大連で、仰天動地の1万人デモ

佐藤勝巳

(2011. 8.22)

 

中国・大連市で1万人の大デモ

共産主義国家中国、遼寧省第2の都市、人口320万人の大連市で、8月14日化学工場の移転を求める市民1万2000人が市役所前で抗議デモを行い、一部は警察と衝突した (8月16日付産経新聞) という。

抗議デモは「環境破壊に不安を持つ市民がインターネットで誘い合い抗議デモを決行」したものだ(前掲記事)という。共産主義国家の共産党は、絶対の権限を持っており、大規模のデモが起こること事態考えられないのに、同市の最高権力者共産党書記が、市民の要求を受け入れ、工場移転を認めたというのだ。従来はありえない仰天動地の事件が勃発したのである。

大連市の党委員会は、遼寧省党委員会の指導下にあり、大連市にある行政機関、教育機関、企業、工場、青年、婦人団体、町内会などにある党組織のすべてを統括指導している強大な存在である。また、共産党から見て好ましくない人物は、党員から党組織に報告され、秘密警察などによって活動を封殺して来た。ノーベル平和賞受賞者が拘禁されたのは記憶に新しいことである。北朝鮮では「政治犯強制収容所」に拘束、すべての自由を奪う。これが「プロレタリア独裁」の実態である。党が機能している限り、共産党に対する抗議デモなど起こるはずがないのに、1万2000のデモが流血の惨事を伴わないで、起きたのだ。

 

 

党機能のマヒ

従って、大連市で一番偉いのは、市長でも化学工場の責任者でもなく、人民委員会の委員長でもない。彼らを指導している共産党大連市委員会の書記である。だから書記が工場の移転を市民に約束したのである。

目を疑ったのは、1万2000人の非党員(市民)が共産党に抗議するという情報が、事前に党に入っていなかったか、入っていても党員が上部に報告しなかったのか、いずれかであろう。

どちらにしても党組織が機能しなかったことは間違いない。高速鉄道事故に関連し、共産党中央は中国メディアに対して「鉄道事故を報道するな」と命令したのに、命令に従わなかったことを8月8日付本欄「危機に立つ中国共産党」で紹介したが、今回の大連のデモ事件は、中国共産党の機能マヒがより鮮明な形で浮き彫りになった刮目(かつもく)すべき「大事件」と言える。

 

ネツトの威力

鉄道事故、今回の大連デモで、共産党の機能を麻痺させたのはインターネットであった。大連の公害は動画で報道されたのかどうか分からないが、鉄道事故はインターネット上に事故現場の動画が流され、動かすことの出来ない証拠が報道されたのである。共産党は慌てふためいて報道禁止命令を出した。新聞、テレビは抑えることができたとしても、一度インターネットに流されれば、ニュースは全世界を駆けめぐり、隠蔽は不可能であり、事実そうなった。

上述の記事によれば、大連でもインターネットの影響は大きい。1万2000名の工場移転要求の集会とデモに、泣く子も黙る共産党をギブアップさせた姿は驚きの一言に尽きる。今まで共産党は、人を通じ情報をコントロールし、人民を弾圧してきた。だが、インターネットや携帯電話は、従来の古典的な統治(弾圧)を一瞬にして吹き飛ばしてしまった感がある。抗議の理由は大連と異なるが、ネットや携帯電話のショートメールを使って、当局への抗議参加が、6月から8月中旬だけで、四川省成都市、広東省広州市、貴州省安順市など都市に広がりを見せだしている(前掲)。このように中国ではインターネットなどが、共産党独裁政治体制に打撃を与えつつある。これは極めて注目される変化と言えよう。

 

高度成長の“鬼子“

誠に皮肉な話である。パソコンや携帯電話を駆使できる人達の多くは、中国共産党が改革開放政策を採用、それを推進するために教育をした人達で、いわば「高度成長」が創り出した“鬼子”である。共産党から見れば党を否定する「反革命分子」であるのだが、しかし、このコンピューター世代に依拠しなければ、高度成長は維持できない。最近の鉄道事故、大連のデモなどは、特権にしがみつき、政治改革を拒む共産党に対して、市民が最新鋭の武器パソコンを駆使、新しい情報戦争を共産党に仕掛けたと位置づけてほぼ間違いない、と思っている。

 

ロマンなき「北国」

大連とピョンヤンの距離は300キロ以内。大連のデモがピョンヤンに伝わらないはずがない。また、中国は渤海湾の海底油田からの石油流出を止めることが出来ないで汚染を拡大させている。大連港で、中国原子力潜水艦が事故を起こしている、との情報が錯綜している。

「北国」は、日本の歌謡曲の世界ではロマンや慕情の対象である。だが、現実の北国では、ロマンとは程遠い、アジアにおける共産主義の終焉、個人独裁体制の崩壊という生々しい現実が進行している。歓迎すべきことであるが、それにしても日本の政治は、国内ばかりに目が向き、安全保障という観点から見て、アジアへの関心が希薄すぎる。これでは困る。

更新日:2022年6月24日