総選挙が終わって考えたこと

佐藤勝巳

(2013.1.4)

 

民主党から20000万票が逃げる

 政党や政治家を評価するのは総選挙である。民主党は、前回(2009年)の総選挙比例区で2984 万票を得たが、今回は963万票にとどまった。約2000万票を失い、230議席から4分の1以下の57議席に転落した。その劇的とも言うべき凋落ぶりは、部外者である私が見てもたじろぐほどであった。

 

勝利しても笑顔なき自民党

 今回民主党が味わった怖さを、実は自民党も3年半ほど前の総選挙(2009年8月)で経験している。そのせいか、勝利した自民党安倍晋三総裁はじめ幹部のほとんどに笑顔が見られなかったことが印象的だった。確かに議席は294議席に激増したが、比例の票は、前回1881 万票、今回1662万票と219万票も減らしている。これは従来、比例で自民党に投票していた有権者のかなりの部分が維新の会に流れたためと思われるが、いずれにしても自民党に信頼が戻っていないことは確かである。だから安倍氏は、繰り返し「自民党への信頼が戻っていない」と口にし、国会で首班指名されたときも笑顔を見せなかったのであろう。もっとも、この比例票で笑顔を作っていたら自民党に未来はない。議席を増やしても笑顔なき自民党に、かろうじて希望をつなぐことが出来る、とかすかに思った。

 

烏合の衆に政治は任せない

 民主党が得票と議席を激減させた理由は、政治を知らない素人が「政治主導」などと思い上がったことにある。半世紀以上にわたって開発してきたダムを、担当大臣が平気で中止など言い出したり、それぞれが勝手なことを口にして党内がまとまらなかったりと腰の定まらない政治に、有権者はこんな政党に政権を任せることが出来ないと思ったのだ。だから、2000万票が民主党から逃げたのだろう。

 

 私は、初めて投票する大学生などから、民主党は支持できないが「野田首相に投票したい、どうしたらよいか」という相談を受けた「千葉4区の住民でないと野田さんには投票できない」と答えると、「野田さんは誠実でいい人だと思う。残念…」と悔しがっていたが、このような有権者は、全国にかなりいたと推定される。

 

有権者の鋭い判断

 民主党の最初の首相鳩山由紀夫氏は、立候補どころか、政界から引退をせざるをえなかった「原発ゼロ」を叫んだ菅直人元首相は、小選挙区で敗北、比例で復活、かろうじて議席を手にした。野田氏は千葉4区で16万余票をとってトップ当選している。小選挙区の有権者は冷静かつ的確に民主党の元首相を評価していることが分かる。

 

 今ひとつ、消費税に対する有権者の態度である。民主、公明、自民、維新は消費税値上げに賛成。値上げに反対した政党は、みんなの党を除き、比例で全部が票を減らした。消費税値上げにもっとも反対したのは、小沢一郎氏率いる「国民の生活が第一」であったが、総選挙公示直前「日本未来の党」に合流して総選挙に臨んだ。同党は、比例で342万票、61議席から9議席に転落した。旧「国民の生活が第一」で当選したのは小沢一郎氏一人(前回13万4000票から今回7万8000票に半分近く票を減らした)。他は全滅した。有権者の目が最も厳しかったのは、小沢氏グループに対してだった。

 

有権者に拒否された小沢一郎氏

 小沢氏は、民主党にいた頃から「国民は消費税値上げに反対している」と「確信を持って」断言していた。だが選挙結果は、有権者が野田首相の訴え続けた国家財政破綻回避のための消費税値上げはやむなしと肯定したのだ、小沢氏は、完全に有権者の総意を読み違えていた。加えて氏は、終始民主党内部を引っ掻きまわし、政治資金でダーティーな影は拭えず、有権者はこのような「国民の生活が第一」を全滅させたのである。

 

 ただ、国家財政の破綻を回避するために、消費税値上げを肯定したことが「理性的」な投票だったとすれば、3年3ヵ月前になぜ民主党のダメさ加減を見抜くことが出来なかったのか。この部分は「民主党が駄目なら自民党があるさ」式の軽薄な投票も含まれている可能性がある。慎重に見極める必要がある。

 

注目すべき「維新」と「未来」の得票差

 しかし、有権者の意識を占う上で、日本維新の会と日本未来の党に対する有権者の投票動向は大変興味深いものがある。維新の会は、消費税値上げ賛成、未来は反対、原発では、維新は廃止に慎重、未来は10年で撤廃する、と対照的な政策を掲げた。維新は憲法改正を政策に掲げ、未来は憲法改正に触れなかった。比例の得票数は、維新が1226万票、未来が342万票で維新の4分の1の得票にとどまった。有権者は、公のために消費税値上げという自己負担を覚悟し、自国の領土を守るために改憲を掲げた自民党の比例と維新のそれを合わせると3000万票近くになる。憲法改正絶対反対を唱えている共産党、社民党の比例票は両党合わせて、511万票で、改憲派の6分の1である。

 

 これは第2次世界大戦後の「平和と民主主義」教育の中から生まれた利己主義と、昨今の中国の尖閣諸島への侵略行為に直面して「平和憲法」からの脱却が必要と考え出した有権者の意識の変化なのか。極めて注目すべき投票傾向である。

 

国難を乗り切れる野田氏

 次に、野田佳彦という政治家の評価である。氏は「社会保障と税の一体改革は、誰が政権を取っても避けて通れない問題だ」と繰り返し、全国会議員に協力を要請し続けた。ところが、与党民主党内に消費税値上げに反対する議員が小沢一郎氏を先頭に100名ほどいた。野田氏は、背後から弾が飛んでくる中で、目の前には自民・公明など参議院で多数を持つ野党に対処しながら、「社会保障と税の一体化」関連7法案を国会で通した。

 

 こういうときは、外の敵と戦うエネルギーは20%、内部の矛盾と闘うのに使うエネルギーは80%である。野田氏は物凄いストレスに耐えぬいて、小沢一郎氏ら50名近くを切って3党合意にこぎつけた。当時、野田氏の壮絶な戦い振りを観ながら、ようやく国難を乗り切れる素質を持った政治家が現れて来た、と注目した。野田氏が不運だったのは、防衛大臣に象徴される民主党議員の質があまりにも劣悪すぎたことだった。

 

 政治の世界で政策が重要なのはあたり前で、それと同じ程度に人間の質が大切である。鳩山由紀夫氏と野田佳彦氏を比較したとき、前者は普天間の米軍基地移設問題で思いつき答弁を繰り返し、沖縄県民、米国をはじめあらゆる人びとから不信を買った。野田氏はお国のため(社会保障と税の一体化改革)に傷だらけになって政権の座を去った。だが、多くの有権者は、誰が偽物で誰が本物か見抜いている。いつの日か必ずや野田佳彦氏を政治の表舞台に登場させるであろう。

 

漸く根付きだした民主主義

 他方、小沢一郎氏は一人になった。7月の参議院選挙で、小沢氏と組む政党はいないと思う。参議院選でも間違いなく議席を減らすだろう。有権者が賢明になれば政治家も賢くならざるを得ないのだ。現在の選挙制度と有権者の意識水準は、安倍自民党政権に笑顔がないように、次の総選挙で仮に民主党が勝利しても、はしゃぐことも思い上がることも出来なくなる。有権者と政党の間に、癒着ではなく、鋭い緊張関係が定着し出したようだ。この地に民主主義が漸く根付きだす兆しが見えて来た総選挙の中身であったと私は考えている。

更新日:2022年6月24日