◎北朝鮮のぞき見③
~金正恩の個人崇拝は進む~
岡林弘志
(2012.10.19)
平壌はスローガンの街だ。当然ながら、金正恩第一書記を讃えるスローガンが登場していた。また、テレビ、新聞などを通じての個人崇拝を強化する事業も大々的に進められている。その柱が「二人の先代の忠実な後継者」というキャンペーンだ。
「総書記の忠実な継承者」
「金正恩第一書記は、金正日総書記が構想し、願っていたことを実現するために懸命にやっておられます」
今回会った政府関係者が口をそろえて強調したのが、金正恩がいかに金正日の忠実な継承者であるかということだ。
「金正日の構想」を実現した例として、政府関係者がまずあげるのが、平壌中心部を再開発した「倉田通り」の3,40階建てのマンション群と、綾羅人民遊園地だ「金正日総書記は完成を目前に亡くなられたが、金正恩第一書記が遺志を実現するために、何回も現場に足を運んで完成させた」ということだ。
「倉田通り」のマンション群は、金日成生誕百周年を記念して、金正日が構想した「住宅10万戸建設計画」の柱として、建てられたものだ。大同江沿いにある高さ170mのチュチェ思想塔の展望台から見ると、大同江を挟んだ一角に十数棟のビルが林立する光景は、なかなかの偉容だ。
4・15の金日成の誕生日に間に合うように突貫工事が行われ、昨年夏以降、大学生は学校の授業を休んで総動員されたといわれている。われわれの案内人に聞くと、「大学生でも何でも、役に立つことなら何でもしますよ」マンションの一区画は100~160㎡だという。
この一角には、児童百貨店やヘルスセンターなどの関連施設も建てられている。一種のモデル地区だろうが、経済の混迷が伝えられる中ここだけ浮き上がっている印象を受ける。見学を頼んだが、実現せず、近くをバスで何回か通り過ぎただけだった。
前回も触れたが、この一角には、完成後も金正恩は何回も訪れている。また、綾羅人民遊園地だけでなく、われわれが滞在中に完成式が行われた民俗村にも何回か足を運んでいる。いずれも生誕百周年の記念事業で、先代の遺志を継いで、人々のレジャーや娯楽にも配慮し、「人民とともに」を実践する指導者をアピールするためだろう。
ちなみに、チュチェ思想塔からは、かの100階建て柳京ホテルの偉容も見える。これも生誕百周年を記念して完成させる予定だった。外装は、薄いブルーの優雅な色調だが、案内人に聞くと「まだ営業していない」そうだ。帰国して、北朝鮮経済の専門家に聞くと「20年ほども雨ざらしになっていたので、ホテルとしての営業は無理ではないか」ということだった。
温情あふれる指導者像も
それともう一つ「昨年末には大痛恨事(金正日死去)があったが、金正日総書記の偉業を継ぐ金正恩元帥がおられるので、すべてを任せればいいとなった。元帥がおられるので、悲しみを力に変えて全人民が立ちあがることができた」
その具体的な例として、服喪期間の間、故人を悼む「奉仕所」では、人民が寒さをしのぐため、暖かい飲み物を用意させた。また、告別式の葬列の大パネルは周囲の反対を押し切って笑顔の写真に変えさせた…などの事例をあげた。
いわば「国難」に際して、大号令を下したという天下国家の話ではない。全国民が先代の死去を心の底から悲しんだことを大前提にして、その悲しみをのりこえるのに恩情を発揮したという次元の話だ。
政府関係者に会って話を聞く時、まずは枕詞の如くこうした内容の金正恩礼賛を聞いた。いかに、金正恩がいかに優れた指導者であるかについて、この9カ月の間、あらゆる職場で学習が行われたのだろう。弱冠29歳の最高権力者を盛りたてるための個人崇拝事業が、大車輪で行われている。
切手も「革命の血統」を強調
こうした狙いは、切手にも現れている。高麗ホテルの2軒隣に切手展示館がある。建国以来の切手を展示し、即売も行っている。金正恩の切手がほしいというと、今年になって発行された3種類のシートがあるという。
一月に発行されたのは、前回紹介したが、70ウォン、タテ7cm、ヨコ5cmの大きなもので、金正日と金正恩が防寒コートを着て、二人とも笑顔で立っている写真が印刷されている。枠外の上部には「偉大な領導者 金正日同志は永遠にわれわれとともにおられる」下部には白頭山の絵をあしらってある。
6月に発行されたのは、やはり70ウォン。朝鮮少年団創立66周年(6・6)を記念したもので、金正恩が赤いスカーフを巻き、感激で涙を流す少年少女に囲まれた横長の切手だ。枠外には「未来を愛せよ!」そして「将来の朝鮮は子どもたちのものだ」という、金正恩でなく金日成の親筆が添えられている。
最も新しいのは、7月に発行された。労働党第4次代表者会(4・11)を記念したもので、30ウォンの2枚組。金正日と金正恩の肖像画が一対になっている。それぞれ「総書記として永遠に高く戴く」「第一書記として高く推戴する」と書かれている。
今のところ、北朝鮮で発行された金正恩の切手はこの3枚だけだが、三代世襲による「革命の血統」を誇示してやまない。
金正恩スローガンは1割ほどか
「先軍朝鮮の太陽 金正恩将軍万歳!」「偉大な領導者 金正恩同志万歳!」金正恩を讃えるスローガンを街のあちこちで見かけた。いずれも今年になってからとうじょうしたもので、ざっと見た感じでは、全体の1割ぐらいか。これから増えるのだろうが、まだ、肖像画などは見なかった。
この「太陽」と讃える尊称は、もともと金日成に、やがて金正日にも使われるようになった。ところが、今回見たスローガンでは、金正恩にも使われている。北朝鮮は、二人の先代に百単位の総称を奉ってきたが、アピール度の高い「太陽」に匹敵するほどの尊称は、他に考えつかず、三代目にも使うことになったのか。また、「将軍」の名称も金正日だけかと思っていたが、金正恩にも使っている。
「パルコルム」が鳴り響く「アリラン祭」
金日成スタジアムで行われていた北朝鮮が誇るマスゲームは、北朝鮮観光の定番だ。今回も案内された。前回は入場料15000円(今回は滞在費の中に含まれたので、いくらかは不明)となかなかの値段で、外貨稼ぎの一つにもなっている。マスゲームがある時訪れた外国人はほとんど案内される。
マスゲームは、全部で6場。過去、現代、未来の朝鮮を導いた金三代を讃える内容だ。「首領様と将軍様は主体の永遠の太陽」「富強繁栄へ 金日成民族 金正日朝鮮よ」と、まずは二人の先代の偉大さを繰り返す。
「敬愛する金正恩同志に最大の栄光を捧げます」「天性の名将 金正恩将軍万歳!」…
今年は、新たに金正恩を讃える人文字も登場した。締めくくりの場「忠誠富強アリラン」では、「最後の勝利へ向かって前へ!」などの人文字が描かれ、金正恩のテーマソングである「パルコルム(足並み、足取り)」が繰り返し大音響で流れる。
金正恩を讃える歌も数多く
帰りにバスに乗っても、このメロディが頭の中に鳴り響いて止まない。同行者の一人が「中毒性のある音楽」と言ったが、確かにそうだ。
10数年前の訪朝時にも、「あなたがいなければ、われわれもいない」という金正日を讃える調子のいい歌が、地下鉄の長いエスカレーター、ラジオ、街頭でも繰り返し鳴り響き、知らないうちに口ずさんでいて、びっくりしたことがある。洗脳というのはこうして行うのか、などと考えながらホテルに着いた。
部屋に落ち着いて、ラジオをつけると、やはり金正恩を讃える歌。テレビでも金正恩の歌が次々と出てくる。タイトルをメモするのを忘れたが、北朝鮮が得意とする音楽を通じての個人崇拝大キャンペーンは、金正恩時代になっても変わりはない。
なお、このアリラン祭について、案内人は「今年で終わりになるかもしれない」といっていた。理由を聞いたが、知らないという。もしそうなら、人文字やグラウンドのデモンストレーションに駆り出される小中高校生や大学生にとってはいいことだ。授業を削っての半年以上続く練習がなくなる。
(続く)
金日成生誕百年記念の倉田通りのマンション群(左奥は柳京ホテル)
スローガン「先軍朝鮮の太陽 金正恩将軍万歳!」
今年発行の切手(左)「金正日同志は永遠に…」(右上)党代表者会記念(右下)少年団創立記念
アリラン祭の人文字「天性の将軍 金正恩将軍万歳
「敬愛する金正恩元帥様感謝します」