韓国の命運を決する大統領選挙の行方

対談 洪熒・佐藤勝巳

(2012.12.10)

 

佐藤 選挙は、民主的政治制度が正常に機能しているかどうかが分かるのと同時に、その社会の政治的健康度を測ることが出来る機会でもあります。ホンさんは、今回の韓国大統領選挙はこれまで目まぐるしい変化を見ているだけで疲れる、と言っていましたが、投票まであと2週間を切りました。登録候補7人の内、女性が4人いるのには驚きましたが、事実上、朴槿恵(与党・セヌリ党)と文在寅(野党・民主統合党)の一騎打ちに決まりましたね。

 

 多分、韓国の第6共和国の最後の大統領になるのではないか、と思われる今回の選挙に関して、まず、候補を辞退(11月23日)した後も迷走を続けている安哲秀氏なる人物について話を聞かせて下さい。どんな人なのでしょうか。

 

安哲秀氏なる人物

 

 安哲秀氏は一言で言えば作られた英雄です。大学の教授ですから、政治のことは全くの素人です。昨年(8月)のソウル市の住民投票から表面化した、政党政治への不信が拡大した社会的雰囲気に乗って、新しいタイプの「指導者」として持ち上げられ登場しました。安氏は、ハンナラ党(セヌリ党)への敵意を露(あらわ)にすることから政治への関心を表明したのですが、やがて「政権交替でなく政治を変える」というスローガンを掲げたことで、既成政党に絶望感を感じている多くの有権者、特に若者の心を掴んだのです。

 

 就職難にあえぐ若い人たちには、韓国の政治や社会に対して強い不満を持っていますから、安氏の提言は実現性がなかった訳ではありません。しかし、安氏にはそれを実現する戦略(想像力)と実行力が決定的に欠けていました。そもそも安氏の「格好良さ」は、左派やメディアによって作られたイメージですから、彼の偽善性や人間的未熟さなどが、ばれるのは時間の問題でした。

 

 安氏の挫折は、「政治を変える」と言いながら、実際には反朴槿恵・反セヌリ党を優先するあまり改革の対象である筈の野党との連帯に走ったことです。この初歩的な判断の誤りと、もう一つは、安氏が野心を実現するために寄せ集めたチームの中核は、盧武鉉系でした。安氏は第1野党を乗っ取れると計算したのですが、野党(文在寅)側にとっての安哲秀は、あくまでも文在寅候補が当選するための興行、見世物(利用物)でしかなかったのです。

 

 つまり、両者は最初から利用しようと考えていたのですから、「美しい一本化」などは詐欺だったのです。結局、大衆的人気ばかりを頼りにした安氏が、組織や謀略で歴戦の闘争力を誇る盧武鉉勢力に屈服したということです。仮に安哲秀に一本化されても、安は案山子(かかし)に過ぎない存在になったはずです。安哲秀氏は候補を辞退(11月23日)した後、文在寅候補と距離を置きましたが、最終的には文候補の選挙を全面支援すると宣言(12月6日)しています。

 

 安氏の迷走は彼の性格が最大原因ですが、彼の脆さや人間的未熟さを衝いて圧迫を加えたのは民主統合党や文在寅だけでなく、当初から「2013年体制」を作ると言っていた、いわゆる「一本化」を策動したのは韓国内の「従北勢力の司令塔」です。平壌の対南工作機関と気脈を合わせてきた従北左翼の諸団体の統一行動を指導する協議体である自称「元老会議」が、大きな役割を果たしたのです。

 

文在寅候補の正体

 

佐藤 文候補は、民主統合党の規約に基づき選ばれた大統領候補ですよね。第1野党候補が党外の未知数の人物と一本化や、選挙運動の支援を必死でお願いするなど考えられないことです。この辺は日本と決定的に違いますね。朴槿恵候補は、北の独裁勢力とその支持者たちと闘っているという自覚を持ってもらいたいと強く希望します。 

 

 従北左派で固めた民主統合党や盧武鉉の後継を自任する骨の髄まで連邦制主義者の文在寅候補は、前述のように安哲秀を使って票を集めるという戦略だったのです。従北の動きを注視してきた専門家なら、すでに1年前から盧武鉉勢力は文在寅を本命に決めていた、と指摘していました。民主統合党内の盧武鉉系は、その方針に沿って、今春の総選挙で党内の右派(穏健金大中派など)を1人も公認せず排除して、党の実権を掌握しました。その頃から盧武鉉残党は、安哲秀を如何に利用するかを考えていました。

 

 多くの有権者にとって、文氏は盧武鉉の秘書室長であるとともに有能な弁護士というイメージを持っていました。ところが、ここ数ヵ月間で今まで隠されてきた彼の恐ろしい正体がはっきりして来ました。映画スターウォーズをご覧になった人々には「シースの復讐」と言えばピンとくるかと思います。映画の中の悪魔のシースのように、文在寅こそ正体を隠して盧武鉉を操った張本人だったのです。それが多くの有権者に分かってきたのです。

 

頼りない朴槿恵候補に不安

 

佐藤 ところで朴槿恵候補が、左翼の朴正煕攻撃に屈して父親の政治業績を否定した、ことを趙甲済氏のコラム(本欄10月5日付など参照)で知ったとき、気は確かか、とびっくりすると同時に、これは人間としても駄目だとだと思いました。左派との政策の違いを明確化しなければならないのに、安哲秀と文在寅の一本化の動きばかりに気を取られ、11月上旬になって、ようやく北に対する安保面での左派との政策の違いを表明しました。あまりの頼りなさに、率直に言って、これが韓国の右派と言えるのか、という不安を消すことが出来ませんでした。

 

 平壌側と激しく対峙してきた韓国の大統領選挙は、安保と内政(経済など)の両方が公約の柱になって当然です。4月の総選挙で野党の従北体質が暴露されました。彼らは、自らの従北性を隠蔽するために、大統領選挙では、専らばらまきを中心に何でも無料(ただ)の福祉を全面に出して来たのです。それなのに、朴槿恵氏と日和見のセヌリ党は、福祉競争や「経済民主化」という社会主義路線を強調したため、保守の有権者層が朴槿恵氏から離れる事態が起きました。

 

 しかし、先ほど佐藤先生のご指摘の通り、今回の選挙は第6共和国の最後の大統領を選ぶ選挙です。つまり、次の第7共和国が目指す方向を決めるものです。そうなると、これから北韓解放・自由民主主義建国革命(李承晩・朴正煕路線)の完結を追求するか、偏狭な左傾民族主義や社会主義福祉(金大中・盧武鉉路線)を追求するのかを国民は選択せざるを得なくなります。

 

 結果、多くの有権者が歯止めのない全面的福祉拡大の問題を認識し始めました。左派の煽動から目覚め始めたのです。

 

佐藤 朴候補(セヌリ党)と文候補(民主統合党)は共に、いわゆる「6.15宣言(2000年、金大中・金正日)」と「10.4宣言(2007年、盧武鉉・金正日)」尊重を表明し、対北政策の差がないように見えました。だが、朴槿恵候補が11月上旬、左翼の従北を攻撃する方に旋回しましたが、これはどういう経過があったのですか。

 

「逆賊謀議」が露見

 

 今度の大統領選挙は、韓国の選挙であると同時に平壌の金氏王朝との選挙(戦い)です。つまり、平壌は韓国で従北勢力が勝つことで、生き残りへの期待が生まれるわけです。平壌側は、歴代のどの選挙よりも今度の韓国大統領選挙への介入に躍起になっています。

 

 焦りのせいでしょう、北の「国防委員会」の政策局代弁人が9月29日、金正日と廬武鉉の(10.4)宣言は、西海のNLL(海上北方限界線)は幽霊線であり、存在しないことを認めたものだと主張したのです。この北側の主張と関連して李明博大統領の統一秘書官出身の鄭文憲議員が国会質問で、自分が読んだことのある「盧武鉉と金正日間の会談録」の存在と盧武鉉大統領の反逆的言動を暴露しました。

 

 「盧武鉉・金正日会談録」は、盧武鉉前大統領が退任時に、30年間公開しないように封印してしまった多くの文書のなかの一つです。それで「10.4宣言」と関連して反逆行為があったのかを確認するため「盧武鉉・金正日会談録」を公開すべきだという国民的要求があるのに、野党の決死の反対を恐れる李明博大統領は公開を決断していません。

 

 ただ、その文書が国家情報院にも保管されていることが分かったので、有名なジャーナリストの趙甲済氏がその文書を読んだ人々を取材して、核心的な反逆内容を公開(11月17日)したことで、選挙のイシューが一変しました。趙甲済氏は、NLLなど安保問題と関連して金大中政権と盧武鉉政権の10年間でどういう反逆的動きがあったのか、を簡潔に要点整理して『逆賊謀議』という書名の単行本を緊急出版しました。金大中と盧武鉉が封印した大統領たちの反逆犯罪が、明らかになったのです。

 

 この『逆賊謀議』はソウルでベストセラーになっています。韓国語のできる人なら統一日報社(東京所在、03-3403-0431)に注文できます。

 

装甲車に護衛される金正恩

 

佐藤 洪さんの愛国保守という政治的立場から見ると相当好ましくない状況だと思いますが、韓国の左翼は、程度の差はありますが、朝鮮労働党の影響を受けています。ところで、金正日の妹金敬姫の体調不良が伝えられています。もしものことがあれば、北の権力上層部のバランスは、一瞬にして崩れてしまいます。

 

 平壌の張成沢をはじめとする摂政たちが、金正日の死後1年で、金正日が金正恩の保護者として残した将軍たちを例外なく消しました。凄まじい粛清です。張成沢派と軍の力が拮抗しているのは間違いないと思います。軍への食糧供給も止まったと言われますが、腹が減った軍隊がどう反応するのか。韓国の朝鮮日報は、北朝鮮の内部事情に明るい消息筋の話として、「金正恩氏、官邸などに装甲車100台配備」(12月6日)と報道しています。事実なら、そうしなければならない不穏な事態が北の軍内部に起きているということです。これは金日成・金正日時代耳にしたことのない大変な事態です。

 

 北に政治的急変事態が起きれば、韓国の民主統合党など左翼政党や文在寅候補をはじめ、在野の従北勢力に深刻な打撃を受けます。北は6者協議参加国すべてが政権交替を迎える時期を狙って、また弾道ミサイル実験を発表しました。日本は外務省の局長級会談を中止しましたし、アメリカは、2005年のバンコ・デルタ・アジアに加えた金融制裁よりはるかに厳しい制裁準備に入っています。北の政権は大変な緊張に直面しています。

 

朴候補が頼りないから右派が大結集した

 

 北に異変が起きれば、誰がその状況を管理できるのかが焦点になります。文在寅候補は、自分が当選すれば「南北連邦制と経済連合」をやると約束しています。要するに、平壌の金氏王朝が崩壊しないように韓国が支えると言っているのです。南北連邦制こそが「韓国の急変事態」を意味します。

 

 実は、大統領選の終盤で、韓国ではすごいことが起きています。正直に言って、朴槿恵候補が頼りないと思う保守が、文在寅の当選、そしてその後の南北連邦制を阻止するために大結集したのです。ソウルオリンピックが開催された1988年の第6共和国発足以来、はじめて保守右派陣営が大同団結したのです。

 

 そして、今まで少数派と見られた韓国社会の知性・良識派が、国民に分裂と憎悪を煽る従北反逆勢力やその操り人形になった安哲秀勢力に対して全面反撃に出ました。抵抗詩人として有名な金芝河氏に代表される在野の知性人たちが過去の怨念を乗越えて朴槿恵支持を宣言しました。彼らは何が庶民のため、国民のため、北の同族のためになるのかが分かっているのです。韓国の愛国保守が夢見ていた自由統一のための国民的共感が今回の選挙を通じて奇跡のように実現しつつあります。

 

 特に、過去に金大中を支持した地域や支持者たちが大挙朴槿恵支持にまわったことです。金大中支持勢力の変化は、4月の総選挙のとき、民主統合党が反共右派を徹底的に粛清したため、粛清された勢力が朴槿恵支持にまわりました。まさにこうした歴史的な和解によって、従北勢力は国民から孤立してしまいました。いずれにせよ歴史的な大変化です。朴槿恵の頼りなさが、逆に団結を促して自由民主体制を守らなければならないという危機感を呼んで、大韓民国勢力が結集したと言えます。

 

勝負はついた大統領選挙

 

佐藤 12月6日に安哲秀氏が文在寅支持を宣言し、文在寅候補と握手をしたものの、彼は浮かぬ顔でした。今までの安哲秀現象から考えて、2人の握手は投票に影響を及ぼすのでしょうか。安氏を支援した有権者の動きがどういう形で現れるでしょうか。

 

 安哲秀の文候補支持宣言は効果がないと思います。文在寅と民主統合党、そして在野の「従北司令塔」が目指してきた構図を形の上では完成させましたが、その戦略・戦術はあくまでも保守右派の分裂が前提です。そして選挙のイシューを福祉や「経済民主化」にもっていってこそ成功するのです。ところが選挙の性格が大韓民国v従北・主思派の対決になり、しかも保守右派が歴史的な結集をしたいまは、もう従北反逆勢力は動きようがありません。彼らは敗北あるのみです。

 

 「安哲秀現象」は非常に慎重に取り組まねばならない課題です。ただ、この韓国内部の葛藤を解決するためには、次の政権は従北勢力の撲滅から始めなければならないと思います。そのためには大差の勝利が求められます。もちろんより根本的解決策は、南の従北勢力を操る平壌の野蛮な金氏王朝を処分することでしょう。北の住民に自由と繁栄を与えることが、韓国内部の葛藤や諸問題を解決する唯一の道ではないかと思います。韓・日の戦略的同盟のためにも韓国の正常化が急務です。

 

佐藤 日本の総選挙と韓国大統領選挙の結果、そして北のミサイルが本当に飛ぶのかどうかを見て、改めて新春早々にも分析をしたいと思います。

更新日:2022年6月24日