏側で、大きなビルの基礎工事が行われていたが、これは中国資本によるホテルだそうだ。

 

 

 「自立経済に資する」と言うが

 

 

 李教授は、今後の課題を4項目挙げたが、その一つに「対外関係の拡大、発展」をあげた「先端技術など足りないものを受け入れ、自立経済強国の建設に資する」ためだ。

 

 

 特に中国との経済協力の活発化として、中朝国境にある黄金坪・威化島経済地帯の共同開発、羅先経済特区の活発化、合作会社によるヘガン鉱山の近代化などをあげた。

 

 

 また、中朝間の貿易も中国商務部の発表を引用して「03年に10億ドルだったが、昨年は56億ドルと大幅に増えた」という。

 

 

 国連による対北経済制裁の中で、中国はそれを無視して、経済のつながりを広げている。北朝鮮としては、対中貿易を増やすしかない。しかし、長い目で見てこれが北朝鮮の経済再生にプラスになるのか。かねて、中国経済への従属が進むという見方がある。

 

 

 先に北朝鮮のインフレのすさまじさを紹介したが、北朝鮮の通貨は国際的に通用しない。中国は、北朝鮮へモノを出しているが、現地通貨による取引はしていない。北朝鮮は中国元やそれ以外の外貨で払うか、モノで支払うしかない。このために多く使われているのが鉱物資源だ。

 

 

 鉄鉱石や石炭などがトラックで大量に中国に運ばれて行く様子が中朝国境で目撃されている。李教授も鉱山の近代化に中国の協力を得ていることを認めているが、採掘権そのものを50年期限で中国企業に売ったという情報も時々伝えられる。

 

 

 存在を増す中国

 

 

 鉱物資源は、重工業だけでなく、軽工業を発展させるにも欠かせない。そのかなりの部分を中国に渡してしまえば「自立経済」を進めるのに、大きな支障をきたすのは間違いない。

 

 

 また、中国の温家宝首相は、北朝鮮の要人に繰り返し「市場メカニズムによる経済協力」を実施するようくぎを刺した。これまで、北朝鮮に投資したが、契約を一方的に破られ、工場などの施設は北朝鮮に没収されたなどの例があるからだ。要するに、恩恵や北朝鮮の都合が優先する経済協力、経済関係は止める、中国の企業が商売としても成り立つ形での協力でなければだめ、と言っているのである。

 

 

 中国は、すでに北朝鮮を自らの陣営の一員として守っていく政策を取り始めた。そのためには、経済の安定が不可欠だ。これから「改革・開放」への圧力が強まることはあっても弱まることはなさそうだ。

 

 

 かなり前から、特に経済面で、北朝鮮は中国東北地方の遼寧省、吉林省、黒龍省に続く「第四の省」になりつつあるといわれてきた。わずか1週間の旅だったが、確かに経済における中国の存在はますます大きくなりつつある様子をあちこちで垣間見ることができた。(続く)

人々の衣服や日用品に国産が増えたと言うが…

ホテルの売店の菓子は中朝合弁工場の製品

中国製の洗面台と便器=平壌市内に最近開店したレストラン

国産のキャンディやシャンプー=大同江総合果樹農場の直売店

 

基礎工事が始まった中国資本のホテル=高麗ホテルの裏

マスゲームでも「代を継いでの中朝友好」の人文字


更新日:2022年6月24日