金正日の野蛮な賭け

対談 洪熒・佐藤勝巳

(2010.11.29)

佐藤  金正日が、天安艦撃沈(3月26日)に続いて延坪島(ヨンピョンド)を攻撃(11月23日)したのは、休戦体制を破り、東アジアの冷戦構造を自分に決定的に有利に変えようとする「現状変更」の意志を、言葉でなく行動で示した事態だと理解しますが、洪さんはどう捉えていますか。

 

武力で休戦体制の変更を試みる

 韓国戦争の停戦(1953年)後、北は韓国に対し、韓国の大統領を殺害しようと青瓦台を襲撃(1966年)したり、ベトナム戦争に韓国が派兵できないように第二戦線構築のための韓国内でゲリラ戦(1968年)を起こしたり、ソウル五輪阻止のための大韓航空機爆破テロ(1987年)を企んだりと、あらん限りの暴力とテロを加えてきました。こうした自らのテロや挑発を北はこれまで「韓国の自作自演」「デマとデッチ上げ」と言って認めませんでした。しかし今度の延坪島攻撃は、白昼韓国領土を堂々と砲撃したという点で、明白に過去の軍事挑発とは性格を異にしているので、戦争と言われるのです。

 まず、NLL(北方限界線)に関して、少々長いですが説明します。

 北側は、今回北の「領海」を「韓国が侵犯したため反撃した」と言っています。しかし、停戦協定が調印された1953年時点では、北側は「海」を全く支配していませんでした。 ですから北側の海岸線が、国連軍と共産軍との海上境界線だったのです。ところが、国連軍司令官が停戦管理上の合理性を理由に、東海と西海に(一方的に)NLLを設定したものですから、夥しい血を流して確保してきたNLLの北の海と島々を共産軍にただで譲ることになってしまいました。共産側は国連側のこの「寛大な措置」に感謝し、20年近くNLLを遵守してきました。

 ところが1972年、北側は突然西海NLLの無効を言い出しました。その背景には、米軍がベトナム戦争で「敗退」して撤退したということがあります。つまり北側は、冷戦で米軍が劣勢だと判断し、それまで遵守(感謝)してきた西海のNLLの再設定を言い出し、武力占領に出る態度をとって来たのです。これは、休戦体制の根幹を一挙に変えようとする挑戦で、韓国の安保にとって重大な脅威でした。そこで朴正煕大統領は「西海5島」を要塞化し、断固として対応しました。

 北側が再び西海NLLの無力化の攻勢に出るのは、韓国で親北左翼の金大中政権が登場した時です。そして自殺した盧武鉉前大統領は、「10.4宣言」(2007年10月)を通じて北側の西海NLL問題で譲歩しようとしました。金正日は、臆病者の李明博大統領を徹底的に脅せば、西海NLLで有利な局面が勝ち取れると同時に、韓国の首都圏を脅かすことで、米国も協商のテーブルに引き出せると判断したものと思います。

 

思惑はすべて外れた

佐藤 内外の報道を見ると、今回の攻撃は金正恩の地位の強化というステレオタイプの報道がほとんどです。そういう思惑も多少あるかも知れませんが、金正日政権が行き詰まって身動きできなくなっていたのは昨日、今日のことではありません。

 昨年は、ミサイル発射や核実験をやって、オバマ政権を驚かせて金正日との交渉に引き出そうとしました。米中を天秤にかけて、再び食糧や石油を騙し取り、原爆を小型化しミサイルに搭載できるようにし、2012年の強盛大国を迎えるという勝手な夢を見たのでしょう。ところがオバマ政権は、「2国間交渉」などナンセンス、核放棄が先だと一蹴しました。 

 金正日の思惑は見事に外れてしまった。さればと今年の3月韓国哨戒艦を撃沈し、コメと肥料などを援助しなかったら戦争になるぞ、と李明博大統領に脅しをかけてきましたが、李明博政権は動揺しながらも援助しませんでした。ここでも北は思惑が外れました。

 そして中国だけが金正日をかばっています。理由は最近、中国の膨張主義と金正日体制の冒険主義が共通の利益を見出しだしたからです。中国は、金正日への援助の見返りに経済の改革開放を求めています。だが、金正日は応じませんから、大量支援ではなく「生かさず、殺さず」の政策を取り続けています。

 一方、金正日は中国の意向を無視して、核ミサイルの開発を止めません。こういう関係の中での「ウラン濃縮施設の公表」と「延坪島砲撃」という暴挙に出て来たのです。一部に金正日に対する中国の影響力行使に期待する人がいますが、中朝関係は「緊張と相互利用」です。この関係は金正日生存中は続くと思います。

 

北の生存への賭け

 北は、金日成時代からの課題を何一つ解決していません。金正日は「先軍政治」で何とか独裁体制を維持しようとするが、これも限界を過ぎました。ご指摘の通り思惑は全部外れ、極めて厳しい状況で、金正日の医学的寿命が尽きつつあります。一連の冒険主義は絶望感の現われと捉えるべきでしょう。このままで青二才の三男に権力を渡しても無理と思う金正日は、焦りに駆られていると思われます。

 だからといって韓国やアメリカを相手に全面戦争は出来ません。そこで、全面戦争をせず実質的に政治・軍事的に勝利する可能性が、延坪島など西海(黄海)5島を支配することです。

 北側の意図は、西海5島への軍事的圧迫と同時に、今まで頑強に否定してきたウラン濃縮施設を進んで公開したことではっきり現れました。つまり、国際社会に自分を核保有国として認めよと要求したのです。そしてミサイルに搭載可能な核弾頭を完成すれば、アメリカは交渉に応じざるを得なくなると読んでいます。これこそ金正日の生存への最後の戦略です。敵の出方が分かれば、対応は難しくありません。

 

第7艦隊の示威

佐藤 オバマ政権が今、このような金正日の戦略を理解しているのかどうか分かりませんが、北の延坪島攻撃にオバマ大統領が「激怒」したと報道されています。核廃絶を主張してノーベル平和賞を受賞したオバマ大統領に、金正日は公然と核開発で挑戦しただけではなく、韓米同盟にも挑戦したのですから、生理的嫌悪感を抱いたのではないでしょうか。

 アメリカはすぐ、11月28日から12月1日まで、黄海に空母が参加する韓国軍との合同演習を公表しました。空母ジョージ・ワシントン(1万400トン)は、70機ほどの戦闘・爆撃機を搭載しています。ほかに射程1300キロの巡航ミサイル200発以上を搭載するイージス艦4隻や原子力潜水艦2隻なども参加しますから、北は、米第七艦隊だけで合計1000発近い巡航ミサイルに包囲されることになります。

 

北の軍事目標は火の海

佐藤 第七艦隊と韓国軍のミサイルは、北の戦略目標に照準が合わされています。北が米韓同盟を攻撃すれば、彼らの戦争能力は一瞬にして壊滅します。金正恩が生まれて初めて味わう戦争の恐怖です。目標は軍事だけではありません。イラク戦争などで最高指導者の声紋をキャッチしてミサイル攻撃が出来ることも判明しています。北の在来軍備と米韓の通常兵器の差は、比較できないほどの大差があります。

 

何が起きるか分からない

佐藤 北の目の前で、空母から最新鋭の戦闘機や爆激機が、発着陸などを繰り返すのです。尖端兵器の威力を知る北の軍人なら、恐怖におののくはずです。 私の戦争体験からすると、恐怖におののいた方が先に引き金を引くものです。オバマ大統領は軍事的な選択肢を否定しています。戦争を知らない金正恩が空母攻撃を命令しないという保証はありません。この軍事演習は当然のことながら、金正日をかばい続ける中国の軍事力に対する示威でもあります。米・中の軍事力の差は10対1と言われています。

 今回の空母ジョージ・ワシントンの黄海での軍事演習に中・朝が何も出来なかったら、ことあるごとに金切り声で「無慈悲な反撃を加える」などというピョンヤン放送が、単なるハッタリであることが、全世界に改めて暴露されることになります。

「中華帝国主義」と「野蛮な暴力」の利害の一致

 中国は昨年の北のミサイルや核実験のときは、条件を付しながらも国連の対北制裁に賛成しました。だが、今年3月の「天安艦撃沈」を契機に、金正日を積極的にかばいます。金正日を非難・牽制するのではなく、南北に自重を促し、「6者協議」などと欺瞞的なことを平然と口にしています。北京オリンピック後の中国は、黄海を内海と言い、アジアの覇権を追求する戦略を隠さず、しかも危険国家・失敗国家の北を利用する態度が鮮明になりました。日本の尖閣諸島やその他の国を脅迫し、アジアからアメリカを追い払うという、文字通り胡錦濤の「中華帝国主義」と金正日の「野蛮な暴力」の利害が一致しています。

 その意味で、空母ジョージ・ワシントンの黄海入りは、東アジアの冷戦の激化を象徴する出来事でもあります。

 

世論で政治を変えよう

佐藤 結局のところ、日本も韓国も政治を動かすのは「世論」です。卑近な例で言えば、民主党代表選挙で小沢一郎氏は、菅直人氏に敗れたのではなく、「世論」に敗れたのです。

 李明博大統領も哨戒艦のとき、口では勇ましいことを言いましたが、何もしませんでした。今回も色々言っていますが、領土が攻撃されているのに大統領の人相が変わっていません。どこまで原則的態度が取れるのかどうかは、韓国国民の世論です。世論ほどいい加減なものはないと同時に、物凄い力を持っていることは、拉致問題で骨身にしみて教えられました。この対談を多くの人達に理解して頂ければ有難いと思っています。

 

 韓国が直面した脅威は単なる軍事的衝突ではありません。李明博大統領が就任直後の訪中の前夜、中国外交部は「韓米同盟は冷戦の遺物だ」(だから、韓米同盟を解消し中国のいうことを聞け!)と言い放ちました。平壌側は、「休戦体制」を認めないと武力行使に出ました。自由民主主義国家韓国の存続を否定する、現状否定、現状変更の挑戦です。

 韓国はこの挑戦に必死の覚悟で臨まなければなりません。向こう側が「現状変更」を仕掛けてきた以上は、こちらも向こう側の戦略を迎え撃つ戦略で対応せざるを得ません。アジアの国々が自由民主主義の生活方式を享有し続けるためには、野蛮や独裁と戦える自由民主主義の連帯が必要です。つまり、東アジアの冷戦で自由と人権が勝利するためには、アジアのナトー(NATO)が必要です。国連安保理も変えねばなりません。

 こういう自由民主主義の同盟体制ができない場合は、次善策として韓国や日本も核抑止力を宣言すべきです。

 

佐藤 今の話はもはやタブーでも何でもありません。中国が尖閣を奪にきており、金正日が韓国を砲撃してきているのが現実です。「鉄は熱いうちに打て」と言います。国民の覚醒が高まりつつある今がチャンスだと思います。

 先ほどアメリカがベトナムから撤退したときを狙って、金日成政権はNLLの撤廃を言い出したとの指摘がありましたが、鳩山由紀夫内閣が普天間問題で日米関係を目茶目茶にしました。加えて当時、民主党小沢幹事長が子分600余名も引き連れて、北京詣でをしました。 金正日がこの「変化」を捉え、韓国哨戒艦を撃沈したのです。中国は尖閣諸島に、ロシアは北方領土に、そして金正日は延坪島に攻撃をかけてきたのです。これが現実です。民主党政権の責任は極めて重大です。今こそ世論が民主党政権を批判し、応じなければ排除して、国を守る意思のある政治集団を育てることが出来るのかどうか、歴史の転換期だと思います。

 日本は、事態がここまで切迫してきた以上、憲法前文と9条を改正、核保有を主張すべきときです。アジアは質的変化が訪れていると捉えるべきです。日韓両国民の自覚と決意を期待したいものです。

 

写真説明(上から): 敵の砲撃の中で反撃に出る韓国海兵隊延坪部隊の砲兵隊(2010年11月23日)、停戦協定の調印式(1953年7月27日)、延坪島を攻撃した西海NLLの北側の海岸砲、天安艦戦死者たちの遺骸を運搬する戦友たち(2010年4月)、横須賀を出港する空母ジョージ・ワシントン(2010年11月24日)、北京オリンピックの開幕式(2008年8月)。

更新日:2022年6月24日