◎北朝鮮のぞき見⑧

~集団農場はそのままか~

岡林 弘志

(2012.11.14)

 

 金正恩体制が最大の課題という「人民生活の向上」はどうなるのか。とくに食糧確保のための農業の立て直しをどうするか。朝鮮社会科学院経済研究所の李基成教授にこのあたりの事情を聞いた。集団農場の運営の改善は進めているようだが、抜本的改革には至らないようだ

 

 

 「6・28措置は聞いたことがない」

 

 

 北朝鮮の経済に関して、この夏、日韓のメディアに登場したのが、「6・28措置」である。この日に金正恩第一書記が「新経済管理措置」を打ち出したというものだ。日韓の報道によると、国家が企業や農場に生産費用を貸し付ける。農民の収穫物を自由に処分する割合を増やす、工場の収益の留保を認める…などだ。

 

 

 李教授が初めに行った全般的なブリーフィングには、これに関しての説明がなかった。われわれの方から「6・28措置について日韓で報道されているが、どんな内容か」を質問した。

 

 

 「その報道は正確ではない。外国の方は数字遊びが好きなようだが、公式にそうした通達は来ていないし、個人的にも聞いていない」

 

 

 李教授は「6・28措置」という具体的な指示については、真っ向から否定した。ただ「経済管理については金正日総書記の時から、いくつもの指示が出されている。実情に合わせて変えようということだ」と述べた。

 

 

 さらに「経済環境は変わり、社会主義市場がなくなり、世界は市場経済が占めている。これから世界に向かって出て行こうとするには、市場経済をよく研究し、対策を立てる必要がある」と説明した。いままで通りでは経済再生は難しいという認識はあるようだ。

 

 

 「社会主義の原則は守る」

 

 

 それではどうするのか。「社会主義の原則を守りながら、もっとも大きな実利を得られるような管理方法を常に考えながらやっている」という。そして「『原則』とは所有形態をしっかり守り、人民生活を保障するということであり、『実利』とは、改革・開放ということではなく、国の発展、人民生活の向上に役立つということだ」と解説する。

 

 

 「社会主義の原則」をそのままに、民生経済の回復、実利をあげることができるなら、言うことはない。少なくとも、中国は経済については「社会主義の原則」を排除することで、経済発展を実現できた。しかし、いま、北朝鮮はそこまで踏み切るつもりはないということだろう。

 

 

 「分組管理制を正しく適用する」

 

 

 従って、農業部門の改善とは「新たな生産形態に変えるということではなく、これまでの分組管理制の本当のあり方を正しく適用するということだ」

 

 

 「分組管理制」は、「1965年に、金日成主席が農村の実情に合わせて作った。15~20人単位で作業をやり、収穫物は一定の割合で国へ納め、後は分組内でわける」(李教授)という仕組みだ。

 

 

 ところが、「苦難の行軍の90年代半ばから生産量が減り、自分たちが食べるものを残して、あとは国へみんな納付するようした」という。農民が「自分たちの食べるもの」を確保できたなら、飢え死には出なかったはずで、このあたりは疑問が残るが、農作物のほとんどを国が吸い上げたのは間違いではないようだ。

 

 

 従って、改善措置としては「本来のあり方を正しく適用して、国家に義務的に納めた残りは、自分たちで処分するということになる。それには(従来の)15~20人の単位が合理的だ」そうだ。

 

 

 「仕事は小単位に分担する」

 

 

 「分組を4~5人単位に縮小するのではないのか」と質問すると、「農作業をするときは、分組の農民がみんな同じ仕事をするのではなく、この何人かはあの田圃をというように固定する。これまでと同じだ」という。

 

 

 具体的には「農作業のうち、耕作、苗代作り、田植え、収穫は分組全体でやる。このほかの草取りや水加減などはもっと少ない人数に受け持ちの水田を配分して、責任を持たせ、効率的にやる」のだそうだ。分組そのものを今より小規模にするのではない。

 

 

 農民の取り分を増やすというが

 

 

 農民にとって一番の問題は自らの取り分だろう。これについては「まずは土地の使用料は生産量の15%、そのほかに用水、肥料、農薬を使った分を収める。残りは分組と農民が処分することができるようにする。従って、今までよりは増える」

 

 

 また、国家の役割として「農村に必要な商品をいっぱい送る。70,80年代は、長靴、防寒具など50種ぐらいを保証していた。それをもっと充実させ、農民が自由に調達できるようにする」。従って、農民は収穫物を市場で売って、それで必要なものを買うことができる」

 

 

 「農民の取り分は何割になるか」と質問したところ、李教授は言い淀んで答えなかった。一緒についてきた研究員が「私の考えでは5割ぐらいになる」と代わって答えた。

 

 

 もしそうなら、農民にとっては大歓迎だが、にわかには信じがたい。そうなれば、国家の取り分はこれまでより大幅に減るはずで、そうでなくとも滞ったり止まりがちな配給はさらに厳しくなるはずだ。配給の今以上の減少は、体制そのものの基盤を揺るがせかねない。

 

 

 インフレを進めるのでは

 

 

 それに、農民の取り分が5割にしても3割にしても、農民としては、処分する場合、当然ながらより高く売れる買い手を求める。売値が安ければしばらく手元に置くということになる。全体の食糧が不足する中では、コメなど穀物の流通が画期的に増えることは期待できず、価格はさらに上がり、インフレを一層進めるに違いない。

 

 

 また、土地使用料、肥料、農薬代として国家などに収める穀物の量は、収穫量にかかわらずほぼ一定のはずだ。これでは毎年のように襲う水害で収穫量が減れば、農民の取り分は確実に減る。従って、取り分は何割と固定できないのではないか。

 

 

 日韓の報道では「6・28措置」はかなり大きく報道されたが、北朝鮮は措置そのものや内容について一切公表していない。また、今年2回目の最高人民会議(9.25)、あるいは、10月1日に内容が公表されるという予測記事もあったが、実際にはなかった。

 

 

 「6・28措置」そのものがなかったのか。あるいは改善の方針を出したが、具体策を打ち出すことができないのか。もうじき半年近くになるが、いまだに公表されたものはない。

 

 

 「生産請負制」までは踏み切れない

 

 

 「6・28措置」が日韓で報じられた際、かつて中国で行った「生産請負制」への移行かという観測が流れた。これは1970年代、鄧小平が提唱した農業政策だ。農家が国家から土地と生産を請け負い、土地使用料分こ穀物を国家に収めた残りは自由に処分できる制度だった。集団農場、集団労働で衰えた農民の意欲を刺激し、収穫量が一気に増加し、食糧事情も大幅に好転した。

 

 

 李教授の話では「分組請負制」の本来の姿を取り戻すのが、当面の改善措置の課題のようだ。これで、生産量をあげることができるのか「生産請負制」のように、農民一人一人の意欲を高めることなしには、なかなか難しいのではないか。

 

 

 北朝鮮からの帰り。北京行きの飛行機で親戚訪問を終えた在日朝鮮人と一緒になった。「平壌にはきれいなマンションができたようだが、われわれの親戚の生活の苦しさは、前に来た4年前と何にも変わっていない」という。兄弟姉妹が平壌と地方にいるが、「私が来るたびに持っていく現金と衣類や薬などを少しずつ売って生活の足しにしている」と事情を話してくれた。

 

 

 これを書いている最中、10月に軍事境界線を脱北してきた兵士は、身長が180㎝もあるのに体重はわずか46㎏だった(中央日報)という報道があった。軍隊までも食糧不足と言われて久しいが、いまだに改善はされていないということだろう。

小手先の改善では、食糧生産を増やすには限界があるのだろう。(続く)

平安南道の農村

開城郊外の農村


道路に干してあるトウモロコシ=平安南道

年代物のトラクター=平壌郊外


田んぼの畦で休む人々(援農に来た人たちか)=平壌郊外

野菜畑で作業する農民


更新日:2022年6月24日