田中明さん、有難う御座いました

佐藤勝巳

(2011. 5. 2)

 

田中明さん、長い間お世話になりました。心より御礼を申し上げます。

いずれ私も、明さん(以下「めいさん」と呼ばせてもらいます)が旅立たれた世界に参ります。

 

明さんが亡くなった(2010年12月8日)のを知ったのは、1月半ばのことでした。私は、昨年の暮れに腹膜炎を起こし、緊急手術の結果、ようやく快方に向かって退院した直後の明さんの訃報です。それを知ったときは体の震えが止まりませんでした。

 

そのときは妻も体調をくずして入院したため、半病人の私が妻の看病もしなければならないのと重なっていました。加えて体力の低下で、目、鼻、耳、喉(無呼吸症候群の悪化)、膀胱炎など余病を併発して悪戦苦闘の最中に3・11巨大地震発生、津波、原発事故、スーパーなどから買占めのため食糧品が姿を消すおぞましい現実に直面、精神的に激しい動揺に見舞われ、明さんへのお別れの言葉を書けない状態に陥ってしまいました。お許し下さい。最近、気候も暖かくなり、ようやく筆を取れるようになりました。 

 

今まで多くの人にご指導頂いて来ましたが、特に、明さんからはいろいろのことを教えて頂き、戦友でもあり、教師でもある存在でした。私が日本朝鮮研究所の所員になったのが1961年11月の創立のときからです。1965年8月より同研究所の事務局長、1984 年から現代コリア研究所所長をつとめる中で、多くの研究者に接してきましたが、最も親しく長期に渡りお付き合いを頂いたのが明さんでした。

 

明さんと最初に出会ったのは、日韓条約が発効した1966年だったように覚えています。当時「朝日新聞」の記者であった明さんは、取材のため韓国を訪問するに当たって、日本国内で日韓条約締結に最も強く反対してきた日本朝鮮研究所を取材に訪れたのがきっかけではなかったかと記憶しています。

 

いつの頃からか2人は朝鮮問題を介してお互いの体験などをよく話し合うようになり、朝鮮半島の情報交換も頻繁に行うようになっていました。当時、私の周辺にいた人達は、私も含めて共産党員か、もしくはそのシンパのような人達ばかりで、この世の中で最も悪いのはアメリカ帝国主義、次に悪いのが日本や韓国の支配階級。連帯すべきは被抑圧人民という階級理論に基づく絵に描いたような幼稚な単細胞症候群集団でした。

 

しかし明さんだけは、こういった病気にかかっていない唯ーの知人で、新鮮な印象を受けました。当時も今も、私のやっていることは明さんの分野とは全く違っていました。明さんの著書を読めば分かるように、「強靭な知識と知性」に裏打ちされたー級の知識人です。私はその対極にいる人間ですが、終生お付き合い頂いたことを感謝しています。

 

進歩派から決別し1984年4月、名称も日本朝鮮研究所から、現代コリア研究所に変わりました。そのとき明さんのご協力によって国内では須之部量三元外務次官、韓国では「朝鮮日報」鮮干煇論説主幹(当時)などの推薦、協力を得ることができました。

確か、玉城素さんの参加を得たのも明さんの口添えではなかったかと思います。まだ現役で頑張っている「産経新聞」黒田勝弘ソウル支局長は、「朝鮮研究」時代からの執筆者ですから、明さんとともに最も長いお付き合いです。

 

明さんが、定年前に「朝日新聞」を退職した理由は、『李朝実録』を読破するためでした。当時、練馬区にあった明さんの自宅から、『李朝実録』のある学習院大学東洋文化研究所に毎日のように通い、帰りにはよく池袋の喫茶店やビヤホールなどで会い、「贖罪意識」の発生と背景、「日帝下」の韓国人とハングル世代の違い、日朝、日中関係、内外の政治経済、進社会主義崩壊と日本進歩派の思想的退廃、北の独裁体制、総聯の動向、拉致救出運動の光と影、司馬遼太郎氏と金達寿氏の関係、業界の裏話、男と女の話など森羅万象を語り合いました。

 

私の知る限り、日本人で『李朝実録』を全巻読破したのは明さんが最後の人ではないかと思います。交際の中で、明さんを支えている知的パワーは、社会的地位や収入などではなく、「知的興味」と旧制中学時代を過ごした「朝鮮」への愛であることがわかってきました。問題は身につけた知識を何のために、どう使うかです。明さんの著書が日韓に大きな影響を与えたことは、ここで改めて指摘するまでもありません。

 

私は明さんより2歳年下ですが、「朝鮮」という日本社会ではマイナーというより蔑視されてきた問題から逃げなかったという点で2人の間に「連帯感」があったことは間違いありません。また、分野が違うからお互いに得るものがあったし、基本的にはウマ(気)が合ったからではないかと思います。

 

人は生まれて成長し、いろいろな人と出会い、そして別れを繰り返してそれぞれの人生を彩った後、この世を去ってゆきます。私は、明さんと出会えて豊かで充実した人生を送ることが出来たことを本当に喜び感謝しています。明さん有難う御座いました(合掌)。

更新日:2022年6月24日