正恩態勢の強化か混乱の始まりか

岡林弘志

(2012.7.20)

 

北朝鮮は一連の大行事が終わり、しばらく静かだったが、突然、人民軍の総指揮官である李英鎬・総参謀長が解任された。その直後に金正恩第一書記には「元帥」の称号が授与された。金正恩が軍を完全に掌握できたことを誇示する動きだろう。正恩体制強化を狙ってのものだろうが、果たして、内紛などの混乱のタネになることはないのか。

 

「元帥」授与に「歓呼の声」

 

「朝鮮の津々浦々が民族の大慶事を迎えた歓喜で湧きかえっている」(7.18朝鮮中央通信)。労働党中央員会などが金正恩に「共和国元帥」の軍事称号授与を決定(7.17)したことについて、国中で「歓呼の声」が上がっているという。

 

金正恩は、2010・9に「大将」の称号を与えられているから、「次帥」を飛び越えて、2階級特進だ。独裁体制下で最高実力者の称号は、お手盛りでなんとでもなるだろうが、ここは神格化の一環として、大々的に宣伝しなければならない。

 

これを伝える「労働新聞」(7.19)のホームページは、開いたとたん金正恩のテーマソングである「パルコルム」(足取り)が威勢よく流れ始めるという特別扱いだ。平壌では早速、各界各層の責任者を集めての「慶祝大会」が開かれた(7.19)。

 

総参謀長解任は軍掌握の実例

 

金正恩は、昨年12月の金正日総書記死去後に人民軍最高司令官に就任しているが、今回の元帥昇格は、完全に軍を掌握したことを内外に示す狙いからだ。軍掌握の実例の一つとして示したのが、二日前の制服組の最側近だった李英鎬総参謀長(69)の突然の解任だった。

 

「李英鎬を病気の関係で、政治局常務委員、政治局委員、中央軍事委副委員長をはじめとするすべての職務から解任する」

労働党中央委員会政治局会議の決定だ(7.15)。党の役職すべて奪われれば、当然、軍の総参謀長もクビ。要するに粛清である。

 

この決定では、解任理由を「病気の関係」といっているが、疑わしい。なぜなら李英鎬を呼び捨てにしているからだ。これまで、本当に病気や高齢を理由に引退する場合は、必ず名前に「同志」をつけていた。

 

李英鎬は、09年2月に総参謀長に昇進、金正恩が後継者として登場した10年9月には、党政治局常務委員、党中央軍事委副委員長にもなった。2階級、3階級特進は、金正恩の信頼が厚いせいと言われ、制服組の最側近、党内の序列も第5位だった。

 

昨年12月28日、金正日総書記哀悼行事、棺を乗せた車右側先頭には息子の金正恩、そして左側先頭は、他の長老や金正日の側近を退けて、肩章もいかめしい李英鎬だった。この時が、李英鎬の絶頂期だったにちがいない。

 

引きずった先軍時代の強硬姿勢

 

李英鎬は、軍内部でも強硬派で知られ、韓国の哨戒艦沈没、延坪島砲撃を主導した一人といわれる。北朝鮮のような実利を無視して、理屈が優先されるところでは、強硬意見が幅を利かす。李は威勢のよさを誇示することで、忠誠心を示すという処世術を巧みに使って、出世した。金正日が始めた「先軍政治」は、存在感を示す絶好の土壌だった。

 

しかし金正日時代の軍の対韓国挑発や軍需優先は、民生経済を著しく圧迫した。そのうえ、金正日追悼や金日成生誕百年の行事でも、巨額の経費がかかっている。国家財政は破たん寸前、このままでは、国民の不満は高まる一方、態勢の危機でもある。

 

危機意識の現れか、金正恩は「経済政策はすべて内閣の指示に従え」と命令を出した。それには、軍を抑制する必要がある。その第1弾が、人民軍総政治局長への労働党出身の崔龍海の起用。第2弾が李英鎬の解任だった。

 

強硬姿勢は邪魔に

 

李英鎬の解任理由は明らかでないが、おそらく軍の中で、かつて軍服を着たことのない崔が自分より上に立つことに抵抗したのではないか。あるいは、軍に対する抑制策、すなわち軍需最優先、軍の貿易会社などによる外貨稼ぎに対する規制に対抗したのかもしれない。

 

また、民生経済を立て直そうという時、対外的な軍の強硬姿勢は邪魔だ。例えば、米朝交渉で食糧支援などの合意(2.29)を取り付けた直後の長距離ミサイルの発射予告、米国は支援を拒否した。しかも、ミサイル発射は大失敗。アブハチ取らず。その責任を取らされたのかもしれない。

 

正恩時代になって、金正日時代と同様に、強硬姿勢で忠誠を示そうとする李英鎬は、邪魔になったのである。本人はこうした変化に気付かなかった。もし気づいても、強硬派が柔軟姿勢に転換することは難しい。これまで非難し続けてきた軟弱、日和見のそしりを自らが受けることに耐えられないからだ。

 

張成沢が解任の采配か

 

ところで、先に解任を金正恩が軍を掌握したことの現れと述べたが、形としてはそうだが、実際は金正恩の後見役、張成沢国防副委員長が采配を振ったと見るのが妥当だろう。

 

金正恩は、2月の金正日生誕70周年の軍事パレードの際は、隣に座った李英鎬に顔を寄せてひそひそ話をするなど、信頼の厚さを印象付ける映像が流された。つい最近の金日成の命日(7.8)には、金正恩に随行して、錦繍山太陽宮殿に参拝している。

 

一方で、張成沢は、かねて中国や韓国を往来し「改革開放」に強い意欲を持っているといわれてきた。軍抑制のために送りこんだ崔龍海は、一の子分だ。それを邪魔した李英鎬は許せない。解任劇は、張成沢のシナリオだろう。

 

「改革開放」への始まりか

 

こうした動きをみると、これから北朝鮮が「改革開放」に向かう可能性は、これまでよりも出てきたように思われる。

 

中国は今回の解任を歓迎している。北朝鮮内で改革開放への抵抗勢力が弱まったとみているからだ。というより、張成沢はかねて中国との深いつながりを持ってきた。一連の今回の動きには、改革開放に踏み切らなかった金正日にいら立ってきた中国の強い意思が感じられる。

 

北が改革開放へ向かうなら、対外的に強硬姿勢は取りにくくなる。周辺国の支援・協力を得るのに「恫喝」する方法は、通じなくなっている。金正恩は「先軍」路線の継承を宣言したが、これは建前、実利のため人民に食わせるためには、改革開放へ踏み切らざるを得ない、となるなら好ましいことだ。

 

確かに、金正日も何回か中国を訪問し、改革開放なしに経済立て直しはできないと、頭では分かっていたような気がする。独裁を損なわない範囲でという限定付きで、経済特区も造った。また、人民生活向上の必要性も明らかにしていた。

 

しかし、自らが唱えた「先軍政治」によって、軍が肥大化したことや、長い間の権力闘争で疑心暗鬼が強く、自らの地位への危機感が優先して、路線の転換、修正に踏み切れなかったのではないか。亡き人の意思を忖度してもしようがないが。

 

路線転換への抵抗は

 

問題は、路線切り替えが順調に進むかだ。先軍政治の中で巨大な既得権を手にした軍にとっては、存在が問われる事態だ。民主主義国でない国の軍は、思うようにならないとき、クーデタや反乱をおこす例をこれまでいくつも見てきた。朝鮮人民軍が、このまま黙って張成沢の采配に従うか。

 

もう一つ問題は、金正恩自身が改革開放を心から願っているかだ。改革開放は、独裁体制の弱体化につながりやすい。すでに、チャンマダン(市場)、闇市の広がりで、首領様より商売に価値を見出す住民は増えている。

 

ここで改革開放に踏み切れば、その傾向は一気に強まる。独裁体制すなわち金正恩にとって自らの地位の危機である。それでも改革開放を続けるかという設問でもある。

 

ここは、張成沢の腕の見せ所だ。あくまでも金正恩を表に立て、抵抗勢力の力をできるだけ削ぐことができるか。それができなければ、抵抗勢力は、独裁に不安を感じる金正恩にすり寄っていって、「先軍政治」に戻すチャンスと巻き返しを図ることになる。内紛の始まりだ。

 

予測ばかりしていてもしようがないが、どこの国でも政策・路線を急に変えると、抵抗勢力は強く反発する。今回の解任劇が混乱の火種になるか。やはり、北朝鮮から目が離せない。

更新日:2022年6月24日