今度は「ネズミ」を使って非難

岡林弘志

(2012. 4.26)

 

「犬」ではなくて、今度は「ねずみ」に変えたらしい。北朝鮮が再び、李明博大統領非難を強め、「ねずみ」になぞらえて、罵詈雑言を浴びせている。出発したばかりの金正恩第一書記体制は、基盤強化のため、祖父と父親の「威光統治」とともに、韓国非難も有力な手段と位置付けているようだ。厄介な体制だ。

 

「電撃的に焦土化する」

 

「逆賊一味を粉砕するため、朝鮮革命武力の特別行動が近く開始されることを告げる」(4・23)

朝鮮人民軍の「特別行動作戦行動班」の「通告」だ。対象は、「主犯である李明博逆賊一味であり、公正な世論の大黒柱をかじっている保守言論媒体」。言論については、具体的に「東亜日報」と放送局であるKBS、MBC、YTNをあげている。

 

そのうえで、特別行動は「いったん開始されれば3~4分、いやそれより短い瞬間に、今までにない特異な手段と朝鮮式の方法で、電撃的に焦土化する」というのだから、何とも物騒だ。韓国に対するゲリラ活動、工作活動を直ちに実施とも受け取れる。

 

4・25は、人民軍創建80周年記念日に当たる。この日かと思われた軍事パレードは、4・15「太陽節」に行われた。これに代わる「大イベント」として、韓国への攻撃、核実験、先の「人工衛星」失敗を挽回するためもう一度打ち上げ、などなど様々な憶測が飛び交っている。今回の「通告」が、これまでになく激しいことは間違いない。

 

「希世の偉人たち」を侮辱した

 

北朝鮮は、このところ李明博非難を繰り返している。原因は、李明博が人権抑圧や食糧難など北の現状を批判(4・16、20)、金日成生誕百周年(4・15)前後にソウル中心部で保守系団体などが金正恩の似顔絵などを切り裂いた、韓国政府当局が北のミサイル発射の経費を推計、食糧購入に換算した、韓国軍が巡航ミサイルを公開した(4・19)ことなどだ。

 

「全民族と全世界が人類の大慶事である意義深い太陽節100周年を迎え、希世の偉人達に対する限りない懐かしさと敬慕の念を禁じえない時に…」(同)何たることをするのか、と怒り心頭だ。

 

「全民族と全世界」は大げさだが、要するに三代にわたる領導者の神格化を一生懸命進めているのに水を差したのが気に食わない。しかもこうした「最高の尊厳」は、「わが軍隊と人民にとって、生命より貴重」(4・23 朝鮮中央通信論評)なのに、何事かというわけだ。

 

「犬」から「ネズミ」に降格?

 

北朝鮮の韓国非難は、3月にもあった。このときは、韓国軍の仁川駐在部隊内に、金正日総書記親子の写真に「打て、殺せ」などと書いてあったという一部韓国メディアの報道がきっかけだった。この時も「開戦前夜」と思わせるような激烈な非難が繰り返された。今回はそれを上回る激しさだ。

 

それと、前回、李明博非難に使われたのは「犬」だった。「犬のような李明博逆徒」「腐りきった頭の狂犬」……。ところが、同じ動物を使ったのでは、新鮮味がない、マンネリに陥ると思ったのか、今回、登場したのは「ネズミ」だ。

 

「希代の逆賊ネズミ」「不倶戴天の敵ネズミ」「天下にまたとないネズミ」「天を恐れず軽挙妄動するネズミ」「人間に百害あって一利なしのネズミ」「この世にまたとない白痴であるネズミ」……。よくまあ、これだけ並べられるものだと感心する。当のネズミも気を悪くするほどだ。

 

国際悪口大会があれば優勝?

 

非難声明声明には、「金日成民族の100年史は、祖国と人民の尊厳を民族史上最高の境地に引き上げた栄光の歴史」(4・21朝鮮中央通信論評)という文言もある。そんな「栄光」に輝く気高い民族が、聞くに堪えない悪口ばかりというのは、似つかわしくないが、どうにも止まらないようだ。

 

また、今回も非難声明は、人民軍最高司令部の特別班だけでなく、外務省、祖国統一民主主義戦線(祖国戦線)中央委員会、祖国平和統一委員会(祖平統)を始めいくつかの機関が出している。朝鮮中央通信、労働新聞、民主朝鮮などの等のメディアも何回か論評を出す。

 

従って、各機関やメディアは、どこが一番厳しく非難するかを争うことになる。領導者に対する忠誠度を現すことになるからだ。非難合戦だ。これも非難がきりもなく、エスカレートする原因の一つだろう。

 

もし、「国際罵詈雑言大会」があれば、北朝鮮の優勝は間違いなしだ。こうしたえげつない非難、攻撃も影響してか、金正恩は、米誌タイムの「世界で最も影響力のある百人」の中の「ならず者部門」の一人に選ばれた(4・18)。

 

「北朝鮮を改革の道に導いた人物として、後世に記憶されるようなリーダーになってほしい」(4・18クリントン米国務長官)という期待もあるが、今のところは悪名の方で、後世に名が残りそうだ。

 

金正恩体制が発足して、はや4カ月が経つ。いかなる体制になるのか、それこそ「全世界」が注目しているが、経験不足の若い指導者は、父親と同様、強面で権力基盤を固めようと懸命だ。その方法の一つが「遺訓統治」「神格化」など先代の威光を背景にすることだ。

 

「強面」が権力基盤強化の手段

 

もう一つが、外に対して危機をあおり、内部の結束を固める方法だ。今回は韓国がその相手に選ばれた。三月にも対韓非難の住民集会が開かれ、人民は「一心団結」「革命の首脳部決死擁護」を誓わせられた。今回も、平壌や地方で集会が行われている。

 

また、李明博政権は、カネとモノをくれないとあきらめ、この際、緊張を高め、12月の大統領選で対北融和政権が生まれるよう、「北風」を吹かそうという思惑もある。

 

労働党規約改定(4・11)で「全社会(注・朝鮮半島全体)の金日成化―金正日化」を明記した。今回の非難は、早くも韓国に対して二人の偉人を批判するな、威光にひれ伏すよう求めているのかもしれない。

 

北は「ハリネズミ」?

 

もともと独裁体制は、内政にあっては善政、外交では友好、とはいかない。国民にも外国にも信頼がないなかで、それでは誰も言うことを聞かないからだ。ハリネズミのように絶えず、ハリをとがらせていなければ、どこからも相手にされない。宿痾のようなものだ。

 

北朝鮮は、韓国大統領を「ネズミ」にたとえているが、北の方は「ハリネズミ」のようだ。もっとも、ハリネズミは、攻撃された時、自分の身を守るためにハリを使うが、北朝鮮は絶えずハリを逆立てて攻撃に使う。一緒にしては、ハリネズミに怒られるか。

更新日:2022年6月24日