安倍政権の日朝接触をどう見るか

対談 洪熒・佐藤勝巳

(2013.5.24) 

 

北ロビイスト

 

佐藤 ホンさんは、この度の飯島勲内閣参与の訪朝をどう見ますか。朴槿恵政権は、不愉快を隠していませんが、明らかに安倍政権が直接ピョンヤンと接触したことに衝撃を受けている雰囲気です。保守的韓国人の立場から、忌憚のない意見を聞かせて下さい。

 

 詳しい事実関係は知りませんが、芝居を見ているように面白いですね。それは、日本側がどうも飯島氏の派遣を静かに事務的に推進したかったのに対して、平壌側は、日本が首相の「特使」を送ってきたと発表し、金永南(序列2位) を出してきたことです。彼はまったく案山子(かかし)のようなお飾り的存在なのに、恰も高位級の接触でもあるかのように演出したのですから。

 

 安倍総理の特使を選択した基準は分かりませんが、外交・安保的次元からというよりはどうも政局対策用として平壌側と接触を図ったのかなという印象すら受けます。つまり政局への思惑がきっかけだったのでは? という印象です。

 

 飯島参与と聞いた時、以前から噂されてきた朝総聯の許宗万議長との密着説が思い出されますね。飯島氏には久しぶりに存在感を誇示できる機会だったかも知れませんが、果たして朝総連側の思惑は何だったのでしょうか。朝総連の本部の建物なのか。

 

佐藤 1990年中ごろ自民党渡辺智雄氏が団長で訪朝したとき、北のロビイストと言うべき人物が、加藤紘一事務所の名刺を持って団に加わって、国会で問題になりました。交渉相手のロビイストを使う感覚は似ていますね。北の工作のやり方を知らない弱点です。飯島氏の訪朝は北が仕掛けたものであり、飯島氏と総聯の関係は、氏が小泉総理の秘書をしているときからです。飯島氏が「許宗満議長と親しいのは永田町では知られた話」(AERA5月27日付け)です。それにしても自民党の体質はかわっていませんね。深刻です。特に、表には出ていない既得権や利権と関連が絡んでいるのだとするならば、さらに深刻です。

 

 実は、共産独裁や全体主義体制、特に平壌側の思考と行動を予測、判断できる資料は山ほどあります。また、今までそういう客観的データを無視したため味わった苦い経験・失敗も多い筈です。にもかかわらず、そういう教訓がまた無視されたという印象です。

 

 こと金氏王朝との接触の時は、まず向こうの宣伝戦に利用されるのを警戒すべきなのに、一方的な思い込みで平壌側に接触したという感じがします。東京では「独自の外交」と説明されていますが、こういうのを「独自」などと言えるのでしょうか。

 

 平壌側報道ばかりが流されますから、北韓住民はもちろん、事情を知らない外国人は、北に対する制裁を強調してきた日本が方針を変えて平壌との接触に出たか、なにか裏取引があって飯島氏が北に謝罪に行ったとも受け取られかねません。

 

拉致した国に頭を下げる飯島氏

 

佐藤 北は、飯島氏と北の要人との会談の様子を一方的に、大々的に流しましたが、会談の中身は公開せず、飯島氏が頭を下げているようなところばかりを公開しています。第一握手をして、頭をぺこぺこ下げる必要がなぜあるのか。飯島氏に日本人を拉致した連中、つまり“敵”に会っているという意識や怒りがあったなら、もっと毅然とした態度になっていたはずです。しかし、飯島氏が噂されているように朝総聯ロビイストなら、当然怒りなどないはずです。

 

 加藤紘一氏も北のロビイストをつかい、安倍総理も北のロビイストを使っています。自民党の体質は同じです。どうしてこんなことになるのか。自民党の体質を検証する必要があります。失望ですね。

 

利益のためには誰とも手を結ぶ

 

 平壌が2ヶ月前に破棄を宣言した韓国戦争の停戦協定(1953年)以降の北側の行動様式を見ると、彼らの戦略戦術の基本は、例えばソ・中の間では「モスクワが駄目なら北京があるさ、北京が駄目ならモスクワがある」という極めて古典的で単純なものでした。

 

 もちろん、韓・日・米に対しても同様の戦術を駆使してきました。それが日・韓、日・米、韓・米などに応用適用された例は周知のことです。北側のそういう初歩的工作は戦術的には結構効果的だった例も少なくありません。対北制裁を崩すのによく利用した手口でもあります。

 

 ですから北京側は、北が状況によっては、甚だしくはアメリカにもつくし、日本とも手を結ぶ可能性があると警戒しているはずです。金氏王朝存続のためなら誰とでも手を結ぶのを当然と思うのが北です。

 

 一方、今度日本が取った行動は北に利する側面があるのを指摘せざるを得ません。すごく単純化すると、国連の対北制裁網を日本までもが破綻させようとしている格好です。中国が黙って制裁のレベルを上げているのとは対照的です。

 

佐藤 私の目から見ていると、朴槿恵大統領も似ています。ここにきて親中はないでしょう。長い歴史の中で、いや60年前の韓国戦争でも中国共産党にどれだけ辱めを受けて来たのか。そもそも全体主義や共産独裁体制の本質が分かる常識人なら、それはない筈です。

 

 もしかして、反日をやって中国に迎合するつもりか、私の目にはそう映っています。そこに安倍内閣が、いきなりピョンヤン中枢と直で話を始めたという構図です。不快感を示したら、北の対南窓口祖国平和統一委員会に「われわれが誰と話そうとあれこれ言われる筋合いではない」と一蹴されて、メンツをつぶされました。

 

勘違いしてはならない

 

 ピョンヤンが飯島氏を大歓迎したのは、さっき指摘があった「北京が駄目なら東京があるさ」という中国に対するデモンストレーションです。首相は、参議院の決算委員会(5月 20日)で、対北圧力政策が成功したから、飯島氏が異例の待遇を受けたという趣旨の発言をしていますが、この評価は正しくありません。日本が北に制裁を科したのは安倍氏が官房長官のとき、小泉政権末期の7年前からです。この7年間、拉致は進展しなかったことは周知の事実です。中国が北を支援して来たからです。ここにきて動きが出て来たのは、朝中の矛盾で中国が北に金融制裁を科し、ピンチに立たされた北が、日本を騙すために飯島氏を過分に歓迎したにしかすぎません。これが真相です。かつて日本社会党や自民党を騙したときと同じです。歴史から何も学んでいません。この程度の北朝鮮認識では交渉などしない方がましです。必ず足を掬われます。

 

従属からの離脱

 

 ピョンヤンが飯島氏を大歓迎したのは、さっき指摘があったように「北京が駄目なら東京があるさ」という中国に対するデモンストレーションの側面もあったでしょう。われわれ保守からすれば、中国を頼りにする親中は卑怯な他力本願です。歴史的教訓から海洋文明勢力との同盟を望ましく思っています。当然、日本と同盟すべきだと主張してきました。

 

 セヌリ党の鄭夢準元代表は、5月16日最高重鎮聯席会議で、朴槿恵大統領の訪米に関連して「北核問題を米国が適宜解決してくれると考えるならあまりにも恥ずかしいことだ」「北核問題は、われわれが当事者であり、われわれが解決するしかない。北を除去するためなら、われわれは何事でもやれるという心構えをもたなければならない」と党の雰囲気や姿勢を叱咤しました。

 

ナンセンスな6者協議

 

佐藤 今の時代をどう見るのかですが、現象的には北の核保有で、世界の枠組みが今変わりつつあると思います。いわゆるG2と言われるようになった中国の膨張、覇権的姿勢を許すべきではないという声の胎動。アメリカは中国の圧力にさらされている国々、特に同盟国らを本当に助けるのか、という不信感が支配し始めました。

 

 安倍晋三首相の変化も世論の反映です。第一次安倍内閣のときは、拉致の解決を外国の首脳に次々と頼んでいました。最近は、拉致は日本のことであるから、独自に動くことがあり得る、と参議院決算委員会(5月20日)で自主性を強調していました。

 

 “自主”を謳っている点で鄭夢準議員と似ていませんか。言葉を変えれば、従来の枠組みの流動化です。私は、安倍氏のスタンスは遅きに失したと思っていますが、評価できます。

 

 話が出たからお尋ねしますが、自民党政権は「価値観外交」を盛んに強調し、日米同盟の緊密化を謳いながら、一方ではアメリカへの疑いが度々現れる。具体的に言えば、アメリカなど国際的共助を言いながら、肝心なとき同盟国に距離を置く。疑心暗鬼に見えるのは、詰まるところ、自らの「価値観」、例えば尖閣に中国が上陸して来たら独力で排除するという覚悟があるということなのか、それとも自信のなさでしょうか。

 

 北側に対しても核、ミサイル、拉致の3点セット同時解決と言ってきました。そして「対話と圧力」を通じて実現すると言ってきましたが、「対話と圧力による解決」と「価値観外交」の関連性はどのように説明されますか。

 

安保か人権か

 

佐藤 価値観の中身に対する議論はさて置き、関連性などつめて考えていないと思います。安保面で米国や中国の手を離れて行動するということは、当然なこととして韓国・日本には自己責任は避けられません。

 

 ところが、ここで日・韓の間に大きな差が生じています。例えば、朴槿恵大統領とオバマ大統領の共同声明を見ると6者協議(の再開)に触れています。これは欺瞞であり冗談ではありません。安倍内閣は正しいことですが6者協議に全く触れていません。

 

 従来の核、ミサイル、拉致の3点セットは6者協議の枠組みの中で生まれて来たものです。そこから離れて、内容の可否は別にして「日朝平壌宣言」の2国家で拉致や核ミサイルを処理するという意味が込められている、と思います。大きな方針の転換です。しかし詐欺師集団相手の2国間交渉は前述のように不安です。安倍氏はナイーブすぎる。

 

 価値観のことを拉致問題に適用してみると、これまで拉致救出を支えてきた救う会、家族会に意見の相違が顕在化しました。日本社会も当然意見が分かれます。拉致一つで北と交渉、カネを払っても年取った家族を安心させろ、と言う人権尊重派の意見です。もう一つは、北にカネをやったら、核ミサイルに使う。緊張が高まり、アジアに核ミサイルが拡散、大変なことになる、と言う安保重視派の意見です。

 

 救う会、家族会は、飯島訪朝でコメントを出すことが出来ませんでした。世論も間違いなく二つに割れます「対話と圧力」は両方の顔をたてる妥協の産物という側面を持っています。安倍内閣内においても意思統一は出来ていないと思います。また、日朝交渉の入れ口で拉致被害者を取り返すと言うのが従来の政府方針です。どうして交渉するのでしょう。勿論あらゆる意味で私は安保を重視します。そうでなければ、拉致は解決しません。

 

金正恩を倒すことが先決

 

 今韓国社会も深刻に分裂しています。分裂の原因提供者の一人が大統領です。朴槿恵大統領は訪米の時も「韓半島信頼プロセス」を強調しましたが、こんな無頓着な話はない。信頼とは目指す目標や価値、そして出来ればその過程・方法まで合意できてこそ可能なことです。そういう前提が存在しない信頼プロセスとは、土台の無い建築物のようなものです。風が吹いたら吹き飛んでしまいます。

 

 全体主義の暴圧体制と自由民主主義の間で信頼関係が可能だと思う人々はまともな考え方の持ち主と言えません。朴大統領はポピュリズムばかりを気にして、大統領としての責務、時代的要請を自覚していないようです。

 

 韓国大統領の第一の責務は、北韓解放を命令している憲法を忠実に実行することです。金正恩政権、金氏王朝を除去すると、あらゆる矛盾・葛藤は解決されます。日本の当面している「人権か安保か」も容易に解決します。躊躇する必要はまったくありません。韓国右派の中でもアメリカともっと協力すべきだという考えと、独自の抑止力保持に主張が分かれますが、石にかじりついても自前が勝利するとわれわれは考えています。

 

佐藤 日本、韓国に即して言うなら、国家の安全、拉致の救出を他国に依存するなどナンセンスな話です。ようやく本来の姿にもどりつつある良い傾向です。ところで金日成は、機会あるたびに「核開発する意思も能力もない」と言ってきました。意思のないものが、核保有をした。要するに世界を欺いたのです。金正日は、拉致は「韓国情報部のでっち上げと」と口にしてきました。しかし、保身のため金正日自身が拉致を認めました。うそを言って来たのです。彼らにとって政治目的実現のためのうそは「革命行為」なのですから、平気でうそをつきます。目的達成のためには「核で火の海にするぞ」と脅しながら、カネをくれと手を出す。そういう権力は消えてもらう以外ないのです。金正恩体制打倒のために日、米、韓、中の連帯が必要です。拉致の解決はその次です。

更新日:2022年6月24日