金正日訪中、野蛮と覇権主義の野合

対談・洪熒・佐藤勝巳

(2010. 5.25)

 

「非核化」と無関係な首脳会談

佐藤 金正日訪中(5月3~7日)について、その目的や結果などに関係者の関心が集まっていたと思いますが、両国とも韓国哨戒艦撃沈は大事件であるにも拘わらず、コメントでも一切触れませんでした。それどころか金正日は、北京から帰国して1週間も経たない5月12日、水爆製造に繋がる「核融合に成功した」旨を発表しています。

 この発表を見れば分かるように、北に対する中国の影響力には限界があるということであり、今回の首脳会談は北の非核化などとは無関係であった、ということです。

 印象的だったのは、金正日は今度の中国訪問中、意図的にカメラに自分を曝け出していたことです。これは、「天安艦」奇襲の犯人と指目される雰囲気を変えようとする金正日の演出が底意にあったのではないか、と私は見ています。

 

天安撃沈は「予告」どおり

 「天安艦」撃沈は、韓国だけでなく東アジアの安全保障上大問題です。中国がこれに対してどういう態度を取るのか。中国は「調査の推移を慎重に見守っていく」などと言っていますが、いまさら何を言っているのか、です。

 平壌側には、金正日が病気で倒れた(2008年8月)後から万事焦りが目立ちます。09年の「新年辞」から李明博政権に対して、盧武鉉政権などが北に約束した経済援助などを実行せよと要求し、「朝鮮人民軍総参謀本部」や統一戦線部のダミー組織、「祖国平和統一委員会」は、実行しなければ「(南・北間の)政治的・軍事的なすべての合意事項を無効にする」、「西海の北方限界線(NLL)に関する合意を破棄する」、「火と火、鉄と鉄がぶつかり合う戦争の一歩手前だ」(09年1月30日の「祖平統」声明)、「無慈悲な攻撃を加える」と言ってきたことは広く知られた事実です。そして偵察総局を作りました。金正日は自分が否定したはずの40年前の「対南事業総局」の武力冒険主義路線に回帰したのです。

 対南復讐の予告通り平壌側は、天安を撃沈しました。韓国の哨戒艦を攻撃したのが北でないとすれば、あの海域にもっとも近い中国が攻撃したのか、ということになります。天安撃沈事態もそうですが、中国はどういう基準からみても一貫して金正日をかばい続けています。韓国の哨戒艦を武力で撃沈した北を相手に6者協議を云々する中国の態度は言語道断であり、正常な韓国人なら反発して当然です。

 

中国の責任を問う

佐藤 金正日政権の原爆保有を阻止することが目的で「6者協議」が設けられたはずですが、その協議の過程で金正日は06年、09年の2回も核実験を強行しています。「5者」にとって、これほど明白な外交の敗北はありません。中国が仮にも6者協議の議長国と自任したいなら、金正日を抑えられなかった最大の責任は中国にあります。 しかし中国はそれに一言も触れていません。「天安」が撃沈され、韓国政府は中国に金正日を招請しないよう求めていたにも拘らず、無視して金正日の北京入りを認めました。日韓米はもっと厳しく中国に対処すべきです。

 

韓国の核保有抑止で一致

 ご指摘のように6者協議の目的は北の非核化であったのに、今回の中国側のコメントを見ていると、「朝鮮半島の非核化」と目的をすり替えています。韓半島の南には韓国はもちろん、アメリカの核もありませんから、朝・中の意図は北の原爆廃棄を棚に上げて、韓国の核抑止力を阻止することで「意見の一致」を見ることにあったということです。その意味でも今回の朝中首脳会談は、破廉恥で「犯罪的」な会談です。

 

佐藤 平壌側の発表にはないのですが、「朝鮮日報」(5月8日付)は、中国「新華社通信」(7日付)が「両国は毎回あるいは長期的に両国の内政・外交問題での重要問題や、国際・地域情勢、党・国家統治の経験など共通の問題について、深度ある意思疎通を図る必要がある」と要約して報じています。「内政・外交」「地域情勢、党・国家統治の経験」の「意思疎通」など信じがたい報道がありました。これは極めて注目すべきものです。

 

中国の内政干渉容認か

 中国は共産主義政権を樹立後、「互恵平等」「内政不干渉」が「外交」の基本だと唱えてきました。今紹介された中身はこれから露骨になると思いますが、中国側が韓半島の北を「保護国」乃至「植民地」のように管理すると闡明(せんめい)したも同然です。

 中国は北に対して随分前から「中国式の改革開放」をやれと言ってきました。誰も明確に指摘しなかったのですが、あれは歴とした内政干渉です。それを受け入れたら首領独裁体制が維持できなくなりますから、平壌は抵抗してきたのです。中国共産党の基本姿勢は中国と海洋勢力の間に、一種の緩衝地帯を置くことです。今回の新華社の報道は、その政策を一歩踏み込んで要求したのでしょう。もっとも中国側は、韓国に対して韓米同盟は東西冷戦の遺物だから破棄せよ、とまで言っています。

 

「核の綱渡りやめろ」

佐藤 歴史は繰り返している、という感じがします。中国が核実験したのは1964年ですが、中ソの対立が顕在化するのがこの年からです。それまでソ連は、社会主義圏の唯一核保有した盟主として君臨して来ました。中国が核を保有すると、社会主義圏内の力関係に変化が生じますし、西側の扱いも違ってきます。ソ連は面白くなかったはずです。

 これと同じことが今、中国と金正日政権との間に起きてきている、ということではないでしょうか。5月13日付中国共産党機関紙傘下の「環球時報」、国営新華社系の新聞「国際先駆導報」などが、前述の北の「核融合」発表に対し、「核の綱渡りをやめろ」(朝鮮日報5月14日)と厳しい批判をしていることがそれを裏付けています。中朝の核の「覇権争い」という側面と、中国が下手に締め上げると金正日政権を崩壊に追い込み、ポスト金正日の急変事態を自ら招きかねないので、そのリスクは避けたいという打算もあり、依然として朝・中の駆け引きが続いているのではないかと思われます。

 

核拡散の張本人は中国

 中国が独自の原爆開発に着手したのはご指摘の通り中ソ対立がきっかけですが、初の原爆実験は、ちょうど、東京オリンピック開催期間(1964年10月)中でした。日本をはじめ欧米への報復の意志表示という象徴的もあったと思います。結局、中国は原爆を背景に国連の常任理事国になりますが、その後の中国共産党の動きを見ますと、アジア、アフリカ、ラテンアメリカなどの第3世界の反米を応援し、イスラム過激派やポルポト派を援助し、北やパキスタンなどに核技術を提供します。中国共産党こそが核拡散の張本人です。

 教養ある人々の中の多くの人が鄧小平を称賛しますが、これはとんでもない間違いです。中国共産党のプロパガンダが創りだした鄧の顔は「改革開放」「市場経済」とソフトですが、彼の本当の顔は、「アメリカ帝国主義」の手足を縛るために、平壌やパキスタンやイスラム世界などに核技術を拡散するように命じ、天安門事態の時「民主化」の要求を武力鎮圧するように指令した共産主義者です。

 中国共産党指導部にとって、北に核技術を教え、彼らが原爆を保有しても北京に敵対する政権でなければ心配はありません。北の力を西側に向けさせればアメリカなどに対抗手段として都合がよく、もし北京に敵対するようになったら、1979年にベトナムにやったように武力で抑えればよい、と考えて世界戦略を行なってきたのです。だが、中国はアメリカの力の衰退気味や日本の無気力などを見ながら、いよいよ北を直接管理することにしたようです。

 

日韓が北の体制転換の決断を

佐藤 アメリカ国務省は金正日訪中で、北に「変化なし」と冷たい反応を示しています。「まず韓国哨戒艦『天安』沈没に関する真相を究明してから、6者協議再開論議を行なう」という態度は変わっていません。岡田克也外務大臣は、天安撃沈事件で「韓国の立場を支持し、必要な協力は惜しまない」と表明しました。

 一応、天安撃沈で韓国、日本、アメリカの足並みが揃ったわけですが、この3国の団結いかんで、中国の対応も変わります。 今まで繰り返し言ってきたことですが、北の体制を変えなければ同じことが果てしなく続くということです。何よりも韓国と日本が決断しなければ、情勢は変わらないことで意見の一致を勝ち取ることでしょう。

 中国は「建国」(1949年)して1年後、韓半島を侵略しました。韓半島の北から「スターリン主義の植民地」が消滅するのを阻止する目的でした。中国共産党は、又も崩壊しかかった史上最悪の「スターリン主義の変種」の野蛮を救うため、なり振りかまわずに覇権主義の馬脚を露わしていると言えます。野蛮をかばう勢力は野蛮です。悪を利用し悪と連帯する勢力はそのものが悪です。自ら悪や野蛮の保護者になる選択をした対象に対しては、その悪と野蛮性を矯正する対応が必要です。

 

*写真説明(上から):大連を訪問中の金正日、天安艦の切断面、韓国軍が見付けた天安を撃沈させた北韓産重魚雷CHT-02Dの破片、金正日と胡錦濤、中国の原爆実験(1964年10月)、「6.25南侵戦争」中の金日成(右)と彭徳懐(左)。

 

更新日:2022年6月24日