朴槿恵氏が勝利はしたが…

対談 洪熒・佐藤勝巳

(2012.12.26)

 

中高年層の危機感

 

佐藤 韓国大統領選挙で朴槿恵氏が当選されました。おめでとうございます。大統領が投票総数の過半数以上の票で当選したのは、41年ぶりでした。申し分のない勝利だったと評価したいです。洪さんは、19日の投票1日前にソウルに行き、開票の模様を現地で取材してから21日に日本に帰って来たわけですが、朴槿恵氏当選の要因を一言で言うと何でしたか。

 

 韓国の右派や常識人(大人)たちが、文在寅を当選させたら、韓国が平壌の金氏王朝に乗っ取られるという危機感に駆られたことです。それを裏付けているのが50代の投票率90%、60代の投票率80%です。韓国では一般に若い人たちが投票に行くと左派が有利になると言われていましたが、ふたを開けてみたら、投票率のアップは中高年層がもっとも多く投票場に足を運んだからでした。それほど中高年層が危機感を抱いたということです。

 

 今一つ、外からは全く見えなかったことですが、愛国右派がインターネットなどを使って、従北勢力(北に従う左翼)との文化戦争で負けなかったことです。朴正煕時代の抵抗詩人として有名な金芝河氏など文化人や市民活動家たちが、北との連邦制を主張する「6.15反逆宣言」支持派に対して、「結局お前たちは、北の野蛮な独裁を擁護しているだけではないか」と徹底的に戦ったことです。これは30年近く文化界を支配してきた左派陣営に大きなダメージを与えました。

 

佐藤 韓国の今回の世代戦争は凄まじいものでしたね。どうして中高年層が危機感を募らせたのですか。

 

従北勢力阻止のため朴槿恵に投票

 

 いろいろとあるでしょうが、非常識な人間に支配されることへの恐怖感、拒否感ですね。そして当初、両陣営ともにばらまきの福祉公約を掲げて競争していたところへ、南北対峙の安保問題がクローズアップされたことがきっかけで流れが大きく変わったのです。それは本欄12月10日におこなった対談「 韓国の命運を決する大統領選挙の行方」でも紹介しましたが、前大統領盧武鉉が金正日との会談で、NLL(海上北方限界線)を放棄すると約束していたことが、現職国会議員によって暴露されたことです。しかし資料は未公開なため、ジャーナリスト趙甲済氏が当時関わった人たちに綿密な取材をして、この「逆賊謀議のシナリオ」を書いたのが文在寅大統領候補であったことを雑誌と単行本で暴露したのです。

 

 愛国右派の多くは、朴槿恵氏(の路線や政策)を支持したのではありません。誤解のないように強調しますが、盧武鉉残党らの復帰、つまり従北政権の出現を阻止するため、朴槿恵氏を当選させたのです。5年前私が「現代コリア」に寄稿したとき嘆いたように、愛国保守にとって、韓国の第6共和国の大統領選挙の悲劇は、いつも「次悪」(一番悪い人間より次に悪い人間)の選択を強いられたことです。

 

佐藤 私が韓国で深刻だと思っているのは、盧武鉉大統領が西海上の境界線を金正日に進んで放棄すると発言していることです。そんな人物を見抜けず大統領に選出したことです。そのシナリオを書いたのが文在寅であると暴露されているにもかかわらず、一歩間違うと文候補が大統領に当選しかねない票を集めていることです。一難が去っただけですね。

 

 盧武鉉・金正日会談の対話録はもはや秘密として保護してはならない大逆罪の証拠なのに、そのコピーを持っている政府当局やセヌリ党の幹部は、大統領選挙中も、選挙が終わってもまだ公表する気がないようです。この逆賊証拠を言論の使命として報道すべきメディアらも従北勢力を恐れて、新聞に報道するのを拒否したと言われています。

 

佐藤 言論人である前に人間として軽蔑せざるを得ません。そういう者がメディアを経営しているのは怖いですね。これから、従北勢力が平壌としめし合わせて朴槿恵政権の揺さぶりに出たとき、そういうメディアはまた従北の肩を持つのではないでしょうか。

 

善と悪が和解できるはずがない

 

 民主主義の共同体を護るより、汚い弱点の多い一身の安全を護るため、北とその手先と取引する連中(報道など)はいつの時代にもおり、珍しいものではありません。朴槿恵政権が法治を確立し、違反行為を断罪しないと、ご指摘のように、北と従北勢力は、李明博政権誕生直後の「狂牛病」騒ぎの暴力的ロウソク示威や、哨戒艦撃沈、延坪島砲撃のような攻勢に必ず出てきます。

 

 なのに、朴槿恵陣営は反逆勢力の反撃への備えどころか、逆に「国民統合、国民の暮らしや幸せ(ばらまきの福祉)優先、北との信頼回復」などの約束を守るとピンとはずれ、ナンセンスなことを繰り返し口にしています。朴槿恵氏が、左・右合作の「社会統合委員会」を作って失敗した李明博の二の舞にならないよう願っています。

 

 韓国社会の葛藤の源は「理念の戦い」にあるということです。その元凶は、平壌の金氏王朝や韓国内のその家臣らです。善と悪が和解できるというのは観念論の遊戯でもあり得ないことで、そう思う頭脳の構造を疑わざるを得ません。朴槿恵政権が広く人材を集めて保守の価値を追求するように、北の住民を解放する道へ進むように、発足からボタンの掛け違いにならないように、保守の戦いに休みはありません。

 

 まずは、朴槿恵大統領が統一大統領になれるよう最大限支援しますが、もし、大統領が(北を解放せよという)憲法の命令や保守の価値を裏切る場合は批判、牽制せざるを得ません。

 

文候補の落選、北にダメージ

 

佐藤 上述の12月10日の対談でも触れましたが、北は、文在寅を当選させて金大中、盧武鉉と同じように援助させることで金正恩体制を延命させようと考えていました。ところが、文在寅の落選で思惑がはずれ、狼狽していることは間違いありません。文の落選が北内部の権力闘争に影響を与えます。また、韓国の民主統合党など従北派は、文在寅が僅差で勝てると読んでいたから、ショックは尋常ではないはずです。選挙で負けた政党は万国共通、内紛は避けられません。必ず紛糾が起こると思います。

 

日韓の緊急課題の検討

 

 平壌、中国、日本、韓国、アメリカ(再選)と指導者が変わりました。東アジアの諸悪の根源は北の独裁体制と中華共産帝国主義です。韓、日、米の間にいろいろ矛盾はありますが、自由民主主義を否定する共通の敵は、共産中国と北です。韓国は、今回の大統領選挙で、ユーラシア大陸にかろうじて健康な自由民主主義の橋頭堡が維持されたという感じです。日本は総選挙で自公政権に替りましたが、韓日関係をどう構築するのか、「二つの敵」と戦う上で緊急な課題だと思います。

 

佐藤 年が明けたら、どうしたら日韓の不安定な関係から脱却できるのか、2人で検討してみたいと思っています。読者のみなさん、今年もお世話になりました。よいお年をお迎え下さい。

更新日:2022年6月24日