対談 「純血左派」のソウル市長出現は「政変」だ

洪熒 佐藤勝巳

(2011.11. 7)

 

佐藤 不幸なことですが、ソウル市長選挙(10月26日投票)は、われわれの対談「韓国――自由と民主主義が危ない」(10月7日)で、洪さんが予測した通り、「純血左派」朴元淳候補が当選しました。この選挙を通じ、洪さんの目に新しく何が見えてきましたか。

 

「純血左派とは何か」

 親北左翼がソウル市長になったことは、盧武鉉が大統領に当選した時と同じほどの衝撃です。選挙の前は、朴元淳なる人物がどんな思想の持ち主で、「左派市民運動」の中でどういう位置を占めてきた人物なのか、そして、韓国の政治がどれほど危険なレベルに達しているのかなどが、さほど実感されず観念的に言われ勝ちでしたが、今回の選挙を通じて革命的「政変」の形ではっきとりなりました。

まず、「純血左派」のことですが、一言で言えば、左翼運動においての純血主義です。つまり、彼らの説明によれば、社会問題への意識を持ち始める若い時期から、「当局」に弾圧されながら闘争してきた「前歴」(逮捕・投獄)を持っているのかどうかということだそうです。もっと平たく言えば、自由民主主義や資本主義体制に敵対し、「外勢」であるアメリカを韓国から追い出し、南北の連邦制を実現するため体を張って闘争してきたのが「純血左派」、要するに、金正日独裁を支え追従する勢力です。

この勢力は、決定的な契機が来るまでは各政党や社会団体、宗教など、既存のあらゆる権威を「宿主」(しゅくしゅ)として生き抜いて来ました。この「純血左派」がいよいよ彼らが長い間食い尽くした「宿主」から離脱して、新しい権力主体になると宣言しているような局面です。

 

佐藤 日本に例えて言うなら、政府機関、政党、労働組合、メディア、大学や研究機関など、あらゆる公共団体と組織に潜り込んで、政策、世論工作に関与してきた、日本共産党、旧社会党左派向坂グループが社会党を牛耳った手法と同質のものですね。

 

年間100億ウォンの集金力

 朴元淳は、弁護士の肩書きを持ちながら「悪法は守らなくてもいい」という信念で「市民運動」をやってきました。彼はいわゆる「ソーシャル・デザイナー」(言い換えれば革命家)を自任し、国家保安法撤廃、反米や共産主義の容認などを主張してきました。2008年のアメリカ産牛肉輸入反対の「狂牛病ロウソク暴動」を助長、支援した張本人の一人です。それで、左派の世界では大統領候補と囁かれるほどでしたが、一般の生活者には「市民運動に熱心な弁護士」程度にしか知られていませんでした。その人物がいきなりソウル市長に立候補したのだから、多くの有権者が、彼の本性をほとんど分からないまま投票に行ったわけです。

そして、今回分かったのは、彼が作った「参与連帯」、「美しい財団」、「希望製作所」などを運営するため、年間100億ウォン(7億円以上)前後の寄付金を集めてきた事実です。こんな巨額を何処から集めたのか、です。もちろん、財閥など企業からです。どのように集められたのか。彼自身が語っていることですが、お金をくれない企業は社会的に悪い企業にしてしまう戦略、つまり、企業の弱みを握り、これを暴露糾弾し、時にはデモをかける。そのようにして資金(寄付金)を集めたと言っています。

彼は外国企業からも「寄付」を受けています。日本との関係ではトヨタ自動車やトヨタ財団からも6億2千万ウォンをもらったことが確認されました。南・北の左翼勢力は今までトヨタ財団の資金をもらった右派学者を「親日派」と攻撃してきたし、朴元淳自身があの「親日人名辞典」を作った「歴史問題研究所」の理事長を務めたこともあるのに、です。こういう破廉恥な偽善からも彼の職業革命家としての本性が分かります。

寄付金の募金や使い道は当局に報告するようになっていますが、彼の財団は法律に違反して報告もしていません。当局には報告されていませんが、あの「狂牛病ロウソク暴動」に50億ウォンを支援したと伝えられています。

 

典型的なユスリ、タカリ

佐藤 絵に描いたようなユスリ、タカリではないですか。北が落ちぶれる前は、金大中氏が日本に亡命しようとした1970年代頃は、日本は景気が好調で、北や総聯が資金を潤沢に持っていましたから、手先らに日本経由で資金援助ができました。今は、金正日自身がカネに窮していますから、手先は現地で活動資金を調達しなければならなくなりました。それにしても仮にも弁護士の肩書きを持つ人間ですから、早晩、弁護士法違反などに問われることになるでしょうね。

 

「政変」と呼ばれる所以

 朴元淳のソウル市長当選が、思想は別にしても革命的「政変」と見られる理由は、二つの側面から説明できます。前述のように「純血左派」が民主党などの「宿主」から出て堂々と権力奪取に乗り出したという点です。既存の政党体制(ハンナラ党や民主党)が致命的な打撃を受けて崩壊し始めたということです。もう一つは、権力奪取の手法が、卑劣な嘘と煽動ではあるが、「ジャスミン革命」を可能にした、新しい情報媒体と大衆運動を結合推進している点です。

要するに、従来の議会制民主主を前提とした伝統的な政党政治を、ネットワークとムーブメント(運動)で一瞬にして崩す衝撃力・破壊力こそが「政変」であり「革命」と呼ばれる所以です。わずか2ヵ月前(ソウル市の住民投票)に投票ボイコットを煽動した左翼勢力が、朴元淳への投票は手段方法を問わず督励した。法律と選挙制度を選択的、恣意的に利用する狡猾さや悪魔性はボルシェビキ的革命家そのものです。

 

佐藤 ハンナラ党、民主党などは、自分達が「純血左翼」に今まで「宿主」として利用されて来たということに気がついているでしょうか。

 

 気がついている者は少ないと思います。仮に気付いても認めたくないでしょう。今回のソウル市長選挙の結果を、議会制民主主義を覆す「政変」と捉えているのは愛国勢力の中でも多くないと思います。

この「政変」は突然の出来事でありません。従北左翼は、盧武鉉政権が締結した韓米FTA(自由貿易協定)の国会での批准を4年間も座り込みなどで物理的に審議を阻止、国会の機能を麻痺させておいて、一方、街での暴力デモや大衆煽動、そしてネットでの世論操作などで国民の目に政府や国会、政治家の無能ぶりを徹底に印象付け、権力の奪取に出たのです。

私は、李明博氏が大統領候補になる前から、金泳三こそ「左翼の宿主」で、金泳三政権(1993年2月~98年2月)からは朝鮮労働党の影響下にある勢力が本格的に権力中枢に根を下ろしだしたと「現代コリア」誌などに書いてきました。

 

佐藤 金泳三を左翼の「宿主」と呼んだのは洪さんが最初だったと記憶していますが、金泳三、金大中、盧武鉉、李明博と「純血左派」と全く戦わないどころか支援する政権が続き、ついにソウル市長を彼らに握られ、それすら気がついていない韓国の政治状況は、日本の深刻さと質が違うように思います。

 

敵にカンパしてきた大統領

 そもそも李明博政権やハンナラ党は保守でも右派でもない、と繰り返し言ってきました。今回、「純血左派」の全面浮上で李明博大統領の致命的問題がより鮮明になりました。朴元淳は、「参与連帯」「美しい店」「美しい団体」「希望製作所」などを作りましたが、李明博大統領は、ソウル市長当時4年間の給料2億ウォンを全額「美しい財団」に寄付しました。李大統領は今も従北左翼をまわりに多く置いています。恐ろしい話です。

李大統領は、金日成が最も可愛がった尹伊桑(音楽家、ドイツ国籍の北工作員)を記念する財団の代表発起人で、同じく金日成が可愛がった黄皙暎(小説家)をはじめれっきとした左派を大統領直属の「社会統合委員会」などに多数就任させています。この人事に代表される左翼との妥協が「純血左派」の全面登場に道を開いたと言っても言い過ぎではありません。

 

左派の資金インフラ

佐藤 「美しい店」とはなんですか。

 

 要するに寄付やリサイクルショップです。

 

佐藤 日本から北朝鮮に沢山の古い自転車や自動車が廃棄物とて送られていました。北の軍が、これを再生して高い値段で中国やロシアに売って、利益を手にしていましたが、朴元淳などの「美しい店」がやっている活動内容や狙いはどういうものですか。

 

 全国に130以上の店舗を持ち、リサイクル運動や貧困層への支援、寄付などを標榜し社会各層を網羅する巨大組織です。健全な市民運動の形を取っていますが、社会変革運動のためのインフラにするというのが隠れた狙いです。教会などからモノをただで集め、販売して資金を集めており、多くのボランティアが参加してします。

 

佐藤 3年前の「狂牛病ロウソクデモ」も企画・指揮したと知られている「参与連帯」は権力を監視すると言い、大企業への監視、告発を集中的に行なってきたと聞きましたが、日本ならさしずめ「総会屋」と言えるものですね。この組織が、企業の弱点を調べ、先ほど話のあった恫喝をして「美しい財団」が資金を集めるということのようです。トヨタ自動車やトヨタ財団がカンパしたのは、背後に何があったのでしょう。不思議であり、大問題だと思います。菅直人前首相も過激派崩れの「市民の党」などに巨額のカンパをしていますが、あのカネは菅直人の個人の金ではなく、国民の税金です。あのカネの行方を断固究明しなければならないと思います。

 

希望製作所の日本支部

 「日本希望製作所」というNPO法人をご存知ですか。ソウル市長になった朴元淳が作った韓国の「希望製作所」の日本支部です。2007年に設立されました。理事長は町づくりプランナーとして有名な林泰義氏、事務局長は韓国の慶熙大学に留学した桔川純子氏です。「日本希望製作所」の事務所は民主党の菅直人グループの大河原雅子参院議員の事務所の中にあります。菅直人前首相は平壌に亡命中の「よど号」拉致グループと関係のある「市民の党」の酒井剛との繋がりが指摘されましたが、「日本希望製作所」事務局長の桔川純子氏は、関係者の間では、日本内の親北人脈との深い関係が言われています。

 

佐藤 昔、日本は北にとって韓国を赤化統一するための工作基地でした。ところが最近は、韓国の「純血左翼」が、日本の「左翼崩れ」や「贖罪派」などを組織し、指導している構図ですね。この流れからすると菅直人氏の朝鮮学校授業料無償化審査再開指示、正体不明の大口カンパなどは、どうしても気になります。北の対日工作が韓国経由で始まった極めて注目すべき動きではないでしょうか。

 

「野田佳彦、お前もか」

佐藤 いまひとつ理解し難いことは野田内閣の李明博政権との「通貨スワップ(交換)

」です。10月19日、野田首相は突然韓国を訪問、日・韓が外貨支払いに窮したときは、お互いに助け合う「通貨スワップ」を約束しました。中身は、日・韓は700億ドル(5兆3000億円)応援しあうというものです。

日本政府は対外債務の支払いができないことはありません。また、日本の銀行は韓国の銀行に殆ど貸し付けていませんから、仮に、韓国が債務不履行に陥っても、直接には損もしません。韓国の銀行の借入先の半分はヨーロッパの銀行からです。ヨーロッパの銀行は、金融不安に見舞われ一斉に自己資本強化のため韓国、中国から資金引き揚げを行っています。従って韓国金融界はドルを必要としています。李明博政権が韓・米通貨スワップを推進し、中国とも韓・中通貨スワップを拡大(10月26日)した背景にはヨーロッパの金融不安が韓国を直撃しているからです。李明博政権は外貨不足でドルの緊急確保対策が必要だったのが分かります。

問題なのは、李明博大統領は、果たして日本との良い関係を望んでいるのかが疑問です。北の手先「美しい財団」に 2億ウォンも寄付をし、いまだに反省もせず親北・反日勢力をまわりに置き、金大中、盧武鉉も口にしなかった「慰安婦」問題の外交交渉を言ってきました。反日左翼の典型的な言動ではないのか。野田内閣は、どうして李明博の反日言動に何も言わず、救いの手を差し延べなければならないのか、です。野田氏は人間関係の初歩的な作り方も知らない。これではなめられるに決まっています。

 EUの通貨不安は、中国も直撃、中国経済のバブルは崩壊を始めました。再三われわれの対談でも言及してきましたが、中国が崩れたら金正日政権はひとたまりもありません。朝起きてみたら韓半島の風景が一変していたということは益々現実味を帯びてきています。

 

 李明博大統領はもはや植物政権化してリーダーシップなど期待できません。韓・日の通貨スワップは、任期のある政権の次元でなく、アジアの自由民主主義大国としての両国のこれからの世界戦略上必要であり望ましいことです。

左翼が今回首都権力を手に入れましたが、当選が免罪符ではありません。学歴詐称から贅沢な私生活、恫喝まがいの方法の資金集めや不透明な使い道など、朴元淳市長はこれから色々な違法行為が法廷で明らかになります。国民多数が朴の偽善と危険性、反逆的思想や言動が分かるようになれば、左翼には大きな逆風にさらされます。一寸先は分かりません。

 

戦いはこれからだ

佐藤 北指導部は、朴元淳のソウル市長当選を喜んでいますが、むしろ墓穴を掘ったのかも知れません。自由と民主主義社会の言論、世論、批判というものを個人独裁社会の平壌では理解できません。日朝交渉の中で金正日が拉致を認めるという「誤り」を犯したのは日本の世論の力に対する無知からでした。

煽動や謀略でソウル市長になった朴元淳氏は、これから本格的に検証されるでしょう。日本の民主党の例でも分かるように、政権の座についたことで、ボロが万人の目に明らかになりました。今、総選挙をやったら民主党は悲惨な結果となるでしょう。「純血左派」が市長に当選したことが、彼らにプラスになるとは限らないと思います。愛国勢力の戦いいかんということではないでしょうか。

 

 韓国は、「左派の宿主政権」(金泳三)5年、「左翼政権」(金大中・盧武鉉)10年、そして「中道と左翼の連帯政権」(李明博)3年8ヵ月を経、韓国の地で健全な常識と法治が破壊されました。

韓国の愛国保守勢力は国家の正常化はもちろん、自由統一で北を解放するため戦う覚悟ですが、問題は、法治を放棄した李明博の無定見と卑怯さのために余計な犠牲を払うようになったことです。法治が崩れると政変や動乱が来ます。法治(民主主義)を回復させなかったがために、血を流さざるを得なくなったら、その罪と責任は李明博大統領とハンナラ党指導部が負うべきものです。

更新日:2022年6月24日