TPP反対騒動に見られる“危機”

佐藤勝巳

(2011.11.18)

 

今、太平洋に面する諸国間の貿易全品目の関税をなくす交渉と協定(以下TPPと呼ぶ)に参入するかどうか、また、10年以内に関税撤廃に同意する協定に署名するかどうかをめぐって、国会を始めとし議論は二分されている。

 

JAのナンセンスな反対理由

TPP交渉に参加することに強く反対しているのは全国農業協同組合中央会(以下JAと呼ぶ)であるが、彼らの反対理由は、輸入されるコメの税金が撤廃されれば、消費者は安いコメを買って、日本の農業は立ちゆかなくなる。だから反対というものである。言葉を替えていうなら、日本の農家を潰さないために、消費者は高いコメを買って我慢せよ、という主張に他ならない。誰だって何を言っているのか、といぶかる。

 

JA北海道の幹部の1人はテレビカメラに向かって、TPPに加盟したらわが国の「食糧安保が保たれない」旨の発言をしていたが、いかがなものか。米軍の使用している兵器のハイテク部品の50%以上は日本製であることは、広く知られた事実だ。この農協幹部の論理をもってすれば、アメリカはTPPが発足すれば、米国の軍事力は日本に握られることになり、アメリカの安全保障は保たれないことになる。JA幹部が心配しているように、仮にアメリカがわが国にコメの輸出を止めてきたら、日本はハイテク部品の輸出を止めればよいだけのことだ。所詮、国際政治はその時々の力関係によって決まるものである。JA幹部達は被害意識の虜となって、負け犬のように戦う姿勢が微塵も感じられない。

 

農家が、自分たちの生活の向上を求め、働いてきたことは疑いの余地はない。しかし、農家の後を継ぐ人が目立って減少し、TPPに加盟しなくとも日本の農業は国際競争力に耐えることが出来なくなっていて破綻寸前であることは、農業に携わっている人たちの間では公然の秘密である。だから、一部の農民が自主努力を始め出していたのだ

 

農民と自民党の癒着農政

そもそも現代農業はなぜ衰退してきたのか。その理由は沢山あるが、誤解を恐れずに言うなら、農民と自民党の癒着農政に主要な原因があったと思っている。農民の票が欲しい自民党は、“補助金”という名の税金で米価を支え続けることで、農民を国際競争にさらさないように庇護してきた。額に汗をせず、カネを手にした農民は国際競争に立ち向かう自主努力を放棄、無気力で怠惰な農業に安住してきた。その自民党は政権の座から追われた。今、JA参加の農民が今までの付けを払うときが来たのである。いさぎよく覚悟を決めるべきである。

 

資本主義制度につきまとう矛盾は避け難いが、それに替わる制度がない現在、「競争原理」を回避することは出来ない。20年ほど前から、われわれの周辺に、大手コンビニ、スーパーなどが進出、八百屋、魚屋などの個人商店が、さらに地域の商店街が、やむを得ずシャッターを下ろしたことは記憶に新しい。実はこのような変化は古い時代からあったことで特に新しいことではない。補助金に安住し自立の意思のない農民は耕地から遠慮なく立ち去るべきである。

 

JAの甘さ

JAが要求しているのは、かつての社会主義国と同じ農業の国家保護なのだ。競争原理を否定した社会主義国はアッという間に歴史上から姿を消した。農民達は本当にTPP加盟で、飯が食えなくなると思っているのなら、野田佳彦首相がハワイに行く前に実力を使ってでも阻止するはずだ。「交渉に参加する」という首相発言で運動は鎮まった。表向きいろいろ言っているが、本音は、条件闘争を有利にするための環境づくり、最終的には誰かが面倒を見てくれるだろう、という救いようのない没主体的な甘えが見え見えの「闘争」であった。他方、JA主催の集会に少なくない政治家が鉢巻をしめて参加していた。政治家は票の欲しさに農民をこの期に及んでなお、地獄への案内人として立ち振る舞っていた。その姿は醜悪であり、不幸なことであるが現代日本を象徴する「騒動」と見えた。

 

農民は勤勉であった

私の親は貧しい自作農であった。小学校6年生まで農業の手伝いをし、当時の農村の空気はわずかに知っている。とにかく農民はよく働いた。村で遊んでいる人は誰もいなかった。それが普通だと思っていた。この勤勉さが消滅してしまったら別だが、国民に真面目に働く意思がある限り、農業も国も消滅しないと確信している。

今わが国の危険な兆候は、働かないで楽な生活を求める風潮が蔓延していることである。今財政危機に見舞われているギリシャ、イタリア、スペイン、ポルトガルに共通していることは、日本に比較して働かないことである。楽をするために国債(借金)を乱発、償還できなくなり、信用不安を引き起こしたのだ。日本の累積赤字国債1000兆円は、上記の国々と構造は全く同じなのである。JAこそが、上記の国にもっとも近いところにいる、かつての国鉄労働組合と同じだと私の目には写っている。

 

世界恐慌にどう対処するのか

国民的論議が必要なのは、TPPに加入するかどうか以上に、ヨーロッパで起きている金融不安、あって欲しくないが恐ろしい世界恐慌に向かって、刻一刻と進んでいる事態にどう対処するのかである。しかし、国会では全く論議されていない。こんな問題意識で日本が大丈夫であろうはずがない。

 

世界恐慌の被害は、東日本大震災の比ではない。株が暴落し、金融機関が倒産すれば、預金支払不能となり、失業者が巷に溢れる。必要な社会保障費も、不景気のためモノが売れなくなり税収が激減し、保障しようにも財源がないから保障できなくなる。餓死者も出るだろうし、殺人、強盗などが横行して社会秩序は乱れる。こうした現象が世界規模で起きるのを“世界恐慌”と呼ぶのであるが、国会論議を見ている限り、国会議員の誰もそのことへの危機感が見られない。危機感のないことこそが、当面の“恐慌”である。

更新日:2022年6月24日