◎「強盛大国」の大祝砲が空のチリに

岡林弘志

(2012. 4.13)

 

金日成生誕百周年を迎えて金一族の「神格化」たけなわだが、その総仕上げ、目玉中の目玉になるはずだったミサイルが発射直後に爆発してしまった。大失敗だ。得意の「速度戦」で突貫工事を展開してきたのだろうが、権力世襲を万全にという思惑は完全に裏目に出てしまった。

 

「軌道投入に成功しなかった」と異例の公表

 

「午前7時38分、光明星3号を打ち上げたが、軌道投入に成功しなかった。失敗の原因を調べている」

北朝鮮は、発射から約4時間半後の13日正午すぎ、異例なことに朝鮮中央通信、朝鮮中央テレビなどを通じ、失敗を内外に発表した。

 

前回も前々回も、米国などの追跡によって軌道に乗るかなり前に失速し海中に落下したにもかかわらず、北では「大成功」として、大々的に報じられた。しかし、今回、世界が注視し、外国記者らまで招いて本体まで見せた。嘘をつくことのマイナスが大きいと判断したのだろう。

 

それに、これまでのように成功といっても、そのまま人民が信じる可能性は低い。中国からの口コミ、携帯電話を使ったうわさの速さと広がりは、三年前に比べようもない。むしろ、新しい指導者に対する信頼をさらに落とす大きな要因になりかねない。

 

「神格化」「権力世襲」の目玉

 

これほど「人工衛星」打ち上げの失敗が、世界中から歓迎された例はないだろう。北朝鮮の言う「光明星3号」を頭に付けた「銀河2」は、13日朝打ち上げられたが、上空100km当たりまで昇ったらしいが、そこで爆発した。

 

各国がミサイル打ち上げとみて中止するよう求めたが、北は耳を貸さなかった。北朝鮮にとっては、このミサイルは国内的には、金一族による権力世襲を完全にするための最大の目玉であり、金正日が掲げた「強盛大国」を祝う大花火になるはずだった。

 

また、米国に対しては米本土まで届く飛び道具を持つことで、核爆弾開発とあわせて、軍事的脅威を与えることができる。同時に交渉の場に引っ張り出し、カネやモノを得る最大の外交手段にもなるはずだった。もちろん、周辺国に対する恫喝外交の材料になるのは言うまでもない。

 

「一石何鳥」を狙ったミサイル

 

今回のミサイルは、一石一鳥どころではなく、一石何鳥にもなる内政外交の「切り札」になるはずだった。この宣伝効果を高めるため、わざわざ外国の専門家や報道人を招いて、発射場まで案内し、「人工衛星」を間近で取材させることまでした。よほど自信があったのだろう。

 

「光明星3号の打ち上げは、強盛国家建設を進めているわが軍隊と人民を力強く鼓舞する」(3・16朝鮮宇宙空間技術委員会の打ち上げ予告)はずだった。

 

得意の「速度戦」が裏目に

 

しかし、すべてが裏目に出てしまった。技術的なことはよくわからないが、失敗の原因は「速度戦」にあると思う。北の工場などでは、この言葉を大書したパネルを目にする。石炭の採掘で、百日で達成する量を50日で終えたなどの報道がよくある。

 

今回の百周年についても、4・15に間に合わすため、「速度戦」のオンパレード。万寿台地区の高層マンション建設やいくつかの公園造成でも完成予定日数を縮める競争が行われた。

 

ミサイル開発は秘密裏に進められているため、よくわからないが、おそらく、この日に間に合わせるために、無理を強いられたはずである。これまで、2006、09年に中長距離弾道ミサイル「テポドン」を発射したが、いずれも失敗している。それだけに技術陣へのプレッシャーは並大抵ではなかった。

 

経済制裁で資材、技術の輸入は厳しく

 

しかし、国連などの経済制裁によって、特に軍需関連物資や技術の輸入は厳しく制限されている。かつてイランやパキスタンなどとの「闇」の取り引き、技術提供があったが、これも監視が厳しく思うに任せない。日本からのハイテク部品、技術書、在日などの専門家もほとんど入らなくなっている。

 

北朝鮮は、核とミサイル開発には最優秀の人材を集めているだろうが、これでは、最先端の技術の集積であるミサイル・人工衛星の打ち上げは難しい。おそらく、技術者らは、打ち上げまでには時間的、技術的に無理とわかっていたはずだ。

 

「無理が通れば道理引っ込む」。「神ご一人」の指示に逆らうことは出来ない。金正日の「遺訓」であり、金正恩が「やれ」と言えば、待ったと言える人はいない。しかし、モノや技術は正直だ。無理は通らなかった。

 

しかも、外国メディアや専門家をわざわざ呼び集めた前で、大恥をかいてしまった。考えてみれば、もともと無理な計画を頭の中で考えて、要するに妄想によって、大祝祭の目玉にしたのが間違いだ。

 

「金正恩第一書記」の最初の仕事か

 

この失敗は北朝鮮にとって大事だ。おそらく、金正恩が最高職責である「第一書記」に就任してわずか3日、最初の大仕事が、ミサイルの発射指令だったはずだ。最初の権威誇示の機会が虚空に飛び散ってしまったのである。

 

繰り返すが、ミサイル発射は、先にもふれたように、金正日の「遺訓」によって行われ、「金日成朝鮮」の威力を内外に広く知らしめる大祝砲になるはずだった。まさに「金一族」がこの国に君臨している、三代世襲の形が整ったことを内外に鮮明にする大慶事になるはずだった。

 

「コメ140万t」分が空のゴミに

 

権力世襲がこれでなくなるわけではないが、新体制にとって大きな痛手であることは間違いない。金正恩は、これまでも「デノミ」や生産向上運動である「50日戦闘」「百日戦闘」などの指揮を執ったことにして実績を誇ろうとしたが、いずれも失敗している。もともと、業績にするのが無理なうえにツキもないようだ。

 

しかも、この打ち上げには8億5000万ドル(韓国政府推計)を費やした。コメ140万t(北のコメ収穫量の4分の1に相当する)を買える巨費が掛っている。これが、空のチリ、海中の藻屑として消えてしまった。人民にとっては、何とも恨めしい。

 

次は起死回生の「核実験」か

 

このあと、北朝鮮が起死回生、名誉挽回策として考えるのは「核実験」しかないだろう。金一族、特に新指導者の威光を示すに、他の方法はない。最近、これまで2回、核実験を行った北東部の咸鏡北道・豊渓里で、新たにトンネルを掘っていることが米国の商業衛星がとらえている。

 

核実験は地下で行われる。従って、かなりの振動が発生すれば、「大成功」と言い張れる。それに、過去2回の「テポドン」発射の1カ月半―三ヵ月後に核実験を行っている。

 

強面でしか、存在を誇示できない体制は厄介だ。

更新日:2022年6月24日