◎北朝鮮のぞき見⑥
スーパーの値札にびっくり
(2012・11・7) 岡林 弘志
今回の訪朝で、一番驚いたのは平壌市内の物価の高さだ。ようやく見せてくれた中国との合弁のスーパーや駅前の売店だけだが、想像を越えていた。この値段では一般の人々には手が出ないのではないか。裏には、インフレが勢いを増す中、外貨がモノを言う仕組みがあるようだ。
合弁スーパーの値札はウォン
われわれ訪朝団は、何回か「市場」を見せてくれるように要請した。物価だけでなく、人々の日常をうかがうことができるからだ。しかし、平壌市内の大きな市場の横を通りながらも見せてはくれなかった。それでもしつこく頼んだせいか、ようやく「スーパーへ行きましょう」となった。
スーパー「光復地区商業中心」は、普通江駅から万景台学生青年宮殿に向かう光復通りにある。名前から分かるように中国との合弁、昨年末に開店したばかりだ。見学は許されたが、カメラは禁止。しかも案内人は「早く、早く」と急き立てる。走り書きでメモしたり、記憶した価格を、参加者で付け合わせ、かなりの輪郭が分かった。(単位はウォン)
白砂糖(1kg) 5,800 食用油(中国産5㍑)63,500
醬油(1升) 19,000 パン(1袋)4,500~6,000
サイダー 4,000~7,00 イタリア産ワイン 50,000
龍城ビール(国産) 3900
背広上下 400,000~450,000 男性用パンツ 13,100
ハイヒール 24,000 コート 11,8500~120,000
旅行用カバン 648,000 自転車 442,700
平均月収は5,6千ウォンか
ざっとこんな具合である。値札には貨幣単位が書いてない。案内人に聞くと「ウォンだ」という。北朝鮮の勤労者の平均月収を聞いたが、案内人は教えてくれなかった。2年前は4000ウォンといっていた。せいぜい5000~6000ウォンほどではないか。
北朝鮮経済に詳しい環日本海経済研究所の三村光彦氏は「平均的な市民の月給が5千ウォン~2万ウォン」という(朝日新聞9月15日)。
このスーパーで買い物をするとなると、月給5000ウォンの勤労者は、白砂糖1kg買えば終わりだ。自転車を買うには10カ月の月給をすべてつぎ込まなければならない。例え、2万ウォンとしても、1カ月の月給で、醬油1升しか買えない。背広は、20カ月分になる。案内人には、何回か念押ししたが、やはり値札は現地のウォンで、「少し貯めれば買えますよ」という。
支払い窓口に実勢価格交換表
参加者の間でいろいろ情報交換したところ、われわれには見せなかったが、このスーパーの支払い窓口(買い物をすると、支払いは決められたところで行う)には、外貨と現地ウォンとの交換表を表示してあるという。
帰国してから調べたところ、この交換率がとてつもない。ホテルのフロントに表示してある交換率(公定)とは大違いだ。要するに、実勢価格、平たく言うとヤミの交換率が適用されている。公定価格と実勢価格を一覧表にすると、次のようになる。
外貨換算表(単位・ウォン)
(注)・公定価格は普通江ホテル
・実勢価格は、中国との合弁スーパー「光復地区商業中心」
公定価格 (2012・9・11) |
実勢価格 (2012・3・29) |
|
米ドル | 100.630 | 4000 |
日本円 | 1.246 | 46.5 |
ユーロ | 128.300 | 5330 |
中国元 | 15.870 | 635 |
1ドルは実勢価格で40倍に
この表を見るとわかるように、1ドルは、公定価格で100ウォンだが、実勢価格では4000ウォン。なんと40倍である。他の外貨も計算すると、40倍前後になる。これが外貨の実勢としての価値である。
この表を基に、実勢価格によって、先のスーパーの値段を当てはめてみると、40万ウォンの背広は、100ドル。日本円では1万円にならない。パン1袋は450~600円だ。これなら一般の人々も手が出る妥当な値段、むしろ格安だ。他の商品についても換算してほしいが、実勢価格で計算すると、ほぼ妥当な値段である。
インフレが深刻だ
経済が専門でないため、十分に解説できないが、素人が考えても、これはかなり深刻な問題をはらんでいる。まずは、インフレだ。このスーパーは中国製がほとんどで、北朝鮮製よりいくぶん割高ということもあるが、実際のヤミの交換価格は、1ドル5000ウォンともそれ以上ともいわれている。
平壌駅前広場の売店には、「ノリ巻き2,400ウォン」「キャンディ大袋14,500ウォン」という張り紙があった。とすると、先のスーパーの値段は特別高いわけではない。おそらく、一般の市場でもこの水準の物価ではないのだろうか。
ホテルとスーパーとで「二重価格」
また、驚いたのは、ホテルの売店の価格である。写真を撮ろうとしたら、店員に止められたが、いくつかメモをした。(単位ウォン)
ポテトチップ 280 キャンディ小袋 420
焼酎小瓶 380 焼酎中瓶 800
スーパーと同じ商品で値段を比べれば、理解しやすいと後で気がついたが、うっかりしていた。それでも推測してみるに、おそらくスーパーの40分の1、50分の1の値段ではないか。これなら、一般の人も買える。ところが、ホテルでは外貨しか使えない。しかも公定の交換率で計算する。
従って、焼酎中瓶800ウォンは8ドルとなる。この8ドルをヤミ(実勢価格)で交換すれば、32,000ウォンだ。これなら、ホテルは損をしない。おそらく、スーパーで同じ焼酎を売っていれば、3万ウォン前後の値段が付いているはずだ。
もう一つ例をあげると、われわれが案内されたレストラン。冷麺で有名な玉流館のメニューを見ると、「冷麺(200g)760ウォン(4€)」とある。760ウォンで食えるなら実に安いが、このメニューは外国人専用だ。従って公定価格で計算したユーロで払わなければならない。4€を実勢価格で換算すると、21,320ウォンになる。現地の人たち向けのメニューは見ることができなかったが、これに近い価格ではないか。
経済に詳しい同行者にいろいろ解説してもらったが、こうした状態を「二重価格制」と呼んだ。同じ商品でも、現地のウォンで買うのと、公定価格を適用して外貨で買う値段と二通りあるのである。
この二重価格が、一つの商店で併存している例もある。先に引用した三好氏によると、北朝鮮最大のデパート「平壌第一百貨店」の食料品売り場、「統制価格はしょうゆや酢ぐらい。他は市場の値段と同程度」だそうで、市場価格の一例として「クッキーは1キロ2千ウォン」をあげている。おそらく、醬油や酢は非常に安い。ただし、質が悪く、数量も少ないそうだ。
外貨での買い物は有利
要するに、実勢価格(ある意味ではヤミ価格)は事実上公認されているということだ。もっと言うと、いわゆる「市場」では、実勢価格でなければ、通用しないのである。先のスーパーは、確か金正日が死去の二日前に「現地指導」に訪れ、死後、店員がエスカレーターにすがって号泣している映像が日本でも放映された。実勢価格での販売は、金正日公認でもある。
この結果、外貨を持っている人は、有利であり、それなりの消費生活ができるということだ。外貨を持つことができるのは、貿易に携わったり、その上前をはねたり、おこぼれにあずかる人たちだ。あるいは特権層だ。外貨を持たない人々はどうして暮しているのだろうか。生活難が思いやられる。
また、インフレが進めば、それに対応するため、国家は紙幣を印刷せざるを得なくなり、モノが出回らない限り、さらにインフレが進み…と悪循環に陥る。そして、外貨の価値はますます上がり、現地の紙幣は紙くず同然になる。
この問題は、国家財政にも重大な影響を与えているはずだ。スーパーの値札を見て、いろいろなことを考えさせられた。(続く)
中国との合弁のスーパー「光復地区商業中心」
平壌駅前広場のアイスクリーム、ビールなどを売る屋台
アパートの1階はほとんどが商店、「食料品商店」=いずれも平壌市内
繊維雑貨商店
「銀河水飲食店」
玉流館の名物、冷麺の外国人向けメニュー