◎動員続きで「強盛」ならぬ「強制大国」

岡林弘志

(2012. 4. 3)

 

十分に食わせてくれないのに、なぜこんなに尽くさなければいけないのか―。北朝鮮の人々の悲鳴が聞こえてきそうだ。葬式に権力世襲、誕生日祝い……。昨年暮れから、北朝鮮は悲しいやら、めでたいやらの行事が目白押しだ。いずれも金一族の「神格化」のためだが、その度に動員され、カネまで巻き上げられる人々は、疲れきっている。

 

10日間で1人が最低10回弔意

 

「昨年12月の哀悼の10日間、延べ2億6000余万人の人民軍将兵と各階層の勤労者、青少年学生が総書記に弔意を表した」(3・24朝鮮中央通信)。金正日総書記が12・17に死去して、人民がいかに悲しんだかを強調した記事だ。

 

延べ2億6000万人と言えば、人口2300万人とすると、赤子も入れて少なくとも10回以上、つまり1日に1回以上、追悼集会に出て、銅像や肖像画に花束をささげたということだろう。しかも記録的な酷寒の中を。

 

余談だが、かつて「太陽」は金日成主席の尊称(誕生日は「太陽節」のように)として使われていたが、最近、北朝鮮のメディアは金正日の肖像画を「太陽像」と呼び始めた。「太陽のように明るい総書記の肖像画」(朝鮮中央通信)をいう。太陽が二つになったようだ。

 

誕生日も大々的に祝賀

 

続いて、2月14日は金正日の誕生日だ。服喪期間だから自粛するのかと思ったら、大違い。「光明星節」と名付け、「全人類の祝祭日」としてこれまでにない規模で祝った。

 

恒例の「金正日花」の展示会は過去最大規模で行われ、映画鑑賞会や写真展、集会、討論など、これでもかというほど様々な行事が繰り広げられた。当然、多くの人々が動員されたのは言うまでもない。

 

さらには、死去百日にあたる3月25日には、平壌をはじめ、各道など全国津々浦々で大規模の追悼大会が開かれた。人々は大会に参加するとともに、やはり各施設などに掲げられた「太陽像」に花を備えなければならない。

 

今年の本番はこれから

 

今年の本番は、4・15の金日成生誕百周年である。すでにこの日に備えて、道路や公園、各種の施設、大通りに沿った壁、柵などの整備が全国的に行われている。これらは、みんな住民や労働者の勤労奉仕だ。

 

このほか、万景台の高層マンション、平壌郊外の民俗公園、綾羅島のイルカショー公園……。百周年を記念しての建造物も突貫工事で行われ、当然数多くの学生や人々が動員された。

 

特にイルカショー公園には、海水を導入するため50km先の南浦から水路を引く工事も行われている。これにも、数えきれないほどの兵士や労働者が動員されている。

 

4・15前後に相次ぐ大行事

 

もちろん、誕生日前日は金日成広場で数十万人、あるいは百万人規模の大祝賀集会が催される。これに従って、全国各地で同様の集会がある。それだけではなく、11日には労働党代表者会で金正恩の総書記推戴、13日には最高人民会議で、国防委員会委員長への就任が予想されている。

 

金正恩は、最高実力者の資格である軍、労働党、国家行政の三つの最高職責を手に入れたことになり、その祝賀行事・集会も、当然行われる。さらに、この前後には、人工衛星と称する「光明星3号」の打ち上げもある。たとえ失敗しても、成功したとして、人民は祝わなければならない。

 

4月には、もう一つ、25日には人民軍創建80周年記念日がある。金正日の遺訓でもある「先軍政治」を継承したからには、これも大々的に祝わなければならない。

 

「街を飾るために各戸2万ウォン」

 

金日成生誕百周年は数年前から準備されていたが、予定外として金正日追悼が加わり、人民はおそらく息をつく間もないほど、動員に次ぐ動員が続いているに違いない。

 

提供を強いられるのは労力だけでない。カネも拠出させられているようだ。「全国的に街の装飾や芸術公演を行うために、各家庭から2万ウォンを徴収している」(3・23デイリーNK)

 

また、家の外装塗装などの費用として5千ウォンを集めた。各種行事の歌と踊りの行事に参加できない者は分担金をとられる。各戸ベランダに花の植木鉢8個を飾るよう指示された。などという情報もある。それに金日成の銅像などに備える花代もばかにならない。

 

記念行事に国家予算の3分の1

 

韓国政府は、生誕百年記念行事には20億ドル(1670億円)以上をつぎ込んでいると推計する。これにはいわゆる「人工衛星」関連の8億5千万ドルも含まれる。北朝鮮の昨年の国家予算は57億ドル、三分の一近くが使われることになる(3・20朝鮮日報)。

 

金一族の「神格化」のためには、なりふり構わず、すべてに優先して、他のことは眼中にないのだろう。しかし、「神格化」行事が何かを生産するわけではない。ひたすら消費するだけだ。

 

金正日は生前、2012年は政治・軍事・経済において「強盛大国」を実現する大目標を達成すると宣言したが、これだけ非生産部門にカネやヒト、モノをつぎ込めば、民生経済が立ち行かなくなるのは当然だ。

 

「強盛大国」は、すでに「強盛国家」「強盛繁栄」などと用語のうえでも後退しているが、特に経済部門の「大国」は、独裁体制のままで実現は不可能だ。ただ、労力やカネを強制的に拠出させられる「強制大国」はすでに実現している。

更新日:2022年6月24日