広がる一方の平壌と地方の格差

岡林弘志

(2012.7.9)  

 

今年前半の大行事が一段落した北朝鮮で、平壌の発展ぶりが大々的に宣伝されている。金日成主席、金正日総書記の遺訓の象徴として、重点的に整備されたからだ。まさに神格化のショーウインドウだ。そのとばっちりで、地方の産業は振るわず、農業は干ばつかと思えば大雨に見舞われた。踏んだり蹴ったりだ。新しい指導者はどうする。

 

「平壌は華麗な世界的都市」

 

広い道路の両側には、3,40階建のマンションが立ち並び、人民劇場や児童百貨店、結婚式場など各種施設が完備され、周辺には緑地も造られている――。万寿台から大同江に沿った倉田通りの完成式(6.20)で、崔永林首相は、「壮大かつ華麗な世界的都市」と誇らしげに宣言した。

 

北朝鮮のマスコミは、その素晴らしさを繰り返し、宣伝している。マンションには一般人も入っているそうで、平壌木材工場労働者は「こんな立派な家を貰ってみると、人民に無料で家を建ててくれるわが制度のありがたさを痛感する」(6.23朝鮮中央通信)と感激の面持ち。ありがたいことだ。

 

この通りの一角には、当然のことながら、小高い丘に金日成、金正日の肖像画をはめ込んだモニュメントが設置され、「偉大な金日成同志、金正日同志は永遠にわれわれとともにおられます」という塔も立っている。

 

「聖なる革命の首都に」

 

なぜなら、平壌は「革命的領袖観が確立した聖なる革命の首都、壮大かつ華麗で風光明美な世界的都市に整えなければならない」(金正恩)からだ。要するに、神格化の象徴として、この通りを整備したということだ。

 

この通りの建設期間はわずか1年。軍隊と人民、学生も大量に動員された、このため、大学などは休校になった。さらには、毎年行われてきた農村での勤労奉仕が減り、一部農村地帯の不作、餓死の遠因になったともいわれる。

 

地方は異常気象で災害多発

 

当然、各種の資材も平壌に最優先で調達された。地方がそのとばっちりを受けたのはいうまでもない。それに加えて、天候も地方に過酷だった。干ばつについては、北朝鮮のメディアも度々報じているが、6月中旬には、黄海南道や咸鏡北道ではひょうが降り、咸鏡北道や平安北道では、豪雨に襲われた。

 

このところの地球規模の天候異変は北朝鮮も例外ではない。北朝鮮は「災害性天気現象」(朝鮮中央通信)と呼んでいるが、北朝鮮で特に被害が多いのは、日頃の治山治水がなされていないからだ。農業政策の間違いである。「天気現象」ではなく「政治現象」にほかならない。平壌を変に立派にはしても、災害防止には回らないようだ。

 

自慢の「主体鉄」は生産低迷

 

また、「主体鉄」「主体繊維」など、いわゆる「主体技術」もうまくいってないという。これらは、経済制裁や外貨不足で原材料の輸入ができない中、国内で調達できる原料を使って作り出す「革命的な物資」と、北朝鮮は宣伝してきた。

 

例えば主体鉄――。鉄鋼を作るには鉄鉱石などを溶解するため高温を発するコークスを使用する。輸入できないため、代わりに無煙炭を使い、高純度の酸素を吹き込んで溶解するというのが生産方式だ。

 

北で工場見学をしたり、経済関係の説明を聞くと、必ず「主体技術」がいかに素晴らしいものか。指導者の指示に従って革命的な生産を続けていると言った説明を長々と聞かされる。自慢の技術なのである。

 

しかし、主体鉄には無煙炭を大量に使わねばならず、酸素もいる。素人が聞いても効率が悪いだろうと想像できる。実際は小規模の実験炉ではある程度うまくいったが、規模を大きくしての本格生産に入った段階で、目論見通りにはいっていないようだ。生産量は目標の半分ほどという。

 

もともと採算は無理

 

こうした方法がうまく行くなら、ほかの国でも真似をするだろうが、もともと技術的に無理があるのだろう。このほか、咸鏡南道の2・8ビナロン連合企業所では「主体繊維」であるビナロン、興南肥料連合企業所では、「主体肥料」を作っているが、やはり生産量は思うようにいっていないようだ。

 

いずれも、石炭などの原料を大量に消費するが、これらの供給も十分でないようだ。高く売れる無煙炭は、金正日追悼、金日成生誕百年祝賀のための外貨獲得のため、中国へ大量に輸出され、国内向けが減ったということもある。

 

「主体技術」は、「主体」「革命性」が強調され、実利を無視した「苦肉の一策」だ。神御一人が命令した以上、生産を続けざるを得ないのだろうが、もともと採算は取れない。

 

これらの工場はいずれも地方産業の柱であり、地方経済を担っているのだろうが、主体技術の行き詰まりは地方経済の低迷を招く。この面からも地方は不遇だ。

 

現地指導も平壌に偏る

 

こんな中、金正恩第一書記は、大行事の後、自らの神格化と指導力の誇示に励んでいる。5月からは、「偉大なる先軍朝鮮のお母様」と題するビデオ(85分間)を党幹部に見せているらしい。父親の時と同様に母親も偉かったという宣伝だ。

 

果たして、出自が済州島とわかる高英姫の実名は出ず、在日出身というあたりも全く触れていないが、金正日をいかに立派に支えたかを誇示している。

 

一方で、指導力を強調するため、現地指導も活発だ。RPによると、この半年間に報道されたのは81回。このうち軍関連が40件と半分を占めている。残りは、経済、文化関係だが、最近目立つのは、子ども関係の施設だ。遊園地、動物園をはじめ、幼稚園や託児所などだ。

 

しかも、ほとんどが平壌市内だ。そういえば、最近は経済関係の視察でも地方は少ない。干ばつ、水害も多発しているが、そうした被災地は視察しないようだ。要するに、人民生活重視というが、肝心の主食の問題を解決するための指導をする姿は見えない。

 

「遊園地に雑草を生やすのはけしからん」「動物園には珍しい動物を増やせ」と命令する前に、すべての子どもたちが、十分に食えるようにするのが、国家指導者の重要な役割だが、本筋ではなく、どうも枝葉の部分にこだわっているような気がする。

 

地方の国土管理はおざなり

 

金正恩の「国土管理に関する綱領的著作」(4.27)の中でも、平壌の整備については丁寧に説明しているが、地方については「道の所在地をはじめ地方の都市と農村の特性に合わせて整えなければならない」と述べているだけだ。

 

まず、平壌に立派にして、それから地方と考えているのか、平壌がよくなれば自然と周囲にも波及すると思っているのか、ほとんど無視しているのか、今のところ「革命の首都」以外には、目が向かないようだ。

更新日:2022年6月24日