ミサイル発射失敗と正恩体制の矛盾

洪熒・佐藤勝巳

(2012. 4.26)

 

失敗の原因

佐藤 周知のように金正恩体制は大陸間弾道ミサイル発射に失敗しましたが、失敗の原因は何かを検討してみたいと思います。

 

 考えられる原因は、①技術的、あるいは物理的欠陥やミス、②内部のサボタージュ、③外からの妨害の三つが考えられます。しかし、発射体の回収も不可能だし、政治的要因も加わって原因究明は非常に難いと思います。

 

佐藤 内外のメディアは失敗の原因を一様に①とほぼ断定していますが、そう断定できる科学的根拠は全く提示されていません。今の段階で直接的な物証がない以上、私は②と③の可能性も検討してみる価値があると思っています。

まず、北の外務省が食糧支援と核ミサイルの実験一時停止をバーターとした米朝合意が公表されました。その半月後、北の軍はミサイル発射を公表します。当然のこととして、アメリカは反発し、合意を主導した北側の中心勢力の面子は丸つぶれです。

もし、面子を潰された側が、強硬路線の軍部のため自分たちだけでなくやがて「祖国」が滅びると憤慨したら軍部への報復としてミサイル発射の失敗を企てても可笑しくありません。つまり仮に平壌の上層部で「話し合いか、武力か」という路線争いの結果、打ち上げを意図的に失敗させるサボタージュという仮説が成り立ちます。

 

外部の発射妨害の可能性

 そうです。サボタージュの可能性をあたまから排除することは科学的な姿勢と言えません。現に、金正日が2004年4月中国訪問からの帰途に竜川駅で爆発事故があった。この爆発を北側は金正日暗殺未遂と捉えています。金正恩後継体制の構築のため毎日血の粛清が行なわれているのに、やられる方が反発、反撃しないのがおかしいです。

もう一つは③の可能性に対してです。例えば、イランのウラン濃縮施設の遠心分離器を破壊したことで有名になったスタックスネットというコンピュータウィルスがありますね。そもそも平壌側や中国はサイバー戦争で攻撃的であることが知られています。つまり、外からの攻撃もでき得るということです。その時北内部に協力者がおれば、②と③の提携です。本当は北の核ミサイル能力を阻止したいなら、そういう方法を使えばいい。

少なくとも、地球軌道のアメリカの衛星まで狙える筈の中国は、本気になれば発射台に何日も立てられていた北の弾道弾を無力化できた筈です。もちろん、今のところ、以上の可能性すべてが確認し難いことですが、確認出来ないからと言って、可能性を排除して良いのか、ということです。

 

佐藤 このたびのミサイル発射が成功すれば、韓国と日本は、自衛のために北と同じ核ミサイルを保持、相互抑止力で安保を確保せざるを得なくなります。当然、そういう声が広まります。アメリカも中国もその声を抑えることはできません。そうするとアジア情勢は大きく変わります。北のミサイル発射を失敗させることで、誰が利益を手にするのか。北のミサイル発射を失敗させる国際的要因は十分存在します。

 

崔龍海の台頭

佐藤 ここで問題になるのは金正恩です。彼は、「米朝合意(2月29日)」にも軍の弾道弾実験にもサインしたはずです。今回の「ロケット発射は人工衛星の打ち上げだから、米朝合意に違反しない」と本当にそう思ってサインをしたのか、です。いったい背景にどんな政治力が働いて矛盾することにサインをしたのか、クエスチョンです。

大陸間弾道弾実験失敗の流れの中で、社会主義青年同盟出身の崔龍海が、政治局員候補から、いきなり政治局常務委員に2階級特進しました。そしてさらに「朝鮮人民軍総政治局長」に就任しました。過去に政治局常務委員と総政治局長を兼務したのは呉振宇と趙明録です。もちろん呉も趙も軍人でした。総政治局長とは軍内の労働党のトップで、軍の最高権力者です。「次帥」の肩書きは付けたものの非軍人の崔龍海の総政治局長起用は破格というより、宮廷内の「異変」と見るべきでしょう。

大陸間ミサイル発射失敗の原因追及がなされることは当然ですが、その処理と総政治局長就任は無縁ではない筈です。誰がパージされ、誰が登用されるかで、権力闘争の輪郭が明らかになってくると思います。崔龍海は張成沢に近いと言われていまましたが、今度は崔龍海の方が、張成沢よりはるかに偉くなりました。ミサイル発射失敗が、路線対立と絡んでどういう展開を見せるのか、注目すべき動きです。

 

 平壌の権力核心部でどういう事情があるにせよ、ミサイル発射失敗で、3代世襲と「強盛大国」への祝砲が弔砲となりつつあります。核ミサイル獲得は金氏王朝の悲願です。それなのに、ミサイルの失敗で、これほど軍が、恥をさらしたことはありません。核実験が準備されているとの報道が流れていますが、止めろという必要はありません。資源をどんどん使わせ、国力を消耗させればよいのです。何れにせよ、4月15日の「金日成広場」での軍事パレードは軍事力の誇示ですが、金正恩体制がいかに戦略的判断や客観的状況把握に欠いているという見本でもありました。

 

軍内部で何が起きているのか

佐藤 われわれは、北の暴圧体制を劣化させ内部崩壊に誘導するという戦略目標を持つべきです。北経済の専門家の話では、北のコメなどの諸物価は、「通貨改革」を行った約2年前に比較して200倍に跳ね上がっているという。北のウオンは日々紙くずに近づき、経済は、中国元に益々深く組み込まれていっています。

 

 平壌側は、金氏王朝の3代目の即位と「強盛大国」の祝賀にしたかった4月が、ミサイル発射失敗で通夜の雰囲気に変わり、各地で不穏な動きすら見られ出した。この内部矛盾をそらすために、朝鮮人民軍最高司令部「特別作戦行動グループ」が「特別行動」をすぐ開始すると言ってソウル攻撃を宣言しました。これは事実上の「宣戦布告」に他なりません。

北は、以前から何か行き詰まると「停戦協定」破棄を云々しましたが、金正恩後継が決まってから、特に偵察総局が主導してこの頻度が増しています。趙明録前総政治局長が死亡したのは2010年11月です。それ以来このポストは空席でした。そしてこのたび崔龍海が就任したのです。この事実は、北韓軍の内部が深刻な状況に陥っていることを自ら告白しています。北側が南を侮っていますが、今回は本当にソウルを攻撃したらその結果は自滅です。

いま韓半島では南北のどちらかが先に、致命的なミスを犯すことで決着がつけられそうな状況とも言えます。

更新日:2022年6月24日