私の総括・拉致はなぜ解決しないのか

佐藤勝巳

(2012.11.14)

 

 

 拉致被害者救出の目途すら立たないまま、いたずらに時が流れている。なぜなのだろう。やはりこれは重大な問題である。私なりに解決しない理由を考えてみたい。

 

制裁が発動された理由

 2006年7月5日小泉純一郎政権末期に、北朝鮮は日本海に向けてミサイルを発射した。日本政府はこの実験に抗議し、同年7月15日に、北の貨客船万景峰号(9672トン乗客350名)の入港禁止をふくむいくつかの経済制裁を科した。

 

 制裁が発動されてから、現在6年が経過している。その間北は、2回核実験し、核保有を憲法にまで書き加え、核保有国になったことを内外に誇示している。ミサイル実験も数回行っている。北が核やミサイルの実験を繰り返すたびに、日本政府はヒト、モノ、カネなどに対し制裁を強化した。

 

 しかし、制裁理由に拉致が加えられたことはない。北朝鮮の非核化実現のための6者協議(アメリカ、韓国、中国、北朝鮮、ロシア、日本)や、日朝の2国間交渉の中で、日本政府は拉致解決を繰り返し北に求めてきているから、事実上制裁理由にふくまれていると理解してよいと思う。

 

 私は、橋本龍太郎政権の頃から北に対し“援助ではなく制裁を科すべきである”と雑誌や講演で主張してきた1人である。これまで自民党政権は、北にモノを与えることで日朝交渉の場につかせ、アジアの平和と安定をはかるという思い込み(当時、加藤紘一自民党幹事長の主張)で対応してきたが、延べ約150万トンのコメをただ取りされただけで、北を交渉のテーブルにつかせることができなかった。こうした過去の反省に立って自民党政権は、制裁措置の強化へと政策を転換したのであった。

 

報復の核開発

 北に対する制裁措置を常々主張していた私にとって、2008年7月に救う会会長を退いてからも、その効果について無関心ではいられなかった。日本が2006年7月に制裁を科したとき、北を支持する知人の在日朝鮮人から言い合わせたように、「かつての支配者に報復するために核開発をやっているのに、その報復相手国らの制裁に反発することがあっても核開発を中止するはずがない。逆効果だと思う」という意見が寄せられて来た。そのときは半信半疑で聞いていたが、近ごろ、彼らの言っていた報復説が無視できない要因の一つではないかと思うようになった。

 

中国の危機感

 もう一つは、中国の北朝鮮政策の変化である。2006年北が核実験したとき、中国は国連の制裁決議に賛成した。ところが、2010年3月26日韓国哨戒艦「天安」を北が撃沈したことに対して中国は、北を批判するのではなく、米国、韓国、日本に対して慎重に対処するよう牽制し、事実上北擁護にまわった。

 

 このときが、中国の北に対する政策変換点だったと私は思っている。その理由は、「天安」撃沈は、金正日政権の劣化によって暴発の可能性が高まり、崩壊の危機が迫ってきたからと捉えた可能性が高い。なにより冒険主義は戦争につながる。そうなると朝中友好協力相互援助条約2条の参戦条項で、中国が米韓と交戦することになる。今の中国にその選択肢はない。

 

 そう分析する根拠は、「天安」撃沈で米韓の大規模な軍事合同演習が日本海などで実施されている同年3月26日に、金正日が訪中して首脳会談に臨んだ。その中身を中国の国営「新華社通信」(4月7日付)が「両国は毎回あるいは長期的に両国の内政・外交問題での重要問題や、国際・地域情勢、党・国家統治の経験など共通の問題について、深度ある意思疎通を図る必要がある」と報じたことにある。「内政・外交」「地域情勢、党・国家統治の経験」の「意思疎通」など、誰が見てもこれは中国の北朝鮮に対する露骨な干渉だ。勿論、北朝鮮の公式メディアは一切報じなかった。だが、新華社通信の中身は、金正日政権が不安定に陥っているという北京の危機感の反映であり、逆に金正日に戦争やるぞと脅されている姿でもある。

 

中国社会帝国主義の「核心的利益」

 金正日は北京から帰国するや、「濃縮ウラン」を生産していることを公にし、北京を激怒させた。そして多分北京との意思疎通なしに、同年11月23日、延坪島を攻撃したのである。この朝中の関係は、利用被利用――北朝鮮に対する中国の強者の恫喝、北朝鮮の中国に対する「弱者の脅迫」――という、まるで組織暴力団の縄張り争いをほうふつさせる虚々実々の駆け引きであり、魑魅魍魎の世界である。

 

 この視点から、日本の北に対する経済制裁は朝中にどう映っているかを考えてみる。日本の制裁でピンチに陥ることを一番回避したいのは北の政権である。中国にとって北政権の動揺・崩壊は、何より東アジアにおける中国共産党の覇権の失墜につながる。北が崩壊すれば、中国国内の少数民族は、北京弱し、とみて共産党政権への造反を広げる可能性が高まる。つまり、北政権の動揺は中国共産党の基盤をゆるがすことになるのだ。「中国社会帝国主義」にとって北は「核心的利益」なのである。

 

 だから日朝貿易で減少した分を、中朝貿易がカバーしているのだ。それは貿易統計の数字を見ればわかる。日本の北に対する経済制裁が、当面、効果を発揮しないのはこのような背景があるからだ。恥ずかしい話であるが、制裁が発動されたとき私にはこのような認識は皆無であった。

 

経済制裁は北の核を抑止

 だが、日本の経済制裁が実は彼らの「核心的利益」を直撃していることが分かる。日本の日朝関係者の一部から、政治家・安倍晋三、石原慎太郎、西村慎吾は北制裁を主張してきたが、拉致は解決しなかったではないか。北と話し合いで拉致を解決しろ、という批判があるが、話し合いに出てこないのは北であって、日本ではない。このような見当はずれの批判は有害である。

 

 拉致は解決しなかったが、小泉純一郎首相(当時)と金正日が合意した「ピョンヤン宣言」通り国交を樹立していたら、日本から北の独裁政権に少なくとも2兆円のカネが流れ、独裁政権は、今頃、核弾道ミサイルを手にしていたことであろう。そうなったら、日本・韓国をはじめ東アジアの平和と安定は重大な危機に見舞われたはずだ。前述の3人の政治家をはじめ、救う会・家族会を中心とする広範な国民の救出運動はそれを阻止したことで、金正恩体制を窮地に追い込んでいる。わが国と東アジアの平和と安定という点で評価されても、批判される筋合いのものではない。

 

対北朝鮮政策にぶれなし

 小泉訪朝以来、拉致の被害者家族が帰国するとき(2004年5月)12万5000トンのコメを北に「援助」したが、拉致が解決しない限り日朝交渉には応じないと安倍内閣が決定して以来、国民の税金は1銭も北朝鮮に渡さなかった。それだけではなく、対北貿易も全面的に禁止した。人の往来にも規制を加えた。首相は安倍晋三、福田赳夫、麻生太郎、鳩山由紀夫、菅直人、野田佳彦と6人変わったが、拉致を日朝交渉の入り口で解決するという政府方針は変更されていない。

 

 なぜ政府方針がぶれなかったかと言えば、上記の3名の政治家は言うまでもなく、拉致議連、救う会、ブルーリボンの会、家族会、各種マスメディア、そして無数の国民が救出運動に参加して上記の方針を支持しているからだ。この事実は誰も否定できないだろう。

 

北情報はゼロに等しい

 次に拉致が解決できないでいる理由は、ほかならぬ日本政府の無政府的仕組みにある。拉致解決に決定的に重要なのは情報である。その情報は山のようにあると私は推定している。現在、北朝鮮関係の情報を常時収集している政府機関は、外務省、内閣府・内閣情報調査室、国家公安委員会指導下にある警察庁、法務省傘下の公安調査庁、防衛省、国土交通省傘下の海上保安庁などである。

 

 これらの機関で収集された情報を、首相官邸に報告する法的な義務はない。従って、収集された情報は、各省庁に蓄積された(眠っている)ままだ。各省庁の担当官は2年か3年で別な部署に変わっていくので、絶えず新人が情報収集を行うから、系統性もない。また、関係省庁が拉致に関する情報を持ち寄って検討する機会など、公式にも非公式にも存在しない。この分野でとんでもない無駄使いが行われているのである。

 

情報分析官もいない

 仮に、情報を検討する機会があったとしても、目の前にある情報の価値を判断する能力を身につけるためには、人によって違いがあるが、同じ分野で最低10年、いや20年は必要であろう。情報収集の本質は信頼関係の構築である。5年や10年で、北と信頼関係が出来るなどありえない。仮に情報があっても分析できる人がいないのだ。だから拉致は解決しないのである。

 

 拉致担当大臣に就任した民主党の複数の政治家や、家族会の一部幹部の「俺が拉致に一番詳しい」と公言しているという話が伝わっている。それが事実なら、情報収集及び分析は、そんな簡単なものでも甘いものでもないと認識すべきである。断片的情報や情報ブローカーの類に不自由しないこの世界をそんなに甘く見ていたら、必ずカネを詐取されると断言してよい。

 

 拉致解決の近道は、情報機関を持たない国家を急ぎ克服することにある。かつて私は情報機関設置の必要性を、橋本龍太郎、小渕恵三両首相に直接訴えた。安倍晋三氏世代の指導者たちにも機会あるたびに述べてきた。だが、いま伝えられている話は、「張成沢に通じるルートはないか」というような前のめりの話ばかりで、情報機関設立の話をする雰囲気すらない。多分、尖閣諸島をめぐる中国に対する情報収集の問題でも同じことが起きていると思う。

 

日米関係はこれでよいのか

 もう一つ、見逃すことが出来ないのは、アメリカの北朝鮮政策との調整である。アメリカの関心は、北に核を放棄させ、拡散を防止するという一点に尽きる。日本は、拉致と安保、国交樹立に伴う請求権問題、それをめぐる韓国、中国との摩擦など複雑多岐にわたっている。核ミサイルをめぐる安保問題は、アメリカと容易に歩調を合わせることが可能であるが、それ以外の懸案では、日本は自主性を持たなければ国益を守れない。

 

 安倍晋三内閣が成立したのが、2006年9月26日。北が核実験したのは翌月の10月9日である。アメリカのブッシュ政権は、安倍政権成立1年前の2005年9月、マカオのバンコ・デルタ・アジアが北朝鮮のマネーロンダリングに加担していたとして、アメリカの金融機関との取引を停止した。これは北朝鮮に大きなダメージを与えると同時に、国際金融機関は一斉に北との取引を控え、さらに北はダメージを受けた。

 

 ところが、北が核実験を行い、中間選挙で共和党が敗北すると、ブッシュ政権はいきなり圧力から対話に軸足を移していったのである。

 

 安倍政権は、ブッシュ政権の圧力政策に歩調を合わせ、総聯に対する特権を認めない法の適正適用など進めていたのだが、ブッシュ政権の戦術転換で、2階に上げられて梯子をはずされた形となった。この場合、首相官邸は、国内の誰に対してアメリカとの政策調整を指示したのか、しなかったのか。外から見ている限り政策決定のプロセスが全く見えなかった。

 

 ただ、同じ時期に6者協議の中で、北に重油を支援することを決定したが、日本政府は拉致の未解決を理由に北への油支援を拒否した。この決定は拉致対策本部が決めたのであるが、これは日本外交の自己主張という意味で特筆大書すべき決定であったと言える。

 

無責任な外交

 また2008年10月、アメリカは北朝鮮に対するテロ支援国家指定を解除した。そのとき日米間で事前にどんな調整が行われ、ブッシュ政権の主張を日本がどんな理由で容認したのか、全く見えなかった。テロ支援国家指定を解除した翌年5月、金正日政権は、アメリカ、日本などをあざ笑うかのように核実験を強行した。

 

 こんな外交的失敗をやっても、日本はアメリカの責任を問題にした形跡はなかった。アメリカは、北のミサイルが届かないからどうでもよいのかもしれない。だが、日本はそうは行かない。それなのに、首相官邸や外務省が6者協議を総括・反省したなどという話は寡聞にして聞かない。この国の無責任さは本当に何だろう。

 

軽蔑される拉致解決要請

 大体、情報機関のない国家など先進国と言いがたい。拉致についての情報はあっても上述のごとく活用できる体制にないから、ゼロに等しいのだ。アメリカは天文学的予算を使って情報を収集している。そのアメリカから見れば、日本は本当に拉致を解決する意思があるのか、と疑問がもたれるのは避けられない。

 

 そうであるのに日本の歴代首相は、アメリカとの首脳会談に臨むたびに拉致解決への協力要請を繰り返している。要請される方は、自国民が拉致されて数十年間も自力で救出できないまま他国に協力を求めるトップを軽蔑していることだろう。中国や北朝鮮は与しやすしと侮っているであろう。

 

拉致は戦いなくして解決なし

 政府と家族会・救う会は、国内でやるべきことをやらないで、機会さえあれば訪米し、アメリカ関係筋に協力を要請している。主客が転倒しているところに拉致が解決できないでいる大きな要因があると私は見ている。本気で救出しようとする強固な意志が薄いのだ。

 

 では、拉致救出運動はこれからどうすればよいのか。私がこれまで繰り返し書いてきた「集団的自衛権の容認と非核3原則の放棄」を目的とする超党派の実行委員会を組織し、国民運動を全国に巻き起こす戦線の一翼を拉致救出運動は担うのだ。

 

 この運動は、国の安全をいかにして守るかという思想戦でもあり、真剣勝負の戦いである。この戦いが全国に広がれば、誰よりも関心を持つのがワシントンと北京である。この戦いなくして、日米安保の強化など寝言に等しいと思っている。

 

 こうしたとき始めてワシントンと北京は、北に対して、日本人拉致被害者を釈放せよと、圧力を加えるであろう。安保も拉致もこのようにして戦い取るものではないのか。この気迫の欠如こそが最大の問題なのだ。

更新日:2022年6月24日