対談・自滅する金正日を助けるな(上)

洪熒・佐藤勝巳

(2010.1.15)

 

 佐藤 北朝鮮は昨年12月1日~6日までに、100対1の「貨幣改革」を断行しました。これは金正日政権の「終わりの始まり」ではないかと思われるほどの重大事件だと思います。今日は、この問題に焦点を合わせて検討してみたいと思います。

 

独裁者の「自己否定」

 

  北では金正日は神様です。あらゆることを神様の金正日が決定してきました。改革というのは、以前神様が決定したことに何か不都合が起きて、「改革」せざるを得なくなったからです。独裁者が不本意ながら自己否定をした、ということで異常事態です。</font></p><p><font size="3">    今度の異常事態の根源は、15年前(1995年)、それまで細々と続いていた「食糧配給」がついに停止・崩壊したことです。以降住民は餓死を免れるために闇市から物資を調達して生き延びてきました。闇市ですから値段は当然売り手と買い手の間で決まります。つまり15年前から、住民への物を供給する主体が、金正日から、国民の手に移り、値段・価格は「将軍」(金正日)が決めるのではなく、市場が決めるようになった。高位党幹部までもが市場に頼るようになり、この時点で市場「革命」が起きていたのです。</font></p><p><font size="3">    この事態に気がついた金正日らは、2002年党が市場を統制する、「経済管理改善措置」を講じましたが、供給能力をもたない金正日政権が市場を管理・統制できるはずがありません。案の定失敗しました。その間に市場は益々発展し、国民の70%は、市場に依存してたくましく生きてきたのが現状でした。

 

 佐藤 今度の「貨幣改革」は市場や「市場資本」を潰して、物の生産・価格・流通を金正日らが、市場から奪還するのが目的で、単なる貨幣の「交換」でなく、金正日らが住民に奪われた食糧などへの「支配権」を奪還しようとして、住民の財産を無償没収した「反革命」と見るべきものです。北は、拡大再生産能力が失われて久しいです。経済とは生産と消費のバランスで成り立つものですから、北は国家の態をなしていない。「反革命」が成功するためには外部から大量の援助があれば別ですが、成功する可能性は極めて低い。

 

「先軍政治」対「先金主義」の戦い

 

  佐藤 インフレが進んだ理由ですが、李明博政権になって、金大中・盧武鉉時代、南から北に援助された食糧、肥料、カネが止まったことです。それがボディーブローのように効き出していたところに、昨年(2009年)、ミサイルを発射、核実験をして国連安保理決議で厳しい制裁が北に科せられた。アメリカ、日本、韓国、中国(の制裁は兵器に限定されているようだが)は国連決議を実行しました。これらの諸要因が重なって北朝鮮は深刻な外貨不足に陥り、物不足が急速に進み、ハイパーインフレ(狂乱物価)になったのは間違いないと思います 。

 

  90年代の後半から人口の15%の餓死者を目の当たりにし、家族の解体を体験してきた北の住民は、徹底的に変りました。党も政府も餓死する自分の身内をまったく助けなかった、という悲惨な現実を見たのです。この苛酷な体験を通じて金正日などに依存しなくても生きて行けることを知ったことでした。

 当事者らはどう自覚しているか分りませんが、核ミサイルのみに執着する金正日の「先軍政治」への反発・反作用として、人民や市場勢力の自救・生存闘争が「先金主義」という生存術で対抗することとなり、この「先軍政治」対「先金主義」の本格的な衝突の第一幕が今度の「貨幣改革」と言えます。

 「貨幣改革」という名の「反革命」は、市場閉鎖や新興市場勢力の命にも等しい富を独裁権力が没収・強奪した行為です。もはや金正日と市場の間では、本質的に妥協出来ない、どちらかが死ぬことで決着がつく、暴圧と「生存権」との戦いになりました。

 

中国経済への従属化

 

 佐藤 いまお話のあった「市場資本」の正体ですが、北朝鮮には中国人華僑が約3万人居住しています。彼らは中国国籍ですから、中国政府(駐平壌中国大使館)の支配下にある外国人です。 北朝鮮国内の移動も、中朝国境の移動も朝鮮人より規制が少ない。外国人としてというより、物資供給者のとして朝鮮人ブローカーと組んで暴利を貪り、平壌の1等地に立派な邸宅を構え、朝鮮人の若い女性をはべらせ、北朝鮮国民の反感を買っているという話が10年ほど前から私の耳にも伝わって来ていました。

 

 今度の「改革」の一つに北朝鮮国内で「外貨の使用禁止」という項目があります。あれは中国元(げん)の使用禁止と解すべきです。華僑の所持している北朝鮮ウォンは、貨幣価値の切り替えの対象になりますが、中国元は対象外です。だから北朝鮮国内での中国元などの使用禁止の措置を取ったのだと思われます。北朝鮮ウォンはインフレで紙くず同然になったからデノミに踏み切ったのですが、中国に物を買いに行っても、中国の商人たちは紙くずをもらっても仕方ありませんから、中国元を要求します。中国華僑は元(げん)で物を買い、北朝鮮内で朝鮮人を使って全国に闇物資を販売し、暴利を手にしていました。

 

 元々違法行為ですから、朝鮮人を使って要路の人達に賄賂を握らせ、代償として「商売の自由」を獲得しました。また、華僑は北朝鮮内で手にしたウォンで、鉱物、水産物などの一次産品を安い値段で買って中国に輸出、中国元に換える。この15年間、このようにして公安機関のメンバーまでカネに汚染させ、金正日やその取巻きとは関係ないところで物の価格が決定され、地下の鉱物資源や流通が中国人の手に握られる、北朝鮮経済の中国経済への従属化という由々しき事態が、「通貨改革」の背後に 存在していたと見られます。金正日訪中が取り沙汰されているのは、金正日政権の弱体化と、中朝関係の複雑な事情が絡み合っているということです。

 

「先金主義」が勝利する

 

 佐藤 食糧や生活必需品を供給・配給もせず、闇市を力で押さえ込んでも、カネの力を知った住民を押さえ込むことは不可能です。第一いままで市場勢力から、賄賂を得て生活してきた末端役人が困ります。「先軍政治」対「先金主義」の戦いは長期的には後者が勝つに決まっています。

 

  北では外貨使用禁止と同時に、全国的に闇両替商たちを逮捕したそうですが、外国人が外貨を所持し使用するのは当たり前のことです。

 

 元を正せば、今日の北の経済が中国に隷属化したのは金正日自らが招いた自業自得、彼の失政の結果です。「唯一思想体系」なるものは、宇宙の中心が平壌にあるという世界観ですから、都合が悪くなれば、「同盟国」中国にでも逆らう。独裁や野蛮が駄目なのは自分を客観視出来ない、主観のみで生きているからです。結局、そういう無知な体制は滅びますが、金正日体制に今、それが現れてきたということです。

 

 金正日は、今まで自分に抵抗するものは如何なる生態系でも破壊、もしくは従わせることが出来る、と自信をもっていたはずです。経済原理を無視した結末がどうなるのか、彼自身が体験する日が近づいているということです。(続く)

更新日:2022年6月24日