労働党代表者会が予告通り開催されないわけ

対談 洪熒・佐藤勝巳

(2010. 9.16)

 

佐藤 9月上旬に「朝鮮労働党代表者会議」(直訳すれば「党代表者会」ですが日本語になじまないので「会議」とする)を開催すると既報のごとく朝鮮労働党政治局の名義で6月23日公表されました。しかし9月14日現在、いまだ開催されていません。15日までが上旬などというばかばかしい話が韓国で言われていますが、独裁者の気分で、会議のドタキャンなどは珍しいことではありません。問題は理由です。

 

金正日の体調に問題はないのか?

 ソウルでは、金正日の体調が悪いため党代表者会の開催が遅れているという見方が多いですが、9月12日付朝鮮中央通信は、金正日が中国との境の慈江道満浦市にある「満浦運貨工場」(軍需工場)を現地指導したと報道しました。恐らく、平壌側は金正日が不調で慈江道内の別荘で休養している、という内外の観測を払拭するため、満浦市の軍需工場などを「現地指導」した写真を公開したのではないかと思われます。

 

佐藤 ソウルなどでは党代表者会議がいつ開かれるか、幽霊の息子たちの一人が「後継者」として登場するのかと、息を潜めて見つめ、あれこれ推測しているとき、当の「将軍様」は国境のどこかの別荘で休養。慈江道満浦市で現地指導している。思わず笑いたくなる現象です。北らしい、地球は「将軍様」を中心に回っているという、「主観的で楽天的」な非常に興味ある行動です。

 

訪中、隠れた目的

 北は、いつもお祝いの日には、国民に何か特別にモノを下賜(身分の高いものが低いものにモノなどを与えること)してきました。今回予告通りに党代表者会議が開催されないのは、党代表者会議に参加する代表や人民に下賜すべき「お祝い品」が用意できなかったため、ということも考えられるのではないか。金正日の8月訪中の目的は、本ネットで二人の対談「金正日訪中“6者協議”再開の謀略、上・下(9月7、8日)」で触れたように、オバマ政権の抑止力行使にどう対処するか、という緊急課題のほか党代表者会議の際、金正日がお土産として人民に下賜するモノを中国に無心に行ったという、今ひとつの目的があったと思います。

 

唯一指導体制で党組織が麻痺

佐藤 国民にモノを配ることは指導者の重要な「権威」付けは金日成時代から、あの国の政治文化です。それが出来ないから、代表者会議を延期、または中止ということは大いにあり得る話です。

 ただ、金正日はそうかも知れませんが、他の幹部達は金正日の体調に急変が起きたら、後、どうなるか(あるいはどうするか)という深刻な問題を抱えています。

 党代表者会議で党中央委員が選出されると、同中央委員が書記局員、政治局員、政治局常務委員などを選出することになります。世の中は、ポストに座る人によって政治が大きく変わります。共産党組織は事前に党組織が候補を決めて会議に臨みます。「大会」とか「会議」は単なる承認のセレモニーに過ぎません。

 朝鮮労働党は、党大会が30年間も開かれなかったし、中央委員会の全員会議も17年間開かれていません。当然のことながら、道(県)単位、市や郡単位の党組織の大会も開かれていません。末端の細胞の総会も開かれていないはずです。

 党規約では、各級党組織の指導機関は民主的に選挙することになっているから、各級地域党の最高指導機関は、当該党委員会総会で選出させます。だが、「唯一指導体系」の下で、党規約上のこういう「民主的」手続きは完全に停止(事実上廃止)され、すべてを中央党の組織指導部が一方的に指導してきたことは周知の通りです。

 つまり、金正日の党権力を掌握してから4半世紀、世襲独裁体制の下、2百数十万の党員は独裁者の単なる走り使いになり下ったのです。党規約でいう党の機能は完全に麻痺・退化しました。今回各地域で党代表者会議に出席する「代表者」を選出したという話が伝えられましたが、党代表者会議に参加する最低数百名と推定される代議員リストを組織指導部が作成したのでしょうか。国防委員会が最高の権力機関と決定したのは昨年の11月です。このリスト作成は国防委員会と言うことになります。この関係も全く不明です。

 

誰が、誰に金正日の命令を伝えるのか

佐藤 北では、金正日の命令と言えばなんでも通りますが、その場合党幹部の誰が、例えば張成沢か、呉克烈か、組織指導部か、国防委員会か、誰がリストを作成し、金正日に承認を得るかによって、中央委員、政治局員などの顔ぶれが変わってきます。ここが重要なポイントです。自分の息のかかった代議員を中心に集めることが可能だからです。その辺がどうなっているのか、全く不明です。仮に、反対派からクレームがついて「代表者の構成」が混乱して、党代表者会議が延びている可能性は否定できません。

 

党人事の特別な意味

 金正日が生きている限り、政治局がどう構成され、誰が「後継者」にされても、金正日独裁は変わりません。だが、これからの党代表者会議が決める党指導機関は、やはり特別な意味と役割を持ちます。それは、金正日が死ぬと、政治局と政治局常務委員会が党の最高権力機関として機能し始めるからです。

 まずは、「唯一指導」という一人独裁から、次の体制が定着するまでのその移行過程を管理するのが政治局の仕事になるでしょう。例えば、大統領中心制の国で政権が交代する時の「政権引継ぎ委員会」のような存在です。朝鮮労働党独裁の持続を願う勢力にとって、この新しい「政権引継ぎ委員会」を押さえることは彼らの死活の問題だと思っているはずです。

 もちろん、労働党内部の権力闘争の結果がすべてを決めるわけではありません。朝鮮労働党そのものが内外からの挑戦に直面するからです。この話は長くなりますから別に機会にしますが、とにかく、ポスト金正日時代の労働党は、まずは政治局が中心的存在になるしかないでしょう。

 

胡錦濤、改革開放促す

佐藤 そこで、たちどころに問題になるのが経済です。中国の胡錦濤が8月27日、金正日との会談で、「経済の発展は自力更生でなければならないが、対外合作も切り離すことはできない。これは時代の潮流であり、急速な国家発展の必須の道である。中国側は、朝鮮側の安定維持のための経済発展、民生改善への積極的な措置を尊重し支持する」(9月2日新華社通信)と、明確に「潮流」であり、「必須の道」だと言い切っています。労働党幹部の中に、この主張に同調する幹部が無視できない程いる、と前から伝わってきていました。この考えは金正日を中心とする朝鮮人民軍の「先軍政治」とは真っ向から対立する考え方です。

 ポスト金正日を念頭に置いたら、今回の代表者会議での党人事は、最初から路線対立を内包したものです。ですから代表者会議の党人事は党幹部らにとって自分の運命を左右する重大なものであり、人事の意見調整に手間取っている可能性があります。

 金正日は自分の死後ことなど考えていませんが、党幹部や中国はそんなわけには行きません。いま一つ張成沢などの党幹部達と金正日との間に、この代表者会議をめぐり十分な意思統ーがなされていないのではないか、との疑念も湧いてきます。

 いくらなんでも今回の党代表者会議は「ポスト金正日体制確立を目指すもの」とは言うことはできません。形式論理でいうなら、党規約に基づく党代表者会議の招集事態が「唯一指導体制』の否定です。このへんが金正日と幹部達の間で、どの程度の意思疎通があったのか、全く分かりません。いずれにしても鋭い矛盾が顕在化したことは間違いありません。

 

なぜ、同じ手口を見抜けないのか

佐藤 ところで金正日は、先月の「満州」訪問後、韓国に対して拿捕した漁船を「無償で」釈放し、秋夕を期して代償を求めず離散家族の再会を提案しました。これは、中国側が、金正日が望むような援助を約束しなかったためです。生かさず殺さずの中国の姿勢は変わっていない。だから金正日は、モノが取れそうな李明博政権を揺さぶるわけでしょうが、李明博大統領は情けなくも金正日に甘く見られたものです。

 

 李明博政権は、天安艦事件で46名もの犠牲者まで出たのに、金正日への制裁を実行しませんでした。逆に、中・朝が、欺瞞的な「6者協議」を口にすると、水害に対する人道援助と反応しています。

 平壌が(アメリカの傀儡と罵ってきた)ソウルに対して柔軟な態度を取るときは、アメリカとの接触が駄目なときだけです。

 今回の離散家族の再会提案などは、アメリカの断固たる姿勢でどうしようもない北側が、南北首脳会談に未練を持つ李明博大統領を引きずり込み、援助を引き出し、国連や国際的な制裁を無力化するための「撒き餌」です。彼らが数十年間使ってきた古典的戦術・手口そのものです。

 だから、こういうとき平壌側に呼応する行為は、(韓米)同盟関係を裏切る行為と言われても当然です。

 

全体主義と共産独裁を終らせなければ

 韓国の愛国保守勢力から見れば、この30年間、金正日は皮肉なことに「唯一独裁体制」で朝鮮労働党の機能を麻痺させました。だから金正日の死こそ、彼が築いた野蛮的暴圧体制と朝鮮労働党を解体して、奴隷状態の北住民を解放し、北の非核化を実現するまたと無いチャンスです。

 「朝鮮労働党」特権層の既得権や、失敗国家(北)を利用する中国共産党の覇権主義のため、100年間植民地の北韓の現状維持を認めるわけにはいきません。「党代表者会議」が開催されても、されなくても、失敗した封建世襲独裁、人権地獄、テロ基地などの悪と不義は終焉させねばなりません。

 

佐藤 繰り返し言及してきたことですが、民主党政権の間違った自虐史観などから早く目覚めて、東アジアの現状変更への動きに積極的に対応すべきです。日本の安全と繁栄のためにも、北の人民の解放の好機を逃してはなりません。それが拉致奪還と非核化に繋がるのです。何より政治家たちの自覚、メディアの現実認識の正常化が望まれます。

更新日:2022年6月24日