対談 韓国――自由と民主主義が危ない

洪熒 佐藤勝巳

(2011.10. 7)

 

佐藤 今、世界は大恐慌に突入するのではないかと戦々恐々としています。韓国の財政状況も危機に見舞われていますが、税金を使う学校給食の無償化などと言っておられる情勢ではないと思います。が、10月26 日投票のソウル市長選挙は、左翼候補とハンナラ党の候補とどちらが有利な戦いを進めているのでしょうか。

 

ソウル市長選挙

 左翼の統ー候補が決まりました(10月3日)。李明博政権が出帆した直後、狂牛病騒動などと言って蝋燭暴力デモの馬鹿騒ぎをした、左派市民団体の始祖的存在である朴元淳弁護士(右写真)です。彼は大学時代から反体制の運動家で、革命を夢見てきた左翼のイデオログーであり、国家保安法撤廃論者です。折り紙付きのプロの革命家です。

他方、ハンナラ党・保守陣営の市長候補も判事出身の羅卿瑗議員(左写真)に決まりました。ハンナラ党に対抗して「在野保守勢力」(議席を持たない保守勢力)が独自の候補を立てましたが、ハプニングに終わりました。「在野保守」が急遽擁立した李石淵弁護士でした。李石淵弁護士も元々は左派の市民運動家出身ですが、盧武鉉政権が首都をソウルから移転しようとしたとき、憲法裁判所から違憲判決を引き出し、首都移転を阻止したことで有名になった人物です。

彼は、現李明博政権発足後、法制処長(次官級ポスト)を2年間務めました。だが、彼の法制処長としての職務遂行はすごく平凡な印象でした。というのも、彼は法制処長として、金大中・盧武鉉政権下で作られたたくさんの憲法に違反した法律を改正・撤廃する作業をほとんどしなかったからです。李明博大統領が左翼反逆勢力との闘争をやらなかったためにできなかったのかもしれませんが、反憲法的法律の整備はほとんど行なわれませんでした。「在野保守」は未熟にもこういう人を検証もせず市長候補として擁立したのですが、彼は自分の支持率や当選の可能性が低いということで、9月29日にあっさり候補を辞退して「在野保守」に恥をかかせました。このハプニングで「在野保守」勢力は一層の挫折感を味わいました。

 

佐藤 それは困りますね。

 

 非常に困りますが、「在野保守」は普段から組織化されていなかったため即応能力の不足があらわになったのです。私に言わせれば、今回もどうせ最初から自分の望む候補はいませんから、最も悪い候補より次に悪い「次悪」の候補の選択しかありませんでした。李明博大統領に投票したときと同じ政治状況です。

そもそも、日本のコリア問題関係者に「今のハンナラ党は保守ではない」といくら説明してもなかなか理解してもらえません。たぶん「韓半島冷戦」の実状や韓国社会の左右のイデオロギーの激しい対立への理解が足りないためではないかと私は思っています。

 

ハンナラ党は保守ではない

佐藤 李明博政権は、盧武鉉、金大中と違い北の核廃棄と援助をバーターにする政策を維持し、北に援助しなかったという点で金、盧左翼政権と明白に異なる、という評価は私を始めとする日本人コリア関係者の一致した見方です。いまひとつ、李明博・ハンナラ党は「社会統合」(右派を除く各派を融合させる)という観念論で、韓国内の北の手先などと戦わないため、本質的には金大中、盧武鉉政権の北に甘いという点で、似ている側面が、日本人コリア関係者煮には見え難い、ということではないでしょうか。ソウル市議会で左翼に絶対多数を許したのは、左翼と戦わなかった反映です。こうした現象が韓国全土の地方議会に広まったら大変なことになります。したがって李明博政権・ハンナラ党は「反共産主義、反独裁」ではない、つまり保守ではないというのがジャーリストの趙甲済氏、洪熒さんたち韓国保守派の政治的立場だと思います。

李明博政権は、核問題では米、日と共同歩調をとり、内政では北に指導されている左翼とは戦わないという、いわゆる「中道政治」の弱点が、日本人コリア関係者にはよく見えていないし、韓国人にもよく分かっていないから、左翼の出鱈目な宣伝煽動に踊らされて左傾化が進んでいる、ということではないでしょうか。

先のソウル市の住民投票では、ハンナラ党は投票をボイコットした野党や左派と戦わなかったということですが、市長選挙では選挙運動をやっているのでしょうか。

 

 

党内抗争のハンナラ党

 左翼はー生懸命ですが、ハンナラ党は未だ組織的な選挙体制すら整っていません。羅卿瑗候補が個人的に奮闘しているような状況です。特に、ハンナラ党の中で大衆的知名度がー番高く最有力大統領候補である朴槿恵議員(右写真)は、首都ソウルの市長選挙で自分の党の候補が勝利することには関心もないような行動をしています。当然、今のところ左翼候補が優勢です。

 

佐藤 ハンナラ党はなぜ動かないのですか。

 

 ハンナラ党は街に出て活動しません。では屋内で青年や若者たちを対象に何かしているかといえば、ここでも本当に何もしていません。仮にも政党という以上、次の世代育成が必要です。世界中の政党は青年や婦人部育成に力を注いでいます。ハンナラ党は何もしていません。左翼は全教祖(教員組合)、その他の労働組合などを通じ、学生や組合員を訓練、洗脳しています。街頭にも出て宣伝活動を積極的に行なっています。ハンナラ党が政権をとってから3年半になりますが、この間ずっと、李明博につくのか、朴槿恵につくのかという党内抗争に明け暮れしてきただけです。

 

佐藤 自民党が民主党(小沢一郎氏)に敗北したのはハンナラ党と似たところがあるからだと思いますが、それにしても韓国は分断国家ですからね。ハンナラ党はなぜそんなに劣化したのでしょうか。

 

豊かさに敗れた日本と似ている

 分かりません。ドルやユーロの信用不安、北韓の危険な動向などに対して、危機感はおろか関心すら持っていないように見えます。教育の現場を左翼に握られているのに、韓国は自由民主主義の国であり、政府が国民を民主主義者に育てている筈だから、国民は自分達を支持している、と思っています。未来へのビジョンどころか、恐ろしいほど現状を誤って捉えている政党です。総体的な機能不全、要するに、今のハンナラ党は政党としての寿命が尽きた、と私は見ています。救いようがありません。

 

豊かさに溺れる

佐藤 運動をやっていて印象に残っていることですが、1970年代の日本は、経済が高度成長に入ると、国民の間から急速に怒りが消えていきました。多くの国民の目は個人の幸せのみに傾斜し、労働運動、反体制運動、学生運動は急速に衰えていきました。そして全体として無気力で身動きできない集団と化しました。挙句、親の死亡を隠し、年金を受け取るというような信じ難い「堕落、退廃」が現在の日本の姿です。ハンナラ党の現状は70年代の日本の社会状況と似ていますね。

 

しかし、韓国が深刻なのは日本と違って、北の独裁ファッショ政権が虎視眈々と韓国併呑を狙っていることです。ハンナラ党が駄目なのは、金正日政権と戦い、韓国内の金正日の手先と断固として戦わなければ韓国が北のファッショ体制に組み込まれるという生存本能が決定的に欠けていることです。韓国の左翼は北の別働隊、ということが分かっていないから戦わないのです。朝鮮労働党第6回党大会公式文書に「南朝鮮革命」のやり方を、平和的手段・非平和的手段、合法的手段・非合法的手段、暴力的・非暴力的手段を駆使し、経済的、政治的あらゆる要求を組織化し、権力奪取を図ると明記しています。現実はその通りに進んでおり、左翼がソウル市議会で圧倒的多数を占めたのです。李明博政権、ハンナラ党は朝鮮労働党の韓国赤化統ーの基本文献すら読んでいないのではないかと思わざるを得ません。韓国は危険です。本当に危ないと思います。

 

 だから私は、ハンナラ党こそが主敵だと言ってきました。このままハンナラ党が選挙で負けるだけなら自業自得ですから仕方ありませんが、しかしハンナラ党は金正日と戦わず、その上なんでもかんでも無償(福祉)などと大衆を扇動している左翼とも戦わず、「われわれは石頭の右翼とは違う」と、左翼に媚びることで国を滅ぼしにかかっています。左翼と何も変わらない。国の長期的安全保障の観点から見ると大韓民国の敵なのです。

 

「6者協議」再開は難しい

佐藤 また、中国は自国の「国益」から6者協議をやろうと動き出していますが、この2人の対談で何度も指摘してきたことですが、金正日政権が核ミサイル開発を放棄することはありえません。アメリカは散々騙されてきましたから、共和党ブッシュ政権よりも民主党のオバマ政権の方が、金正日に対してはるかに厳しい態度に終始しています。

昨今の最大の国際的関心事は、EUの通貨不安に端を発し、経済恐慌に突入するのかどうかです。世界のリーダーたちがそれの回避に奔走しているのですが、6者のメンバーのなかでロシア、アメリカ、韓国、日本の財政赤字を合計すれば天文学的数字になります。

 

通過儀礼の南北接触

 北側と韓国内「従北勢力」らから執拗に攻撃されてきた玄仁澤統一部長官が退任した2日後、北京で2回目の南北接触(9月21日右上の写真)がありました。報道では双方の間に正式の会談用のテーブルもなかったそうです。丸い小さなテーブルが置かれた懇談会のような形式のものであったと言われています。つまり、南・北の接触は米・朝接触のための通過儀礼でしかありませんでした。

北側は核開発施設や核弾頭の放棄に繋がる会談などを韓国とやる気は全くなく、金氏王朝の独裁体制の維持を保証する「6者協議」再開への環境整備という儀式と捉えていることがよく分かります。先ほど指摘のあった外交史において世紀的詐欺劇とも言える「6者協議」は、再開される形がとれるだけでも国連安保理の対北制裁決議が心理的に無力化されますから、中国と平壌側には大いにありがたいのです。

最近、北側がキッシンジャー氏の平壌訪問を要請したという報道がありました。狙いは、まずは金氏王朝の権力世襲を認めてもらうことだと思います。独裁者たちが国際的に名の知られた指導者や策略家たちの虚栄心を刺激、利用する手法は歴史の中でよく見られる現象です。

問題は韓国、李明博大統領です。セールスや工事の受注などが得意な彼は、ロシア産天然ガス確保という「実用的」名目でロシアを入れて南北関係の突破口を開きたいという思惑があるのではないかと見られています。仮にも、一国の最高権力者が目前の「実用的」利益に目がくらんで、国家安保より優先させる哲学なき国の安全保障は本当に危ういと言うしかありません。

 

6者協議が再開されなかったら

佐藤 もし6者協議が開催されなかったら、来年「強盛大国」を云々している金正日政権はどうなるのか、です。確かに日本も韓国も国内政治は大変なのですが、金正日政権も容易ではありません。問題は中国の動向です。昨年末から始まった改革を求める「アラブの春」がいつ中国に波及するか。今回のEUの信用不安が中国の土地バブルにどんな影響を与えるのか。中国が揺れ出したら、金正日政権及び韓国の左翼はひとたまりもありません。東アジアも水面下では何が起こるか分からない緊迫した情勢にあると見ています。

日本政府や民主党政権は、果たしてこれからの状況にどれほど対応できるのか。気を揉んでいますが、最近、日本人拉致に関係した「朝鮮労働党」工作機関の幹部を国際手配した警察庁が、せめて日本のプライドを護っているような気がします。

更新日:2022年6月24日