対談・北に「革命的大事変」が起きている

対談・洪熒・佐藤勝巳

(2010. 2.25)

 

佐藤 前回の対談(「自滅する金正日を助けるな」1月15日と20日の2回掲載)で、金正日政権が朝三暮四のように勤労者などの賃金を100倍に上げたことで、ハイパーインフレ(狂乱物価)になり、金正日政権と「市場勢力」との対立や矛盾が更に先鋭化する、と予測しました。情勢は予測を越えるスピードで進行しています。市場に頼らざるを得ない人民側が、金正日独裁者集団から「市場の復活」を〝一応〟なりとも勝ち取っているという事態が生まれてきているのです。

 

「革命的大事変」

 市場勢力と金正日集団との戦いについて前回も触れましたが、食うか食われるか、どちらかが相手を倒す妥協なき戦いとなってきています。金正日の命令で一旦閉鎖された市場が、2月1日頃から復活しました。「唯一指導体系」の神様・金正日の命令を撤回させたのは、北韓では従来誰も考えられない「革命的大事変」と呼ぶべき出来事です。さらに2月中旬頃には、中央から食糧売買を「取り締まってはならない」という〝秘密指令〟が出たという情報もありますから、金正日は市場(人民)の反発を確実に恐れているということです。

佐藤 「貨幣改革」実施後、責任者と言われている朴南基計画財政部長(大臣)の解任が北から伝わってきました。首相が各地の行政責任者を集め、「通貨改革」の混乱を謝罪するなど、これも従来全く考えられない事件で、驚きました。混乱がいかに深刻であったかということです。

洪 金正日は市場を閉鎖すると同時に、北朝鮮から川を渡って中国領に脱北する人間を射殺せよ、捕まえたら20年以上の懲役を科せという徹底的な弾圧に出たのですが、人民にしてみれば、紙幣は紙屑にされたうえ、市場を閉鎖されたのでは「餓死しろ」ということですから、取締りの末端の保安員(警察)に暴行を加えるなど、徹底した抵抗が全国で自然発生した模様です。前回の対談でも指摘しましたが、15年前の食糧危機の際、戦う術もなく多くの人民が餓死しました。だが今回は、その同じ轍は踏まない、という人民の側の明らかな覚醒や覚悟という変化があります。

 それともう一つの大きな変化は、現在、国境地帯の貿易では北朝鮮のウォンは通用しなくなった、と言われていることです。物価の暴騰が激しく、ウォンの価値が日々落ちるので、そんな紙幣を商人は受け取りません。したがって北の国内の取引でも、ウォンは通用しなくなっています。

 金正日は今回の「貨幣改革」で中国元など外貨の使用を禁止しました。だが、中国元を使用しなかったら生きてゆけないから、使用禁止も瞬時にして崩れるしかありません。

 

金正日の指示を拒否した市場勢力

佐藤 注目すべきことは、金正日という神様が出した命令が、どうして次々と覆されていくのかということです。この国に関心を持って50年余になりますが、人民が独裁者の命令に従わない、という事態の出来に本当に驚いています。

 当局と市場勢力が市場をめぐってどんな形で争っているのかという具体的な全貌は分かりませんが、市場で商売をしているおばさん(アジュモニ)たちが起ち上がっているのではないかと推定しています。90年代に未曾有の食糧危機を経験した彼女たちが市場で身につけたことは、市場原理に基づいて「需要と供給」によって価格を決定し、生存できる術を知ったことです。現に、何もしてくれなかった金正日とは関係なく、国民の70%が市場を通じて生きてきたのです。将軍様とは関係なく生きてきた、生きられる。だから、生きることを否定するものとは戦う、という彼女たちを国民が支援しているのではないか。

 これは金正日の政治哲学である「先軍政治」(最大の武力装置の軍を握っておれば何が起きても大丈夫)が、市場勢力に譲歩したことです。経済の実権を金正日政権から奪っただけではなく、弾圧を跳ね返して大きく一歩前進したというのが、現時点での政治的局面ではないか。

洪 平壌当局の譲歩と狼狽ぶりを見ていると、容易ならない事態が起きつつある。中央から地方の党や警察(保衛部)に対して市場弾圧を命じても、党も警察も実効的に動かないようです。今、指摘のあった国民の70%が市場に依存して生きているのですから、市場勢力の側に立って行動するものが出てきても不思議ではありません。これまでも末端の党機関や警察は、市場からの賄賂で生活してきているのですから。金正日が自分の暴圧機関を信頼できなくなりつつある重大な局面を迎えていると言えます。

 

改革開放は自滅への道

佐藤 金正日政権にとって、自力で経済を立て直すことは夢物語です。理論的には、共同農場を解体して個人請負制を導入すれば、食糧問題は短期間で解決できると思いますが、それをやったら金正日独裁体制は崩壊します。結局、自己否定は出来ないから、現体制を維持していく以外に彼らに選択肢はありません。

 問題は中国の動向です。金正日訪中を含め色々なことが取りざたされています。最近韓国のメディアは、北が中国から100億ドルの資金援助を得たと報道しました。韓国政府もアメリカ政府も「確認していない」と言っていますが、北朝鮮の現況では、金正日政権が中国に100億ドルを要請しても決しておかしくない情勢です。

洪 今、北韓内部で「変革派」(市場革命勢力)と「社会主義守旧派」(反革命派、金正日ら)が激しく戦っているとき、中国は守旧勢力の金正日を援助するのかどうか。今、中国は盛んに党幹部などを平壌に派遣していますが、これは金正日政権にどう対応すべきか、という判断材料の収集の側面がある、と思っています。 

 

制裁効果

佐藤 金正日政権が、なぜ突然ピンチに陥って、昨年末市場弾圧の挙に出たのかという理由のひとつは、北朝鮮をとりまく国際環境に変化があったことです。昨年金正日政権が行ったミサイル発射と核実験に対して、国連は制裁を科しました。日本は2006年10月から独自制裁を実施していましたが、オバマ、李明博両政権が昨年から日本に歩調を合わせてきました。何よりも韓国からのコメ、肥料などが止まったことです。加えてオバマ政権は昨年6月、武器を積んだ北の貨物船を第七艦隊で北に追い返した。昨年末には米国の情報力で、北の輸出武器を積んだ航空機がタイに強制着陸させ、臨検のうえ、武器を接収しています。中国側の消極的な姿勢にも拘らず、アメリカが北の海と空を封じたことが北の経済に大きなダメージを与えました。これらが北の物不足、インフレを促進したことは間違いありません。

洪 制裁の効果をより確実にしたのは、実は金正日の国内情報統制の能力を無力化させる住民の行動の変化、対応もあったと思います。つまり、金正日がいくら外からの情報を遮断しても、韓国内の脱北者たちが送るビラが金正日の失政、悪政を教えています。それから国境地域では携帯電話を通じて外部世界との意思疎通が半ば公然と行われるようになったことです。

 これは、配給制度が止まったこの15年あまり、北の内部からの生産や供給がほとんどないから自然と中国との貿易で生きるようになり、この過程で情報の流通がもはや止められなくなったということです。今や北では南韓のテレビドラマや歌などは時差なく伝えられると言われます。つまり、野蛮的独裁体制の維持のため決して人民に許さなかった(外の世界との水平的な)「比較能力」を人民側がいつの間にか持つようになったのが、金正日には致命的な打撃になりつつあると言えます。

 もっとも「労働新聞」用の紙も確保できない状況では思想学習のための宣伝物も作れないし、以前人民に許した唯一の比較基準―日帝植民地時代よりはましだという主張も、植民地時代の方が今より良かったと目覚めてしまった人民から非難されるようになっては、それこそ将軍の権威はなくなります。

 

核保有をアメリカに容認させる

 金正日たちの間では「通貨改革」前に、難局打開の議論があったと思います。 少なくとも市場を潰すのは目標実現の一構成要素で、目標はあくまでも核保有をアメリカに認めさせ、金正日独裁体制の延命を図るというものだったと思います。アメリカに、「停戦協定」を平和協定に変えようと言ってきているのは、その具体的現われです。彼らが李明博大統領にトップ会談を要請している主要な政治的狙いは、アメリカに核保有を容認させる環境整備の一貫という位置づけと見るべきです。

 次は、騙してコメや肥料を巻き上げようというものです。韓国政府がトウモロコシ1万トンの援助表明したのに対して、少ないと北が文句を言っていましたが、彼らは貰うしかありませんでした。1万トンは馬鹿に出来ません。トウモロコシを10キロの袋に分けると、何と100万袋です。

佐藤 凄い。

洪 50万トンのコメを援助することは、北の全人口に一人当たり10キロのコメ袋を2・5個ずつ以上配ることになるのです。支援問題を取扱う交渉当事者は物事を、特に物量のことを観念的数字として考えず、具体的に考えてもらわないと困ります。 

 

金正日相手にせず

佐藤 金正日政権は、最近、韓国西海上の軍事境界線近くの白翎島周辺を砲撃してきましたが、一見すると南北トップ会談推進と矛盾するかのように見えます。だが、そんなことはありません。「戦争するぞ」と李明博大統領を脅し、トップ会談に持ち込み、より多くのモノを手にしようという計算です。このヤクザまがいの「脅して取る」というやり方は金日成政権成立以来60年余、今日まで全く変わっていません。驚くほどワンパターンです。一番望ましい対応は相手にせず、ほうっておくことです。ただ、中国当局が金正日体制を、殺さず生かさずの戦略で利用するのが問題です。国連安保理の常任理事国という地位をもつ中国が、金正日政権に影響を与える危険なゲームをやっていると言わざるを得ません。

 しかし、前述のように金正日は歯牙にもかけなかった市場勢力に譲歩せざるを得ないほど張り子のトラ的側面が露呈し出しています。中国としてはこんな脆くなった平壌がどんどん取り扱い易くなると思うかも知れませんが、金正日体制が消滅した場合は中国もすべてを失いかねない危険を内包しています。

 ただ、金正日は最後の賭けに出る時、日本をターゲットにするでしょう。日本では金丸信の子分小沢一郎が民主党の実権を握っているので十分に取引可能と読んでいます。日本は金正日を相手にしないことです。ほうっておけば相手はどんどんハードルを下げざるを得ない状況にあるということを日本は肝に銘じておくことが重要です。

洪 金正日と「市場勢力」(人民や労働党の末端など)との葛藤や対決は、遠からず外の世界がどちら側の肩を持つかで決着がつくと思います。「金氏王朝」の終焉は、韓半島での「1945年体制」の変更に繋がります。中国は欺瞞的な「6者協議」だの何だのと言いながら、犯罪国家である「金氏王朝」の3代目を望むかも知れません。今まで中国(共産党)指導部が核兵器を持つ金正日政権を容認し支援してきた以上、韓国は中国が描く周辺国を餌食にするような卑劣なことは決して認められません。

 北は、日本の植民地35年の後は、中国やソ連による共産独裁体制の植民地でした。韓半島の北半分は実に100年間も植民地状態が続いています。共産主義のイデオロギーのため、野蛮的独裁者の野心や虚栄のため北の人民は徹底に搾取、収奪され人口の15%が餓死し、この瞬間も「国家」によって虐殺されています。これ以上惨めな植民地状態を許すわけにはいきません。北の未来は成功した国民国家の韓国に任せればいいと思います。

更新日:2022年6月24日