ミサイル発射は黙殺せよ

佐藤勝巳

(2012.12.18)

 

北に対する最大の制裁は無視

 北は、12月12日午前ミサイルを発射した。本ネットは「現代コリア」と銘打っているので、即日取り上げるべきだと思ったが、マスメディアの慌てふためいた報道振りを見て、普段の自分の考えと違うのでどうしても気が進まなかった。

 

 北朝鮮に対する最大の制裁は、核やミサイルを実験したとき完全に「無視」することにあるのだが、どうしてもそのことを日本のマスメディアは理解できないようである。今回のように、ミサイル発射映像をテレビなどで繰り返し放映し、入れ代わり立ち代わり専門家が解説をすることが、もっとも彼らを喜ばせることなのだ。北がすかさず金正恩第一書記がミサイル発射を命令している映像を配信して来たことがそれを裏付けている。

 

 周辺国や関係国が全く無視したら、何の役にも立たない国連議長声明やわが国政府の抗議声明などより、何百倍も何千倍も効果がある。なぜそう断言できるかといえば「人に褒められることにことのほか自尊心が満たされる」という政治文化、遺伝子を持っていることを歴史が証明しているからだ。金日成執権中の1966年頃からだったと記憶するが、国営「朝鮮中央通信」の冒頭記事は、諸外国の元首級が金日成に贈った賛辞と贈り物の詳細で毎号埋まっており、ニュースはその次なのだ。

 

 勿論、金日成に対する賛辞や贈り物は、出先の北朝鮮大使館員が組織したものである。今回も日本にいる工作員から、ミサイル発射の映像をNHKは何回、民放が何回放送し、専門家は「侮りがたい技術の向上と脅威に慄いていた」と報告していると思う。韓国からも同質の報告が上げられたと推定される。金正恩とその取り巻きが「ざまを見ろ」と祝杯を挙げたに違いない。

 

 だれも相手にしなければ孤立し、逆に不安に脅えるのに、北朝鮮の政治文化を踏まえない報道は、こと志と違って、金正恩体制応援をやっている、ということを知って欲しい。

 

ミサイル発射は緊張する国内事情

 ミサイル発射の理由について私は、対外的な理由は2次的なことで、北朝鮮国内事情によるものが第一と見ている。金正恩体制が出来た直後の今年の4月、大国になった(強盛大国)ことを内外に誇示するために打ち上げたミサイルはものの見事に失敗、メンツ丸潰れになった。丁度その頃、李英浩総参謀長をはじめ金永春、金正覚、禹東測、軍幹部が次々と姿を消しているときであった。

 

 今一つ、注目された事件は、先軍政治を掲げていた金正日は、闇ルートで外貨を稼ぐ特権を軍に認めていたが、この特権を軍から奪い、労働党(39号室)に移譲した(朝鮮日報11月19日付)ことである。軍幹部の首のすげ変えに加えて、軍の資金源を断った。軍の特権を奪う代わりに、党が軍に食糧や被服を供与したという報道はない。4月のミサイル発射失敗は、金正恩体制内の金敬姫、張成沢、崔龍海(3人組)対軍幹部の確執(矛盾)と無関係であったとは考えにくい。

 

 そこに「金正恩氏、官邸などに装甲車100台配備」(朝鮮日報12月6日付)という報道が出てきた。事実なら、そうしなければならない不穏な事態が北の軍内部に起きているということだ。これは金日成・金正日時代になかった大変な事態である。裏の取りようがないから、今少し経過を見なければならないが、今回、ミサイル発射を失敗したら、3人組はどうなっていたか。最近判明したことは、軍の事実上のトップ崔龍海が次帥から大将に降格されていることが判明した。北内部は尋常でない緊張状態にあることが分かる。

 

3人組を支える中国

 しかし、金敬姫、張成沢、崔龍海の3人組は、軍内の人脈はゼロに近いはずだ。軍の地位を剥奪された将軍はいつでも武力を動かせる人脈を持っている。その人たちを丸腰の3人組が首を切るという不可解な事態が進行している。その謎は、3人組の背後に中国がついていると考えれば解ける。私は、全く偶然のことから、金正日が死亡してから、中国の工作員4200人余が北朝鮮に入り、各方面に対してトラブルが拡大しないよう工作活動を続けている事実を知ることが出来た。

 

 なぜ中国がこんなことをするのかは、本欄で繰り返し書いてきたように、対アメリカや日本・韓国との関係で、安全保障上北朝鮮の存在が必要なのである。仮に、北朝鮮が混乱に陥り収拾がつかなくなる状況に陥ったら、中国は武力介入も選択肢に入れている、と私は見ている。

 

 そうでなかったら、丸腰の3人組が、軍の幹部の首を切り、特権を剥奪出来るはずがない。しかし、どこの国にも「青年将校」はいる。金正恩は襲撃されると思っているから、装甲車を配備しているのだ。

 

警戒を強める周辺国

 大統領選挙真っ最中の韓国国民にとって、太陽政策などいくらやっても、哨戒艦は撃沈するし、大砲を韓国に撃ち込んで来ることを体験で知っている。今回のミサイル発射で保守派に動揺が起こるとは考え難い。

 

 だが、日本には「話し合い神話」が根強くあるところだ。しかし今年1年で、竹島、尖閣、ミサイル実験と厳しい現実に直面した。「話し合い」という主張が救いようのない観念論であることが露呈した。それを主張していた社民党などは議席を減らし、自民党の加藤紘一氏は落選した。逆に自民党安倍晋三総裁の北朝鮮や中国に対する原則的な態度、憲法改正を掲げた自民党と「日本維新の会」が議席を増やした。また、選挙民は消費税反対、原発反対の「日本未来の党」に厳しい反応を示した。有権者の現状認識の変化の現れなのか、注目してゆきたい。

 

協議で核ミサイルの解決なし

 さて、オバマ政権はこのミサイル発射で、ようやく北朝鮮・中国の正体を認識できたのではないのか。オバマ政権の4年間は結局、北の核やミサイルを抑止できなかっただけではなく、促進させただけだった。前のブッシュ共和党政権8年も同じであった。日韓も北朝鮮にしてやられたという点では同罪である。何が6者協議か。協議が聞いて呆れる。

 

 他国のことはともかく、今回の日本のミサイル報道を見ていて、ほとんどの報道機関は、ミサイルの能力や技術的な面を云々するだけだった。ミサイルとは核弾頭を運搬する兵器であり、その核弾頭は当然日本にも向けられているのだ。日本の安全をどう保障するのか緊急な課題であるという観点が、どの報道からもすっぽり抜け落ちていた。

 

慌てることはない

 自分たちの頭上で核爆弾が破裂してから、「北朝鮮怪しからん」などと言っても手遅れなのだ。核兵器を抑止するには、相互抑止しか手がないことを6者協議がわれわれに教えてくれた貴重な教訓である。

 

 ミサイル、ミサイルと大騒ぎしているが、あの発射台は巡航ミサイルの通常火薬弾1発で吹き飛んでしまう。発射台がなければ発射できない代物だ。わが国は当面、最小限度、巡航ミサイルを所有すれば、北朝鮮のミサイルを怖がることはない。アメリカ第七艦隊には合計2000発以上の巡航ミサイル(イージス艦には240発の巡航ミサイルが搭載)が搭載されている。重要なことは日米の信頼関係を取り戻すことである。

更新日:2022年6月24日