拉致救出運動の抜本的検討を

佐藤勝巳

(2012.10.5)

 

拉致担当大臣7人目

 救う会と家族会は「今年こそ拉致解決の年」と高らかに宣言し、署名運動を展開してきた。しかし、外務省ルートの交渉も遅々として進んでいないばかりか、今回の野田内閣の改造で、家族会などが期待を寄せていた松原仁拉致担当大臣も変わってしまった。民主党政権になってから、拉致担当大臣はこれで7人目だという。この一事を見ても拉致の解決は困難である。

 

 それにしても、6年前に私たちが望んで行なった“北への経済制裁”が何の成果もあげないのは何故なのか。このことについて、私は会長を退いてからも考えつづけてきた(このことについて私の考えを本欄9月21日付「安倍晋三衆議院議員殿」で書いているので参照してほしい)その結果、改めて「北に経済制裁を科しても、なぜ拉致が解決しないのか」を、救う会・家族会だけではなくマスコミを含めた国民が真正面から議論しなければならない緊急の課題となっていると考えるようになった。

 

家族会の路線対立

 家族会の横田滋前代表は「北と話し合って」拉致被害者を取り返すべきだと主張している。それに対して、増元照明事務局長は、「より一層の制裁強化」で北を困らせ、交渉の席に着かせるべきだと言っている。救出の方法をめぐって、被害者家族内に分裂が起きていることは関係者の間では公然の秘密である。

 

 横田滋氏が主張するように、日本から交渉したいと言えば、北は必ず「いくら出すか」と「話し合い料」を要求してくる。その場合、横田氏は私財を出すのか、家族会のカンパから出すのか、また税金から支出すべきだというのか言及していないのでわからないが、もし税金からというのであれば、そのような金の使い方に対して、国民(国会)の了解が必要となる。

 

 これまで北は、国連から2回ミサイルと核問題で制裁を科せられている。北に核を放棄させるために6者協議がもうけられ、延々と協議を重ねてきた。しかしその過程で、5者は北に騙されて2回も核実験を行使されている。そして現在も、北は核ミサイルの開発をつづけていることは間違いない。このような状況下で、横田氏の主観的意図はどうあれ、北に対し制裁を解除するとか、いわんやカネやモノを与えることは、金正恩体制を助け、わが国並びにアジアの平和と安全を脅かすことになるので、国民の同意を得ることは難しい。

 

制裁してもなぜ拉致は解決しないのか

 一方、増元事務局長に代表される制裁強化論であるが、これまでの日本の制裁では北が困らないから、「送金の全面禁止」並びに在日朝鮮人の「再入国許可の全面停止」の二つを実施すれば困って交渉に応じてくるというものだ。そう分析する根拠を示してほしいが、それ以前に、今まで制裁してきたにもかかわらず、なぜ、1人の拉致被害者も救出出来ないできたのかを、救出に協力している国民に対して運動体は説明する責任がある。

 

 私は、北が拉致の釈放に応じないのは、日本の制裁によって打撃を受けていないからだと見ている。それは日本が制裁し、金正恩体制が崩壊したら、朝鮮半島における中国帝国主義の「核心的利益」が揺らぐと考えているからだ。だから北を生かさず殺さずに支えているのだ。拉致解決を妨害しているのは中国だ。その中国に日本企業2万2000社が進出、事実上人質になって、ユニクロなど一部企業は「尖閣諸島は中国のもの」などと売国的言辞を弄している。拉致解決はこのような東アジアの複雑な政治情勢の中で解決しなければならないのである。北に、送金停止など経済制裁を加えても拉致救出に効果がない。現に解決出来ないでいるではいか。 

 

 救う会は、救出運動に関する少なくない情報をメールで発信しているが、このニュースを見ている限り、制裁が発動され6年が経過し、拉致被害者の1人も奪還できないでいるのに増元氏をはじめ制裁強化論者の誰からも、「なぜ救出できないのか」という自問が発せられていない。運動の指導部は、十年一日のごとく同じ分析と運動方針を語っている。救出という目的が達成どころか、めども立っていないのに総括も反省もない救出運動ってなんだろう。

 

運動のマンネリ化

 いま、家族会・救う会にとって必要なことは、情勢分析と運動方針の抜本的検討であると私は考えている。救う会島田副会長は、東京集会での訪米報告の中で「今回は西岡会長がいなかったので、飲む機会が少なかった」という趣旨の発言をしていたが、事実ならひどい話だ。よしんばそう発言したとしても、それを無批判に原稿にし、校正・校閲でチェックすることなくニュースとして配信することは、運動現場にまるで緊張感がなく、弛緩していることが手に取るように分かる。運動も政治と同じく“結果責任が問われる”ことを関係者は厳しく認識すべきではないのか。

 

安全保障政策の抜本的見直し

 北は、拉致問題は存在しないと主張している。北のこの虚言をどう打破して、拉致被害者を奪還するのかが、今、日本人に問われているのだろう。安倍晋三さん宛の手紙にも書いたが、私は尖閣の問題も含め、わが国の安全保障政策を抜本的‐‐具体的には「非核3原則」の放棄‐‐に見直す必要があると思っている。道のりは厳しいが、そういう状況に世間が変化したとき、また、北の内部矛盾で金正恩体制が崩壊したとき、初めて拉致奪還が具体的日程に上ってくると私は見ている。

更新日:2022年6月24日