韓国総選挙総括

左派にはレッドカード、ハンナラ党にはイエローカード

洪・ヒョン早稲田大学研究員に聞く

佐藤勝巳

(2008. 5. 9)

 

「主体思想派」は90%近く落選

佐藤 まず、4月9日の韓国総選挙の結果をお聞かせ下さい。

 韓国の国会の議席定数は299議席です。そのうちハンナラ党が153議席を獲得しました。李会昌氏の「自由先進党」が18議席。「パックネ(朴槿恵)連帯」が14議席です。そして無所属が25議席当選しましたが、この中の18議席が保守右派で、残りの7議席が左派系と言われます。

 それから左派は、「統合民主党」(旧ウリ党)が81 議席。次に、朝鮮労働党の南支部のような「民主労働党」が5議席。「創造韓国党」が3議席です。左派は合計89議席ですが、注目すべきことは、統合民主党から立候補した386(主体思想派)議員は90%近くが落選しました。

 李大統領やハンナラ党の戦略不在や未熟にも拘らず(もっと勝てたはずだが)、保守右派は憲法改正もできる3分の2以上の議席数を確保し、やっと政権が交替しました。

佐藤 おめでとうございます。ところで問題点はなかったのですか。

 

非民主的な候補者選定

 まず、民主主義の土台である選挙制度の、その基礎の候補者決定の過程で、全ての政党が選挙区の党員の意向を無視し、党本部が候補を決めました。つまり、政党が地域(小選挙区)候補の「公認」(韓国では「公薦」といいます)を、地域区の意思や状況を尊重せず、中央がほとんど一方的に決めたのです。民主主義的選挙制度では考えられないやり方を左・右の全ての政党がやったわけです。

佐藤 北の朝鮮労働党のやり方そのものですね。

 左派の統合民主党の場合は、左派的候補を多く公認しようとする理念的基準が作用したと言われますが、ハンナラ党の場合は、保守の理念はまったく考慮されず、選挙の後の党内の主導権を誰が握るかということばかりに終始したようです。そもそも、親北左翼政権を終息させるため戦ってきた愛国的保守人士は1人も公認されませんでした。

 ハンナラ党の「主流」となった李明博大統領の腹心たちは、左派10年間の蓄積された弊害の清算、左翼との戦いよりは、大統領に近い人達を多く当選させたいという、前近代的な思惑が、地区党(小選挙区)やパックネ勢力を抑え、候補者を中央で決定(公認)したのです。それに対してパックネ系が抵抗し、有力者を含めて多くの政治家が事実上党から追い出されたのです。

 韓国の選挙法は、党内の予備選挙に立候補して落ちた人は立候補できない、と規定していますが、地域区での予備選挙そのものがなかったから、離党して無所属、あるいは「パックネ連帯」から立候補できた名分もあったし、また当選できたのです。

 李明博大統領は、国会議員としての任期を2期も全うしていません。ハンナラ党の主流ではなく、つまり、(トル?)党内基盤も強くなかったから、大統領予備選の党内投票(去年の8月)ではパックネに負けました。世論調査の優位で候補になったのです。このような事情が、「党の李明博化」を狙った、無理な「公薦」の背景にあったとも言えます。

 

左派、良識派を排除

佐藤 左派はどんな事情が……。

 統合民主党の候補者「公薦(公認)審査委員長」は、バリバリの左派の弁護士(朴在承)でした。彼の主導で決めた候補者の殆どが、旧ウリ党出身者の左派ですが、有権者から見事に拒否され、落選しました。

 公認審査委員長の選考基準は、不正・汚職などに関係した人はもちろん、3回以上?当選の人は公認しない、ということでした。差別の中で一番いけないのが年齢の差別ですが、斬新な新人(左派)を抜擢するという名目で70歳以上は公認せず、世間に詳しい元老たちを追い出した。しかし、選挙民の目は厳しく、前述のように、親北左派は殆どが落選させられました。

 ハンナラ党も、統合民主党を意識し、またこれを奇貨として、70歳以上は駄目だということで、李明博を大統領に当選させた元老たちも公認の段階で排除されました。大統領の兄さんは例外的に公認されるとか矛盾したことを色々やりました。

佐藤 なるほど、そういう基準で切られた人達ですか。

 今度、ハンナラ党が10年ぶりに与党になったのですが、ベテラン議員を公認から外したため、与党だった経験、つまり、権力を握った経験のある議員が1割ぐらいしかいません。だから、国会の委員会の委員長ポストなどがハンナラ党に多く配分さてれも、経験者が少ないから、与党としての国政運営の不安材料となります。なぜ、こんなことになったかといえば、全てが自業自得だとしか言いようがありません。

佐藤 経験不足という点では、金大中大統領が実現したときと似たような現象ですよね。

 そうです。そして4年前、盧武鉉政権の下での総選挙では、初当選が60%を超え、今度も新人が56%ぐらいです。議会制度が定着して60年になるのに、7選は1人だけです。ですから国会議長や副議長の候補も乏しい。4回当選ぐらいで議長ということにもなりかねない。政治にも経験は絶対に必要です。未熟な国会運営が心配されます。これも公認の後遺症というべき現象ですね。

 

全政党、金正日政権に対して日和見

佐藤 ところで金正日政権は、李明博政権をどう見ていると思いますか。

 平壌側は、大統領選挙後も李明博やハンナラ党を攻撃せず、李会昌だけを非難しました。3月末になって李明博大統領への攻撃を始めます。今、韓国では「従金」という言葉が使われています。金正日に従う、忠誠を誓うという意味ですが、金正日政権が暫らく李明博大統領を攻撃しなかったのは、「従金」と妥協するのかどうかを見極めていたのでしょう。金正日は、対李明博工作が期待通りいかないから苛立ち、攻撃・脅迫に転じたと思います。

 また、今回の韓国の総選挙で憂慮すべき現象は、金正日政権が戦争をやるぞ、と脅しをかけてきているのに、どの政党も金正日政権のこの恫喝をどう捉え、どう対処するのかに対し沈黙したことです。

初めからイデオロギーや安全保障の問題に全く触れなかった。特に、ハンナラ党は、安全保障や「北核の問題」などは、選挙公報をはじめあらゆる場で一言も触れなかったのです。南北関係そのものに一切触れず逃げました。

 ところが有権者は、左傾化した韓国政治を正常に戻すということで、前述のように、親北左翼候補の殆どを落選させました。にも拘らず、ハンナラ党をはじめ全政党が、南北関係や安保に触れたら支持を失うという重大な判断ミスを犯したのです。

佐藤 国民の意識より政党の方が遅れていた、ということですね。

 そこが問題なのです。政治家が有権者より鈍い。

 

選挙民の素晴らしい選択

佐藤 金正日政権は、投票前に「戦争するぞ」と脅しをかけてきましたが、投票の結果は、左派完敗でした。これは画期的なことですよね。

 今までですと「緊張が高まると困る。もっと譲歩しなさい」、「戦争になったら大変だ」と、色々な意見が出てきましたが、今回はマスコミも含めて完全無視。かえって国民(有権者)は投票を通じて、親北勢力に対して完全にノーを突きつけた。平壌側の戦争ブラフが韓国に効かなくなった。これは注目すべき点です。

佐藤 韓国選挙民の北認識は変わった、ということですか。

 右傾化したということです。左派の統合民主党の候補を決めた主動者?は、前にも触れた左派の弁護士です。彼らは北べったりの人達を多く候補に推薦した。ところが国民は、殆ど落選させました。国民(有権者)の素晴らしい選択でした。

 もう一つ注目すべきことは、先ほど触れましたが、「保守系」までが、親北・反逆勢力による10年間の多くの弊害の清算を極力回避したことです。

 ところが、首都圏で立候補した「左派運動圏」出身の386世代(金正日に忠誠を誓う「従金勢力」)が、保守候補に完敗しました。

 金大中を支持してきた「隠れ」全羅道有権者が3分の1を占めている首都圏では、保守系が伝統的に弱かった選挙区でも、ハンナラ党が勝ちました。この意味は、イデオロギーで北と親しい候補を有権者が嫌った証拠だ、と言えます。

 昨年末の大統領選も、首都圏でハンナラ党が大量得票したことで勝負が決りました。この首都圏の有権者の意識の変化、右傾化は選挙を総括するうえで見落とせない点だと思います。

 

左派を拒否、李明博に警告

佐藤 さて、李明博政権は安心して韓国政治を任せることが出来るかどうか、ということですが、大丈夫ですか?

 ソウルでは、サッカーでいうと、国民は左派にはレットカードを出し、ハンナラ党にはイエローカードを出したと言っています。なぜ、イエローカードなのか。ハンナラ党は候補者の選考過程でパックネ系を候補から排除したことで大騒ぎになりましたが、その選考を主導した李明博大統領の側近は一人だけ当選し、李在五、李方鎬、朴亨埈など全部落選しました。選挙に付き物の異変ではありません。なぜなら、ハンナラ党の事務総長(李方鎬)が、北の手先である民主労働党の候補に負けたのです。事務総長がけしからんということで、明らかに、ハンナラ党支持層、特に、パックネ系の票が親北左翼候補に流れました。

 しかしこの10年間、与えられた権力で、人民を虐殺する金正日との連邦制を進めてきた左派の指導部ら――大統領候補だった鄭東泳、党代表や代表だった孫鶴圭、金槿泰や元総理韓明淑など――は全部落選しています。この選挙結果は、左派の失政だけでなく、李明博政権の「実権派」の傲慢・独走も牽制した結果で、国民は李明博政権に条件付きの勝利を与えたと言えます。

佐藤 信じがたい現象ですよね。韓国の有権者の選択は凄い。

 朝鮮日報の前主筆など真正保守は今度の総選挙を、ハンナラ党の勝利でなく、「有権者の勝利であり、大韓民国の勝利だ」と言っていますが、その通りだと思います。

 ただ、大統領選と今度の総選挙で親北左派勢力が退潮期に入ったとして、手放しで喜べるのかというと、そうはいかないと私は思います。

佐藤 詳しく解説して下さい。

 

「保守理念」を喪失したハンナラ党

 まず、与党のハンナラ党のアイデンティティに問題があります。即ち、「ハンナラ党は構造的に保守の政党ではない」ということです。この問題を系統的に見ますと、ご存じのように、韓国は朴正熙大統領の死後、全斗煥、盧泰愚、金泳三と大統領が続く過程で、保守与党が「民正党」、「民自党」、「新韓国党」、「ハンナラ党」と党名を変えながら浮沈してきました。が、この「保守」与党が、ソウル・オリンピック後に加速化する韓国社会の「左傾化」に対抗したのではなく、左傾化に順応する道を歩んできたのです。

 特に、金泳三が大統領になってからは、「民主化」が声高に叫ばれ、左派やチュサパ(主体思想派)までもが「民主化運動勢力」として保守執権党に迎え入れられ、大統領自身は「左派の宿主」になってしまった。

 総選挙のたびに、「若い血を輸血する」といって迎え入れた「政治新人」は次第に、いわゆる「中道」や、「中道左派」が多数を占めるようになった。「反共の理念」は、保守の政党の中でさえ古臭いものにされます。李会昌が金大中や盧武鉉に負けたのは、保守のアイデンティティを失ったからでした。要するに、保守の政党が「反共」以上の「保守の理念や価値」、「保守的諸政策」を創造できず、左派がリードする「左傾民族主義」や「ポピュリズム」に迎合、野合ばかりしてきたのです。

 総選挙の公認の基準や過程もだんだん左傾化し、例えば、4年前の総選挙の時も、「公薦(公認)審査委員長」は保守系でなく、民衆党出身者でした。「民衆党」(1990年結成)は、平壌の大物スパイらが隠れ蓑として利用したほどの左派政党ですが、ハンナラ党の中でも「反共保守」が異質分子のようにされて久しいし、その「異質的」な「反共保守」の議員たちは今度の選挙(公認過程で)を通じてほぼ一掃されたような結果になりました。

 

果てしなく水に近づく「水割り」

 例えとして適切かどうか分かりませんが、焼酎(ウィスキーでも)の水割りに、20年以上も水だけ(中道・左派)を加えると、水割りは果てしなく水に近くなります。

 李明博政権が「理念の時代は過ぎた」とか「実用主義」とか言っていますが、金正日政権に援助することが「実用的だ」と判断すれば援助することになります。野蛮な「金正日独裁と戦う」という理念を持たない政権を「保守」と呼ぶことは出来ません。もっとも自ら保守だとも言っていません。理念なき政党は、いつどう変わるか分かりません。

佐藤 日本社会党の事務局を党内最左派の「向坂派」が握っていましたが、ハンナラ党も似ていませんか。

 韓国でも十分知られていませんが、未だ、ハンナラ党国会議員の補佐官や秘書の30名ほどが「民主労働党」の党員、つまり朝鮮労働党員で、他にも党本部事務局などに、非党員(左派のシンパ)が100名はいるそうです。これ以上の説明はいらないでしょう。

佐藤 「水割り論理」凄い。示唆に富み、深みのある総選挙総括、有難うございました。

更新日:2022年6月24日