大国のエゴが脱北者を生む

佐藤勝巳

(2011. 9.22)

 

悲惨な生活からの脱出

9月13日北朝鮮から脱北者9人が能登半島輪島市沖に流れついた。北朝鮮から日本への脱出は、1987年1月11人、2007年6月4人、そして今回、ということで特に珍しいことではない。だが、海上保安庁の警備艇に横付けされた北朝鮮のボロボロの「漁船」の映像を見ながら、日本人は北朝鮮国民の生活が如何に悲惨なものかを改めて知ったに違いない。

 

あんなボロで小さな舟で、台風にあったら確実に生きることは出来ない。文字通り命がけ、よく無事に日本に漂着できたと思う。子供や女性がいるところをみると、漁師の家族の脱北と考えてよいだろう。普通、海を知っているものはこんな危険な賭けはしない。いかに生活に追い詰められているかの反映である。

 

東北地震の津波で陸に打ち上げられた船舶を見れば分かるように、全ての船に塗装が施されている。あれは鉄製・木製を問わず錆び止や木材腐食防止のためのペンキで、船体保善には欠かせない措置なのだ。たとえ湾内漁業専用の漁船であっても塗装しない漁船など、日本では見たことも聞いたこともない。

 

北朝鮮は1966年を最後に政府の公式統計発表をしなくなった。従って、数字からあの国を分析することは困難である。だが、9人が乗ってきたボロボロの「漁船」は、「先軍政治」という名の「核武装」と、金正日一族とその取り巻きの贅沢維持のために、国民を徹底的に搾取・収奪、慢性的飢餓に追いやり、やむなく故郷を捨てざるを得ない状況にあることをわれわれに改めて教えてくれた。この漁船こそが現時点の北朝鮮の貧困さ、生産力の劣悪さを立証して余りある証拠品なのである。

 

燃料節約ルート

脱北「漁船」の責任者が、北朝鮮の沿岸から少し沖に出ると、対馬海流などの潮に乗って数日間で日本の青森、秋田、山形、新潟、富山、石川、福井各県の沿岸に流れつくことを知っていたのかどうかはわからない。1960年代までの北朝鮮の工作船は、今と違ってスピードがなく、工作員の日本への上陸地点も上記の地域に限定されていた。

1962 年9月24日新潟県村上市で一人の北朝鮮工作員が逮捕された。「金泰煥スパイ事件」であるがが、私はこの事件に興味をもって調べたことがあり、北朝鮮と日本の距離は直線で750キロ程度なのに、日本に来るのになぜ数日もかかるのか、と疑問を持った。分かったことは、北朝鮮の沖に出ればエンジンを使わなくとも日本に流れつく事実を知った。北朝鮮から潮の流れを利用すれば、燃料は片道分で日本海を往復できる。金日成父子政権は、前近代的野蛮な手法で日本海を汚し、拉致などわが国の主権を侵害し続けて来たのである。

 

切ったらオカラが出る総聯幹部

それにしても、北朝鮮を「地上の楽園」と宣伝し、在日同胞を北に「帰国」させた「許宗万総聯副議長はじめ幹部活動家たちは、あの“漁船”を見てなにも感じないのだろうか」と元総聯活動家に電話で感想を求めたら、「彼らには血が通っていない。切れば血ではなくオカラが出てくる。感じるはずがない」と、激しい怒りの声が返ってきた。

私がかつて新潟で帰国船を通じ、北朝鮮赤十字代表団と直接接触をしたのが1960年から、51年前である。その頃よりも「地上の楽園」での国民生活の水準は後退していると思われる。金正日政権は来年「強盛大国」の実現を目指してきたが、実現不可能である。中国もロシアも見るべき援助を約束した気配がないからだ。閉塞状況は日本だけではない。

 

妥協が戦争を誘発する

北の指導部は核ミサイルを開発、核保有を宣言(2005年2月10日)している。昨年は、韓国の哨戒艦を撃沈、韓国の領土を公然と砲撃してきた。しかし、李明博政権は報復できないでいる。韓国の同盟国アメリカも、韓米相互防衛条約を発動せず、軍事演習でお茶を濁した。金正日は、日本人、韓国人などを拉致し、「拉致は解決済み」とうそぶいている。やりたい放題、言いたい放題である。

他方、アメリカ、韓国、日本などは、金正日独裁政権と妥協(モノを与えれば)すれば、戦争は回避出来ると間違った認識に立って締結されたのが1994年ジュネーブ合意である。以来この誤った考えは修正されていない。戦争も辞さずの決意が戦争を抑止するのであって、逆に妥協は戦争を誘発するのだ。現実に、6者協議開催中に2回(2006年と2009年)も核実験されているではないか。それなのに中国は、恥じることなく、また6者協議再開を口にしだしている。

 

中国の犯罪的役割

一番問題なのは中国政府の態度である。胡錦濤政権は、北の核実験や韓国への侵略に対して、日本、韓国、米国、国連などが北に制裁を科し、金正日政権がピンチに立たされると (裏で韓国、北朝鮮に圧力を加え)南北会談を促進させ、6者協議再開を画策して、金正日が倒れないように支え続けている。その結果、北朝鮮国民に奴隷状態をさらに強いて、韓国へ既に2万人以上が脱出せざるを得ない情況に手を貸し続けている。韓国の安保、日本の拉致解決にとって中国政府は、常に敵対的立場を取り続けているのだ。

各国の国益優先の政策が続く限り、脱北者は後を絶たず、拉致解決は望むべくもない。また、情勢の根本的転換も期待できず、ただ金正日独裁政権の核ミサイルの精度が高まるのみだ。東アジア情勢は日本に似て、完全に閉塞状況に陥っている。しかし、北アフリカのように、何が起こるか分からないのが昨今の国際情勢であり、東アジアも例外ではない。

 

6者協議参加なら、説明責任

民主党野田住彦政権は6者協議に参加するのかどうか。仮に参加するのであれば、参加の理由は何か。そこで何を主張するのか、国民に説明する責任がある。是非聞かせていただきたい。

更新日:2022年6月24日