◎北朝鮮のぞき見①

~街角に「明るさ」が~

岡林弘志

(2012.10.12)

 

 北朝鮮が金正恩体制に代わって9カ月。先月に訪朝団の一員として平壌を中心に1週間ほど滞在した。2年前に比べ、街の雰囲気はかなり明るくなった印象を受けた。その中で、独裁体制を守りながら、最大の課題である民生経済立て直しに向けた様々な試みが始まっているようだ。改革・開放をしないで経済成長が可能かという実験でもある。様々な制限の中で覗き見た北朝鮮訪問記。

 

 愛想のよさにびっくり

 

 「プタッカムニダ(お願いします)」平壌の順安空港、入国の際、税関でパスポートを差し出すと「朝鮮語うまいですね。共和国のいいところを一杯見ていってください」と係官が実に愛想よく話しかけてきた。前回までは、これ以上無愛想にはできないというほどの渋い顔つきで、パスポートをつっかえしてきたのに、大違いだ。

 

 出国の際も「どこで朝鮮語を習いましたか」というので、正直にソウルでというと、一瞬表情を硬くしたが、かつて特派員として滞在していたというと「それでは帰ってから、われわれの国のいいところを大いに書いてください」と、これまた愛想がいい。

 

 恒例のようになっている板門店訪問。制服の兵士がいくつかの外国人の団体を引率して、停戦の会議場、調印場などを案内する。今回の案内役は中尉だった。会議場の前でわれわれ訪朝団が記念写真を撮ろうということになり、この兵士を誘うと快く真ん中に収まってくれた。

 

 これを見ていたドイツ人の団体も、この中尉を呼んで記念写真「人気があるねえ」と話しかけると「結構疲れるよ」と、われわれの案内人が差し出した煙草で一服しながら「交代で案内役をしている。当番の日には2、3回はここへくる」「このところ1日4百から6百人、昨年は千人の時もあったが、今年は少し減っている」としばらく話の相手をしてくれた。

 

 板門店は「観光の役割だけ」

 

 南北共同管理区域内の会議場の中では「かつては厳しいやり取りもあったが、今は観光の役割をしているだけ」と、実に現実的な解説。確かに前回は、米韓軍側がいかに休戦協定を無視して挑発してくるかを非難し、北が正しいかを宣伝してやまなかったと記憶している。えらい違いだ。

 

 帰りのバスの中で、われわれの案内人にこの変わりようを尋ねると「外国人は、朝鮮人民軍というとすぐに人殺しをしたり、鬼のように思っているようだが、本当は平和のために働いているというイメージに変えるために、いいではないですか」と解説した。

 

 といって、南北対立が緩和されたわけではない。むしろ、北朝鮮は李明博政権への非難を繰り返し、恒例の米韓合同軍事演習に対して、金正恩第一書記は「人民軍将兵は最期の突撃命令を待っている」(8・26)と厳しい姿勢を強調している。

 

 そんな中でも、権力の代替わりが公権力にかかわる人たちの中に、何らかの変化をもたらしているのかもしれない。

 

 増えたミニスカートとアベック

 

 「増えたのは、ひざ上ミニスカートとスラックスにアベック」

訪朝団の何人かで一致した平壌の印象だ。女性に限ってのはなしだが、服装がカラフルになったのは、間違いない。また、スラックスやパンタロンも朝夕の通勤時間にはよく見かけた。

 

 かつて、金正日総書記は、女性がズボンをはくのを禁じて、街角に取り締まりのおばちゃんがいて監視した時期があったと思う。ましてミニスカートは論外だった。この禁則は完全に効力を失ったようで、真っ白なパンタロンやひざ上のミニスカート姿もそう珍しい光景ではなくなった。

 

 これは、明らかに金正恩の夫人「李雪主効果」だ。今年7月から現地指導や公演を参観する際に同伴した映像が公開された。最初、北朝鮮はだれかを説明しなかったため、韓国や日本では「妹か夫人か」「謎の女性」などと取りざたされた。しばらくして、綾羅人民遊園地の完成式に出席した際、「李雪主夫人」と明らかにした(7・25)

 

 夫人の経歴は明らかにされていないが、日韓の報道からすると、金正恩の肝いりで作られた「銀河水管弦楽団」所属の歌手出身。1989年生まれ、従って今年22か23歳、2009年に結婚した。子どもの時から芸能活動に入り、2002年7月には日本に、2005年9月には韓国を訪問したこともあるようだ。

 

 李雪主夫人のファッションやしぐさが刺激

 

 この李雪主夫人が実にファッショナブルなのである。上がトルコブルーや花柄のワンピース、両そでがレースになっている黒のブラウスとスラックス……。韓国紙は「江南の中級階級の夫人が好むファッション」というが、かなりのセンスであることは間違いない。

 

 こうした姿が、現地指導の報道や金正恩特集の番組で繰り返しテレビ放映され、新聞にも出る。これまでテレビに出てくる女性と言えば、人民服まがいか、地味なワンピース、あるいはチマチョゴリがほとんどだった。

 

 これが、おしゃれに敏感な若い女性らに影響を与えないはずはない。さらに、テレビなどに度々登場することで、こうしたファッションは「公認」されたも同然。かくして、街角に登場することになったと思われる。

 

 背景としては、ここ10年程の間の「市場」の広がりがある。市場は人々がさまざまなものを手に入れる場として、生活に欠かせない。若い女性は、ここで国営商店では手に入らない鮮やかな色彩の洋服や生地を手に入れ、おしゃれを楽しんでいるに違いない。

 

 もう一つ、李雪主夫人がショックを与えたのは、「金正恩元帥様」(最近この呼び方が多い)と、手をつないで歩く場面だ。綾羅人民遊園地完成式の報道だったと思う。また、金正恩に気楽に話しかけ、変にかしこまらず寄りそう様子もそのまま放映される。

 

 こうした姿などから、アベックも事実上の「公認」と受け取られたのではないか。今回の訪朝では、若い二人連れをかなり見た。中には軍服姿の青年と女性というカップルもいて、なかなかほほえましい。

 

        *     *     *

        

 私たちの日程については、あらかじめ見学場所、会いたい人などの希望を出したが、実現したのはごく一部。北朝鮮当局が造ったスケジュールに従って、見せたいと思ったところを見て回った。また、「勝手に出歩かないでください」と、行動は制限された。この点では前回も同様だ。従って、限られた範囲内での見聞録になる。それでも、指導者の交代により、変わったところ、変わらないところは、断片的ではあるが、見て取れた(続く)

職場へ向かう女性1

観光客の求めに応じて写真に収まる板門店の兵士


職場へ向かう女性2

街の飲料販売店もにぎわっている


街で見かけたアベック


更新日:2022年6月24日