北に、ミサイル発射をさせればよい

洪熒 佐藤勝巳

(2012. 3.30)

 

なぜ騒ぐのか

佐藤 北が4月中旬に金日成の生誕100年を記念して「人工衛星」を打ち上げると発表(3月16日)したことを、メディアを始め、ソウルの核安保首脳会議(3月26、27日)など国際社会でも連日取り上げて騒いでいます。なぜあんなに騒ぐ必要があるのか分かりません。ミサイル実験をやりたければ、やらせればよいだけです。やめろと言っても、やめるような集団でないことは過去の例が示しています。

 

 おっしゃる通りで、北側の長距離弾道ミサイル実験は初めてではありません。アメリカの面子は丸潰れですが、でも過剰反応です。放っておいて、実際に打ち上げたら国連安保理が決議した制裁措置を改めて徹底適用する。特に韓・日は、対応措置、つまり核ミサイルへの「自主的防御態勢」を堂々と強化すればよいのです。日本や韓国、国際社会が騒げば騒ぐほど、北側は国威が宣揚されたと受け取りますから、調子に乗るだけです。

北側に実験をさせることで、彼らの大陸間弾道弾の正体がわかります。長距離ミサイル発射には、貴重な外貨をはじめ巨額のカネ(700億円近く)がかかります。その経済的負担は体制の体力消耗につながりますから、中止せよなどと言う必要が全くないのに、何を騒ぐのか理解できません。ましてや、平壌側は今回の弾道ミサイルの発射は「金正日の遺産」でもあり、特に「太陽節」(金日成誕生日)に合わせての「強盛大国」の象徴ですので、やめられないのです。

 

自分を守る意思の欠如が脅威だ

佐藤 敵の攻撃能力が向上しているのなら、われわれもそれに十分対応できる手段を整備すればよいのです。鹿児島県の種子島で発射している日本の宇宙ロケットは、地球の裏側まで届く弾道ミサイルと同じものです。日本は戦略ミサイルのハードウェアの面では北朝鮮など全く怖れる必要はありません。

問題なのは北の核弾頭です。北側はミサイルの弾頭に搭載する核爆弾を軽量化するための関連技術開発に血眼になっています。日本は自主防衛体制の確立に必要な能力を十分持っていながら、非核三原則で自らを縛っています。自国の安保を同盟国のアメリカの核に依存しながら、他方では、アメリカは沖縄から出て行けと言う。アメリカから見たら、気は確かかということになります。

私から見れば、自主防衛という国家の基本的な姿勢を放棄し続けている政府や国家が、あなどられるのは当然のことです。北に拉致や核などで制裁を科している日本を尻目に、今回アメリカはその北に食糧援助をすると言っています。普天間基地の移設問題の日本の背信行為に比較したら、問題にもならないというのがアメリカの本音でしょう。個人でも国家でも、自己のなすべきことをなさないで他人に依存すれば、発言権などあろうはずがありません。日本にとっての危機は、北の核ミサイルよりも、自分の身は自分で護るという自覚の欠如の方がはるかに深刻だと思います。

 

卑怯な態度が正恩を増長させる

 国際社会が当面している核ミサイルをめぐるもう一つの頭痛の種はイランですが、イランと北はまさに「血盟関係」です。イスラエルがイランの核武装を阻止するための軍事行動をこれ以上待てないと断言しています。イスラエルはイランが原爆を完成させる前に爆撃しなければ自分たちがやられる、という透徹した安保意識を持っています。日本や韓国は、自国の安全をアメリカや国際社会の善意に依存しています。イスラエルと敵対的な反イスラエル諸国との関係と、韓・日と北韓・中国の関係は、本質的に同じです。今度北が発表した弾道弾の飛行コースは、韓国の済州島すれすれ、沖縄(の基地)を狙える経路を飛んで、2段目のロケットがフィリピンの東側太平洋に落下すると言われています。要するに、韓国、日本、米軍を恫喝しているわけです。平壌側はイランと連動して行動していると言っても過言でありません。

それだけでなく、金正恩は連日軍部隊を訪問しながら、平壌側はソウル(青瓦台など)を攻撃する、と好戦的な言辞を弄していますが、選挙(4月の総選挙と12月の大統領選挙)での票集めで頭が一杯の韓国の政治家たちは見て見ぬ振りをしています。まさにこの卑怯さが金正恩の無謀を増長させているのです。

 

佐藤 もう少しミサイルのコースを西に動かすと上海、広東までも射程圏に入っていますよ、という中国への示威も暗黙に行なっているわけです。中国から食糧支援を得るためのミサイル実験なのか、とすら思いました。あのコースは、日韓への恫喝と中国を揺さぶる、絶妙なコースと言えます。

さて、メディアでも広く指摘されていることですが、北のミサイル打ち上げは、食糧支援とミサイル実験の停止など、2月29日の米朝合意を事実上否定し、アメリカ側を嘲弄するもので、端的に言って北権力上層部に路線対立があるのではないかとの分析や見方が流れています。平壌からは、昨年中旬の南北対話に関係した党中央の関係者30名ほどが、同年夏、銃殺された。今年に入ってからは軍の幹部が喪中に酒を飲んだとして、大砲で粛清されたとの話が伝わってきています。米朝関係なども含めて洪教授はどう見ていますか。

 

命をかけた主導権争い

 金正日存命中の2011年6月1日、北の「国防委員会」は、同年5月9日に北の党官僚が秘密裏に首脳会談開催問題で南と接触したことを突然暴露した事件は記憶に新しいことです。昨年は李明博政権、今度はオバマ政権と相手は変わりましたが、ほぼ同じことが繰り返されたわけです。北の党官僚達が昔からの「対話」というやり方で食糧を騙し取ろうとすると、その直後に軍が強硬なことを言って潰しにかかる。これは一体何を意味するのかです。食糧確保という課題を中心に軍と党官僚の主導権争い、命をかけた闘争が展開されている、と見ていいのではないかと思います。

つまり平壌では、新しい権力秩序形成の過程で有利な、あるいはより安全な立場を確保するために、必死に生存闘争をやらざるを得ないということです。命がかかっているのですから、今までの前例やルールなどは尊重されないかも知れません。この前、呉克烈夫婦など北の大幹部たちが舞台の上で、金正恩に向けて歌を歌う(3月8日)場面がテレビで放映された前代未聞の事件も、新しい権力秩序の再編過程が如何に凄絶なものかを知ることが出来るのではないでしょうか。

 

権力の行方、冷静な見極めが必要

佐藤 アメリカとの合意(2月29日)には金正恩の承認が要ります。金正恩は軍の長距離弾道弾実験発表(3月16日)にもサインをしていることは間違いありません。金正日は、軍と党官僚を競わせて食糧などをたかって来させたが、30歳にも満たない若造の正恩も、忠誠心を利用した政治を始めた、と見ることが出来るのか。また、金正日は「軍が言うことを聞かなくて困る」と金正男はこぼしていたという話(東京新聞五味洋治編集委員)もあり、権力の行方は流動的です。慌てずに冷静に見極める必要があると思います。

 

 アメリカ国務省はあれほどコケにされても直ぐ合意破棄を宣言できないのは(国防総省は破棄を口にしだしましたが)、再選を目指すオバマ大統領が平壌や北京側に足元を見られてしまったためだと思います。恐らく、アメリカの国務省などは、またも悪い癖が出て平壌のペースで物事が運ばれるのを許す可能性大です。つまり労働党代表者会(4月中旬)など北の新しい権力秩序構築の余裕を与えた後、また「6者協議」にすがる、ということになります。

結論的に、また周辺国が中国当局の戦略に進んで利用される構図が繰り返されています。もう北の核問題はアメリカに任せることは出来ないと思います。

 

醜悪な関係

佐藤 1994年のジュネーブ合意以来、アメリカの北に対する態度に関心を持ち続けてきて来ましたが、アメリカ政府にとって、今回の24万トンの栄養補助食品など、アメリカの国家予算から見れば問題にもならない金額です。多分、倉庫の保管料が嵩んでいるから、貰う人がいるならただでやってもよい。それでウラン製造を一時ストップさせたと宣伝できるのなら安いものだ、ということです。これは、今は見当たらなくなったが、身体障害者の大道芸人に投げ銭を与える哀れみの感覚に近いものだと思います。

北の幹部たちは投げ銭を与えられているとの自覚もなく、「外交の勝利」と勘違いしている。「自主」や「主体」が聞いて呆れる、他人ごとながらたまらない醜悪な関係です。

 

 かつて日本も2000年に50万トンのコメを北に出しましたが、あの時も外国米が倉庫に余って倉敷料に困っていた、という事情がありましたね。外交の基本的スタンスが、ユスリタカリということになれば、当然のことですが、余剰農産物の廃棄場ということになります。

 

国民を飢餓に、狂気の祭りお騒ぎ

 ところが、今まで「悪い行動に補償はない」と言ってきたアメリカが、核弾頭を搭載する大陸間弾道弾を開発する不良国家に食糧を人道支援するとは言語道断です。北は4月の「太陽節」に1万に近い外賓を招待するなど、約20億ドルを注ぎ込んでいると言われています。人工衛星(大陸間弾道弾)の打ち上げのためにも8億ドル以上を費やしたと見られます。北側がこの4月に「強盛大国」を誇示するために費やすカネは昨年の国家予算の半分に近い規模であり、このおカネを全部食糧購入に充てると年間不足する穀物を5年(米470万トン以上)から10年分(とうもろこし)買えるはずです。なのに、平壌の独裁体制は平気で弾道ミサイル開発に血道をあげている。それに対して周辺国は、牽制すらしていません。

 

佐藤 中国の台頭とそれによるアメリカの力の相対的衰退という情勢の変化の中で、北は、中国の尻馬に乗って核ミサイルの開発に出ているわけです。その中国も、秋の政権交代を目前にして経済が低迷する中で、太子堂派(親が党権力者)と共産主義青年同盟派の対立が顕在化して来ました。東アジアに限定しても、流動化がより一層進んでいます。この情勢の中で自らの運命を自らが決める以外ない、という客観情勢が生まれてきています。

 

相互抑止の確立

 野蛮な勢力の暴走を抑えられない文明は真の文明と言えません。文明が文明たるためには野蛮を押えられる力を持たねばなりません。今は、北の金氏王朝の暴圧体制の強化を、軍事大国化している中国が幇助しているのが問題です。ここ暫く、東アジアで、特に韓半島で進んだ海洋文明が中国の威勢に押されがちにも見えますが、相手が強くなるならこちらも強くなるように努力したら済むことです。

中国はこの20年間は急成長を遂げましたが、間もなく急成長が挫折する可能性が出ています。第2次世界大戦後、「スターリン主義」衛星国家の中で今まで滅びずに残っているのは「金氏朝鮮」だけですが、金氏朝鮮も中国の共産独裁も共に歴史の反動です。

文明の発展の方向は、結局、個人の自由と安全の拡大です。中国もこの流れに逆らえません。旧ソ連が示したように、核ミサイルに頼って生き残るのは不可能です。遠からず、中国も同じ道をたどるでしょう。日・韓にはこういう確信が必要だと思います。

 

佐藤 その確信の具体的中身は、過去の米朝交渉、その後の6者協議を見れば分かるように、中朝にだまされて、北に核を保有させたことです。わが国および韓国の安全保障は、相互抑止しかないのです。もしも日韓が、防衛の基本を相互抑止に切り替えれば、北の独裁政権はミサイル実験などという能天気なことが出来ないはずです。アメリカ政府も、韓国を攻撃し、日本人を拉致している北の独裁政権に、勝手に食糧支援など出来るはずがありません。また、中国共産党も黄海や東シナ海、南シナ海で、あんな横暴な態度は取れないはずです。われわれは遅きに失していますが、核の保有を決断をする時期が来ていると思います。

更新日:2022年6月24日