やはり「強面」から始まった

岡林弘志

(2012. 1.10)

 

「先軍政治」を継承した金正恩・最高司令官は、新年やはり「強面」で出てきた。最近の活動を紹介する特別番組が放映されたが、軍事面での指導の優秀さを誇示してやまない。しかし、新年共同社説が認めるように、食糧をはじめとする経済の混迷は相変わらずだ。ほかに新指導者の威光を示すことができないのだろうが、何ともきな臭い。

 

「本当に戦争を覚悟していた」

 

1月8日は、金正恩の29歳の誕生日だったはずだ。しかし、北朝鮮は、いまだに生年月日を公式に発表していない。そのためか、服喪のためか、北朝鮮メディアによると、この日、祝賀行事はなかった。

 

その代わり、朝鮮中央テレビは、正午から「白頭の先軍偉業を継承され」と題する記録映像を放映した。金正恩が2009年に後継者に内定してからの活動記録で50分間。その後も繰り返し、茶の間に送られた。

 

「敵が(わが方のミサイルを)迎撃すれば、本当に戦争をする覚悟をしていた」「そのための陸海空軍の指揮をとっていた」

2009年4月5日、北朝鮮が誘導ミサイル・テポドンを発射した際、金正日総書記とともに、管制指揮所を視察した金正恩の言葉だという。

 

テポドンは、日本上空を通過することになっており、当時の防衛相は落下に備えて迎撃指令を出していた。これに対して、北朝鮮は「迎撃するなら軍事報復をする」と警告していた。

 

記録映画の通りだとすると、この北朝鮮当局の警告は金正恩の指示に基づいてのことになる。北朝鮮はミサイルではなく人工衛星「光明星2号」と発表しており、対応するのに、直ちに「戦争」という最も強硬な手段に結び付けるというのは、何とも物騒だ。

 

この記録映像の5分の4は、軍関係が占めている。まずは灰色がかった白馬にまたがり、颯爽と走らせる金正恩の姿から始まる。この一族は白馬が好きなようだ。祖父、父親も同じような絵画、写真が残されている。

 

戦車や戦闘機の操縦席に

 

続いて、陸海空軍の軍事演習の現地指導が繰り返し紹介される。しかも、金正恩自身が戦車や戦闘機の操縦席に座り、機関銃を手にする場面が出てくる。演習の場面では、ミサイルや大砲を次々に発射するなど、やたらに威勢がいい。

 

終わりの方で、煕川発電所の工事現場、ビナロンなどの工場、果樹農場、平壌の遊園地などの現地指導の様子も出てきて、「金正恩同志がおられるので、祖国の未来は輝いています!」と、アナウンサーが絶叫して終わる。

 

この番組は、金正恩の後継者としての正統性、適格性を人民に知らしめるため、まず軍を完全に掌握、軍の最高指導者としていかに優れているかを誇示したのだろう。しかし、このきな臭い映像からは、好戦的性格の持ち主という印象の方が強い。

 

古今東西、指導者は統率力が不足あるいは未熟な場合、威勢のいいところを見せたがる性癖がある。対外的には軍事を含む強硬、挑発的な言動をとることがよくある。昨年暮れから、北朝鮮は日本と韓国に対する非難を繰り返しているが、早くもその現れか。

 

この記録映像には、金正日総書記も出てきて、金正恩を「天才的」「何の心配もない」などとほめたたえた言葉を引用している。金正日お墨付きの後継者であることを強調してやまない。

 

共同社説は、さながら追悼文

 

これに先立ち、元日には恒例の施政方針である新年共同社説が掲載された。

「偉大な金正日同志の遺訓を体し、2012年を強盛・繁栄の全盛期が開かれる誇るべき勝利の年として輝かそう」(「労働新聞」「朝鮮人民軍」「青年前衛」)

 

タイトルの通り、金正日がいかに偉大だったかをくどいほど繰り返し、遺訓である先軍政治を継承する決意を述べている。さながら追悼文だ。金日成生誕百年の今年は、経済大躍進を実現するため「強盛・復興」を目指すという。

 

率直な印象をいうと、言葉が踊り、肝心の施政方針については毎年のことであるが、今年も頑張れ、頑張れなどと精神論を繰り返し、肝心の経済の混迷からどう抜け出すのか、具体的な施策は見えない。むしろ行間からは好転しない食糧問題の厳しい現状が浮かび上がってくる。

 

「金正日」は52回登場

 

「偉大な金正日同志は、チュチェの革命偉業を百戦百勝の道に導いてきた傑出した思想家・理論家、希世の政治元老、不世出の先軍導師……不世出の愛国者、人民の慈父であった」

 

社説の三分の一は金正日礼賛だ。暇にまかせて、数えてみたら、「金正日」の名前は52回も出てくる。北朝鮮で考えられうる限りの表現を使い、あがめたてまつる。ちなみに「金日成」は21回。「金正恩」は16回だ。

 

横道にそれるが、社説の筆者は「不世出」という表現が好きなようで、金正日の修飾語として何回か使っている。「めったに表れない」ということだ。そうなると父親は、国や人民を愛する点で「不世出」ではなかったのか。

 

また、金正日との「永訣」は、「5000年の民族史において最大の損失」「最大の悲しみ」というが、それでは金日成死去時は「最大」ではなかったということになる。金正日を持ち上げるあまり筆が滑ったか。言葉が踊っている。

 

金正恩=金正日、遺訓統治を強調

 

続いて社説が強調するのは、「遺訓統治」だ。金正日の「遺訓」は「われわれが永遠に堅持すべき生命線、革命の万代の財産」であるからして、「寸分の狂い、一歩の譲歩もなく無条件貫徹」すべきものだ。

 

「遺訓」は、社説の中に10回ほど出てくる。若い後継者とあって、実績がないため、「遺訓」を強調せざるを得なかったのだろう。なお、金日成死去の翌年の共同社説(1995)では、「遺訓」は4回だったという。

 

そして、「敬愛する金正恩同志はすなわち偉大な金正日同志である」。父子は一心同体、従って「全党、全軍、全人民」は、金正恩を「決死擁護」し、「無条件に従う」と、あっという間に、絶対服従を強いられることになってしまっている。

 

「強盛大国」はかなり先の目標?

 

そして、金正日の業績の部分を見ると。

「わが党と軍隊の威力、国力が最高の境地に達し、5000年の歴史にかつてなかった民族繁栄の全盛期が開かれた」

 

その施策の最大目標が「強盛大国」だった。昨年の社説は「2012年に強盛大国の大門を開く」と明言していた。ところが、今年は「強盛大国」という用語が5回ほど出てくる(昨年は20回)が、「全面的に建設する新たな高い段階に」と、何やら歯切れが悪い。

 

昨年春から「強盛国家」を多用してきたが、今回はタイトルにも出てくるように「強盛・繁栄」という用語が多く使われているが、より漠然としている。「強盛大国」はかなり先の目標にされたようだ。

 

 

「人民の食は焦眉の問題」

 

「民族繁栄の全盛期」を開いたと言いながら、一方では「人民の食の問題、食糧問題を解決することは、強盛国家建設の焦眉の問題」と強調している。ということは、「強盛」の大きな柱である「食の問題」は金正日の治世において、解決されなかったことを認めている。

 

しかも「焦眉」というからには、食糧不足は眉が焦げるほど差し迫っているのだ。国民を食わせるのは、国家運営の基本の基本である。過去2年「人民生活向上」を施政方針の最大の柱に据えていたのにうまくいかなかった。

 

「人民のために献身を」

 

そこで、今年は「労働党幹部の革命性は食糧問題を解決することで検証される」とハッパをかけ、重ねて「人民のために良いことをしよう!」「人民の便宜を最優先視、絶対視し、人民のために献身する」よう呼びかけている。

 

同時に、人民軍に対しても「人民の幸せを実現するために献身する」よう求めている。そのまま解釈すると、これまで人民のために献身してこなかった、人民を無視してきたことの反省とも読み取れる。

 

いずれにしても、それほど「食の問題」に対する人民の不満が強く、このままでは独裁体制維持に支障をきたすという、危機感は持っているようだ。しかし、先軍政治と民生経済の建て直しは二律背反、不可能だ。

 

忠誠競争と路線をめぐる確執は

 

このところ、北のメディアは、各道や職場での金正恩への忠誠を誓う大会を大々的に報じている。同時に、金正恩の「親筆」についても繰り返し報道している。労働新聞には一面に11通もの親筆が羅列して掲載された(1・3)。

 

「親筆」は、各地の労働者や軍部隊が、やはり忠誠を誓って送ってきた手紙に金正恩がサインして送り返すというものだ。金正日もよくやったが、韓国の専門家によると、そのサインまでもが父親の筆跡にそっくりだ。

 

あの手この手を使って、後継体制強化を図っている。8日の記録映像では、金正恩がしきりに周囲に指示する場面も出てくる。しかし、国家運営という大局に立った指導力についての経験不足は明らかだ。

 

となると、側近による事実上の集団指導体制にならざるを得ない。同時に、先軍政治を継承せざるを得ないが、それでは破産国家への道を進まざるを得ない。国家立て直しには改革・開放しかない。北朝鮮が直面する最大のジレンマである。

 

忠誠競争に路線転換にまつわる争いが重なれば、側近間の確執、主導権争いは必至だ。今年の北朝鮮の注目点だ。29歳になったはずの指導者の試練が待っている。

1月3日付け、労働新聞は1面に金正恩の「親筆」を一挙掲載した

更新日:2022年6月24日