後味悪いW杯北予戦

佐藤勝巳

(2011.11.24)

 

仮にも「現代コリア」と銘打っている本欄が、11月15日ピョンヤンで行なわれた日本と北朝鮮のサッカーの試合(金日成競技場で、ワールドカップ<W杯>ブラジル大会アジア3次予選C組第5戦)について、気が進まないからと言って触れない訳にはいかないので書くことにした。

 

17位と124位の試合

最近の国際サッカー連盟(FIFA)ランキング17位でW杯出場が決まっていた日本にとって、124位の北朝鮮との試合は、格下との「消化試合」であった。

 

ところが、北朝鮮ではあらゆることが「金正日将軍様」への「忠誠心」が「最大唯一の規範」であるから、日本的価値観から見れば、許し難い非礼の連続であった。5万人入場できる競技場に、日本人サポーター150人しか入場を許さず、その上横断幕やサポーターの着衣まで制限し、報道関係者は51名の 取材申請に対して許可したのは僅か10名。相変らず国際ルールなど関係なく、太陽はピョンヤンを中心に回っているという喜劇以外の何ものでもない態度を取った。日本国民の「反北朝鮮」感情を煽っただけの愚かな措置であったが、それにしてもひど過ぎる。

 

無礼千万な態度

特に、日本の国歌吹奏は、北朝鮮聴衆の怒号でかき消された。これは北朝鮮聴衆の自発的意志でできることではないとはいえ、無礼千万な話である。独裁国家では独裁者の歓心を買うために、独裁者の家臣たちがああした茶番劇を組織するのは今に始まったことではない。仮に家臣の一人が国際的に孤立を考慮して異議を唱えた瞬間、その家臣は地位を失ってしまうどころか「反逆者」として政治犯強制収容所送りとなり政治生命どころか、物理的に命が絶たれる。外国がどう見るかなどという発想は生まれようがないのだ。

 

北朝鮮は今年の9月、東京でサッカーの試合を行なった。日本政府は、金正日が日本人拉致を認めたのにもかかわらず、金正日政権支持の総聯のサポーターの入場規制をしなかった。スタンドには北朝鮮の大きな国旗がたなびいていた。北朝鮮国歌吹奏に抗議の声を上げなければならないのは拉致被害国日本だ。しかし抗議の声は上がらなかった。加害者金正日が逆に被害国日本のサッカー選手に抗議の声を浴びせて来たのだ。こんなゆがんだ関係を、野田佳彦政権、そして日本人サポーターは変だと思わないのだろうか。

 

疑惑の敗北

試合の結果は、世界ランキング17位の日本が、同124位の北朝鮮に0―1で敗れた。これは、われわれ素人が見ても立派な「事件」である。日本はW杯出場が確定していたとはいえ、ベンチは最後まで主力選手をピッチに送らなかった。私の記憶に誤りがなければ、過去に、日本がピョンヤンでサッカーの試合で勝ったか、引き分けたとき、日本選手の乗ったバスが群集に取り囲まれて動けなくなり、緊張が高まったことがあった。だから今回は、下手に主力選手を試合に出場させて怪我でもさせられたら取り返しがつかないというベンチの配慮が働いたのだろうか。試合中小競り合いが起きたとき、キャプテンの長谷部選手が飛んできて日本選手を止めた。あのような動きはかつて見た記憶がない。

 

日本が0―1で敗れたことに、後味の悪さを消すことが出来ない。さらに、日本代表チームが敗れて帰国しても、いつもこと細かくサッカーなどを解説しているNHKは、日本の敗北要因や、あの北朝鮮の異常さについて解説どころか、言及もしなかった。しかし17位が、124位に敗れたのは立派なニュースではないのか。「触らぬ神にたたりなし」と言わぬばかりに、私の知る限り主要メディアは言うまでもなく、夕刊紙もスポーツ紙も、せいぜいサポーターがカメラやパソコンを空港で回収された(出国時に返還)程度のことを書いただけで、「独裁政治」との関連については口をつぐんで、話題にも文字にもしなかった。これは事なかれ主義の悪しき日本「文化」の反映なのか。それともメディアが自己規制したのだとすると、言論の自由を標榜するメディアの対応としては“自殺行為”ではないか。

 

絵に描いた差別の再生産

日本人は、本当に相手を見下したときは何も言わず、心の底では軽蔑する。今回のように、明らかに変なのに変だと言わないときこそ差別が再生産される。北朝鮮が上記のように日本国歌に対して非礼の態度を取ったことは、歴史や文化の違いで説明すべきことではないはずだ。国際サッカー連盟の主催する試合であんな非常識な態度を取れば、国際的常識から鑑みても差別されても仕方がないことを北朝鮮は知るべきである。独裁政治の唯我独尊が差別を招き孤立していく、という絵に描いたような事象であった。

 

0―1で日本に「勝利」した北朝鮮のサッカー関係者だけが、懲罰から免れ面目をほどこした。もし日本が勝っていたら、過去の例から見て、彼らは炭鉱などで重労働に追いやられていたはずだ。赤い5万の波(ウエーブ)が、あやつり人形のように動く背景には、暴力による地位剥奪の脅威があるからだ。赤い大波の中で独り座っていたら、翌日からその人の姿を見ることができなくなる。日本では到底想像できない恐怖の世界が赤いウエーブの背後にあるからだ。

 

かつて自民党副総裁金丸信氏は同じスタジアムで5万人のマスゲームを見せられ、「素晴らしい」と興奮して賞賛していたが、いくらなんでも日本の報道陣が、金丸氏と同じレベルとは思いたくない。それにしても日本のメディアは、なぜあんな馬鹿げた金正日独裁政権を批判しないのか。

 

金正日が北のサッカーを駄目にした

北朝鮮は元々サッカーの強い国であった。ワールドカップでは1966年イングランド大会で初出場、強豪イタリアを1-0で破り、ベスト8に入っている。このイタリア戦での衝撃的な勝利は、W杯史上最大の番狂わせとして記憶に残っている。

 

それなのに今は世界ランキング124位だ。そうなった最大の理由は、経済の逼迫(核開発をはじめとして再生産に無関係な主体思想塔など「記念碑的大建造物」への資金投下、金日成・金正日一族の贅沢)によって国際試合が困難となってしまったことにある。加えて何も知らない独裁者が思いつきで、サッカーの練習方法を「指導」したことも、ランキング降下の大きな理由だ。監督コーチは、金正日と違うことを言ったら地位を追われてしまうので、選手個人に合った指導を放棄し独裁者の画一指導に従ってきた(北朝鮮を取材した日本人スポーツライターの話)。

 

北朝鮮の例のグランドが人工芝になったのも、金正日の誕生日である2月16日に向けてサッカーの全国決勝戦をピョンヤンで行なうためだ。寒いときにも試合が出来るため(北朝鮮の政治に詳しい在日朝鮮人)という個人神格の現われの一つなのである。北朝鮮のサッカーを駄目にしたのは金正日なのだ。

 

日本のメディアに望む

日本の若い記者たちに、こんな理解し難い政権に関心を持て、などといっても無理なのかも知れない。だが、この“狂気“の政権が持っている核ミサイルの照準は、日本と韓国に合っていることを忘れてはならない。やっぱりマスメディアには、この政権とまともに向き合って戦ってもらわないと困るのはこちであることを知って欲しい。

更新日:2022年6月24日