あの騒動はなにか…キムヒョンヒ来日(上)

対談 洪熒・佐藤勝巳

(2010. 7.26)

 

来日の目的不明

佐藤 キムヒョンヒ氏が来日(7月20~23日)しましたが、あのバカ騒ぎはなんですか。呆れてものが言えません。

 ソウルでは、アメリカの国務長官・国防長官が韓国のカウンターパートナーと2+2で哨戒艦撃沈問題を協議し、軍事境界線を4人で視察して金正日政権に圧力を加える行動をとっているときに、日本では前首相の軽井沢の別荘で、キムヒョンヒ氏と田口八重子氏の長男がエプロン姿で料理を作り、飯塚家と会食をしている。国際情勢への余りの認識のズレに、あいた口がふさがりませんでした。

 

 特別機まで使って何のために日本に呼んだのか、信じがたい騒ぎです。彼女は、ほぼ23年前に韓国に来ていますから、日・韓当局は拉致について色々な角度から聞いたはずです。決定的な新しい情報が出るはずがありません。日本政府の責任者である拉致担当大臣はその事実を知らないはずがありません。別の伏線があったのでしょうか。

 

佐藤 7月21日付読売新聞の社説はキム氏来日の目的を「国民に拉致事件への憤りと関心を持ってもらうため」と書いていましたが、これが事実なら、今回見られた秘密主義や贅沢ぶりは逆に国民の反感を買っただけです。民主党は口さえ開けば、国民の目線とか、生活第ーと言っていますが、キム氏をチャーター機で送迎し、ヘリコプターで観光させるのが国民の目線なのか。そもそもなぜ日本に呼ばなければならないのか。被害者家族がキム氏と食事をしたいなら、韓国に行って食事をすべきです。横田家が彼女に会いたいなら、自分たちのカネで韓国に会いに行けばよいのです。

 

家族会、救出運動“お前もか”

佐藤 拉致は、個人の尊厳と人権の問題ですが、日本国家にとっては主権が侵害されたことです。拉致解決は、犯された主権の回復、蹂躙(じゅうりん)された人権の復元です。ところが今度民主党政権がやったことは、キム氏とー部被害者家族との会食、面会というもので、親事実が出てきたわけでもありませんから、拉致救出に何の役にも立ちません。特に、犯された主権侵害を回復するという闘いとは無縁です。

 いまひとつ問題なのはこんな、とんでもないプログラムに被害者家族などー部の救出運動幹部が同調したことです。国民の目線で言うなら「家族会、救う会〝お前もか〟」ということです。全国の心ある国民が、救出運動に参加してきたのは、特定の家族救出のためではなく、国家の名誉を回復するための戦いが根底にあったからです。

 それをないがしろにして、あんなバカ騒ぎをしたのが民主党政権です。民主党とー緒になって国民を裏切ったのがー部家族会幹部と運動幹部です。

 

運動の質の低下

 家族の中には親が年をとった、生きているうちに会わせてやりたいと訴える人がいます。お気持は当然で分かりますが、あの悪魔の金正日を相手に、何人かの日本人拉致被害者のみを地獄から救出することが現実的に可能でしょうか。こんな要求の仕方でよいのでしょうか。法治そのものが存在しない北の2000万人以上の人間、核兵器で脅迫されている人間は拉致被害者家族以上に沢山います。 

 悪の体制を倒さなければ拉致の根本的解決は期待できません。その認識が家族会などの共通認識になっていたら、今回のようなおかしなことは起きなかったはずです。めぐみさんに会ったことがあるかどうかが、なぜ、そんなに重大なことなのですか。すでに分かっている二十数年前の事実がどうしてあんなに騒がれるのか、理解の仕様がありません。

 

佐藤 救出運動は、質として明白に後退しています。軽井沢の別荘で手料理などと中井大臣から提案があったら、国民の常識から言って受け入れられない。ヘリで空から日本観光、そんな非常識なこと同意できないと断ればよいのです。それに同意したのですから、中井大臣と同質ということが明らかになりました。

 

評価を下げたキムヒョンヒ

洪 さっき拉致事件への公憤と関心を持ってもらうという話がありましたが、今指摘があったように、逆の結果を招きました。私は、韓国当局に問題があると思います。 韓国当局は安全や警護という理由で、彼女の自由を事実上束縛してきました。何よりも自由社会でのまともな高等教育の機会を与えるべきでした。そうしたら、彼女は当然、より正常な人間関係や交流を通じて、もっと成長したはずです。そして自由開放社会での権利や責任を実践する日常を営めるようにすべきでした。それが出来ていたら、日本政府のこんな馬鹿げたスケジュールの招請には応じなかったかも知れません。

 彼女がなすべきことは、料理を作ることではなく、また、訊かれた事にばかり答えるのではなく、日本の拉致家族並びに日本社会に、彼女自身のことを、つまり、自分が平壌で大学に在学中、労働党から工作員になるように命じられ、親子の縁を切られ、「国家や首領」に拉致された体験を具体的に話すことです。

 内戦中の国々で、誘拐された子供たちが兵士として戦場へ駆り出されるように、北では聡明な青少年が工作員として教育され、他国の人々を拉致・誘拐してきて、彼らを工作員に仕立て上げ、外国人をさらってこさせるという「悪の世界」を彼女は暴くべきです。そうすることが拉致への義憤をかき立て、公憤の共有化を図ることになるのです。彼女はそれをしなかった。多くの人が彼女に失望したと思います。 

 

没主体的な中井大臣

佐藤 それにしても中井大臣の態度は誤りです。記者達が批判的質問をすると、「家族会、韓国側の要望によるもの」と回答していましたが、民主党政権は韓国当局と家族会の要望ならなんでも聞くのか。 常識に反することは相手が誰であろうと断るべきです。政権の主体性は何処にあるのか。没主体ということでは鳩山由紀夫氏と同じです。

 要するに金正日政権をめぐる米中の確執は、北朝鮮の覇権争いに収斂されてきています。管内閣はこの情勢を分かろうとしていない。だから、軽井沢の別荘で手料理を作って会食をすることで拉致に対する怒りや関心が高まるというような、信じがたいことをしでかすのです。それにしても家族らは10年以上も救出運動に係わって、何も学ぼうとしない怠惰な態度は批判から逃れることは出来ないと思います。 

 

他人の痛みを感じない家族会

佐藤 東京にいる幹部は、国民とー緒に運動していないから、経済不況の中で苦しんでいる国民の感情など分かりません。いや、知ろうともしていないのです。拉致奪還のために全国の活動家が炎天下で署名運動をしていることや。職のないものが不安に怯えていること、金正日の暴政下で人が大量に殺戮されていることをリアルに認識していたら、今回のようなことはできなかったはずです。

 そして自分の子どもが拉致されているのに、テレビカメラに向かって、いつもニコニコ笑って発言している横田滋氏の態度は、世の中の感覚とは著しくずれています。 テレビに出てくる他の家族からも、真剣さがほとんど伝わってきません。運動の質の低下は目を覆うばかりです。今回の事件は起こるべくして起きたということです。

 また、メディアが被害者家族を甘やかしたのが主要な原因ですが、いつの間にか勘違いをして、ー部の家族が、尊大な態度で国民に臨んでいます。国民の側にも嫉妬もあって、「あの人達は、拉致が解決したら困るのではないか」など公然と言い出しています。

 

自らの言動を矛盾と感じない民主党

 そもそも民主党政権が彼女を日本に呼んだのは、平壌側から見れば敵対行為です。キムヒョンヒは日本人拉致に対し、真相を語り貢献したことは周知の通りです。しかし、その彼女が評価を下げて帰りました。結局、こういう結果に一番得をしたのはキムジョンイル(金正日)と言えます。他方で民主党は、総聯所有の高等学校の学生の授業料を援助すると言っています。とんでもない矛盾です。なぜ、これが矛盾と彼らは感じないのでしょう。

 

佐藤 支離滅裂です。笑ってはおられないのですが、漫画ですね。中井大臣は「拉致のことは俺がー番詳しい」と公言しているようですが、このような思い上がった発言は本人および日本の利益を損ないます。慎むべきです。菅内閣の金正日政権に対する認識の度合いは、1990年の金丸訪朝団の水準を超えていません。

 この程度で「政治主導」といって政策を勝手に推進されたら、必ずや足をすくわれます。今回のバカ騒ぎはその始まりです。民主党政権の傲慢な体質は危険、非常に危険です。(つづく)

更新日:2022年6月24日