孫正義氏のカンパによせて

佐藤勝巳

(2011. 4.25) 

 

巨額のカンパ

ソフトバンク会長 孫正義氏がこの度の東日本大震災の復興資金として100億円+役員を辞めるまでの報酬を寄付するという。氏の資産は6723億円(フォーブス調査)。日本有数の富豪である。それにしても伊達や酔狂でこんな巨額のカンパは出来ない。

 

一部保守派の反応に注目

この報道を知ったとき咄嗟に、一部「保守派」の人達のネットで書き、口にしていることが頭に浮かんだ。それは土井たか子元社会党委員長や社民党福島瑞穂党首、また菅直人首相、小沢一郎元民主党代表、古くは自民党幹部であった金丸信氏や竹下登氏などを何の根拠も示さないまま、本人またはその祖先、縁者が韓国もしくは北朝鮮出身であるから、彼らは「南北を利する言動を取るのだ」と決めつけていることだ。

私は、1958年から朝鮮問題に関与してきたが、そんなことをネットなどで読むにつけ、その頃の日本社会に広く存在していた朝鮮並びに朝鮮人に対する差別と偏見と同じ臭いを感じだしている。半世紀も過ぎて日本の保守派の一部から、「差別と偏見」が台頭してきたのはなぜか。不気味なものを感じている。

 

「出自」理由に差別

「だれだれはルーツ韓国」なる認識に問題があるのは、具体的に人間社会を見ていないことだ。日本人にも鳩山由紀夫前首相のように「日本列島は日本人だけのものではない」というとんでもないことを口にする人間もいるし、「冗談ではない。頭は確かか」というものもいる。思想的にはいろいろな考えが存在している。ごく最近まで、朝日新聞や岩波書店の雑誌「世界」は、社会主義や金日成を褒め称えてきた。自由主義体制下で、朝日新聞や雑誌「世界」が社会主義体制や金日成独裁者を讃えるなど、外国から見れば日本は異様

な国家であったのだ。

 

北朝鮮は別にして、いろいろな考えの人がいるのは韓国も同じで、この期に及んでもなお金正日万歳などといっている韓国人がいる。また、そういう集団を粉砕しなければならないという勢力も当然存在している。韓国全部が「反日」だとか、または金正日と戦わない胡散臭い国などいうことはありえない話だ。価値の多様化は日本と変わりがない。一部日本保守派の韓国認識は余りにも一面的であり、現実と異なっている。

 

また、一部保守派は、日本の戦後の歴史の中で東亜連盟を作った石原莞爾と共に運動した在日韓国人曺寧柱(後に民団団長)氏、空手武闘家大山倍達氏など「右翼人士」がいたことをご存じないようだ。在日韓国・朝鮮人の中にも、右もいれば左もいるしノンポリもいる。その構図は日本とかわるところがない。

 

思考停止の空論

「だれだれの祖先は韓国・朝鮮」というレッテル貼りのおぞましさは、自らの思考を放棄するという思想的退廃にある。そのいい例が、日本共産党や、かつての日本社会党が示している。彼らは自分たちから見て否定的なことはすべて「アメリカ帝国主義の謀略」と説明するところで思考を停止したため、国民の支持を失い衰退した。

「祖先が韓国」などとレッテル貼りをしている一部保守派の言動は、左翼と同じ思考停止に陥っている。そして噴飯物なのは、彼らの名指しする韓国・朝鮮をルーツに持つ日本人政治家は、言い合わせたように「祖国」に忠誠心を持っているというところだ。そうであるなら、在日韓国・朝鮮人の3世4世が民族団体である民団や総聯にどうして結集しないのか。説明がつかんない。

 

事実を見誤ってはならない

かつての社会党幹部、民主党の一部幹部は本気で植民地支配に対して贖罪しなければならないと思って、繰り返し繰り返し「謝罪」をしているのである。「ルーツ」などとは何の関係もない日本左翼、進歩派特有のイデオロギーなのだ。

人間に決定的な影響を与えるのは「血」や遺伝子ではなく、環境だ。両親が日本人であったが、太平洋戦争の敗北で、親は親子共倒れを避けて、中国東北地方の中国人にわが子を預け日本に帰国した。その日本人の子ども達が成人となり日本に帰ってきた。顔かたち思想、文化、風俗まで、中国人であって日本人ではない。環境は人を一代でこのように変化させるのだ。在日韓国・朝鮮人が南北の祖国に帰って、差別されるのは、あらゆるものが限りなく日本に近く、祖国に遠いのが大きな原因である。

 

孫正義氏の評価を聞きたい

自分の考えと違う日本の政治家を名指しして「あいつのルーツは韓国だ」などといってきた一部保守派の人達は、今回の在日韓国人二世孫正義氏(1990年日本国籍取得)の東日本大震災に対する巨額の寄付行為をどう捉え、評価しているのだろうか。週刊誌やネットなどを丹念に調べたわけでなはないから断定は出来ないが、メディァも含め「黙殺」に近い態度をとっているという印象を受けている。

 

上述の一部保守派の排外思想からすれば、「孫正義氏のカンパは意図があるから受け取ってはならない」ということにならないのか。そうでなければ在日韓国人孫正義を見直し、それまでの自らの誤ったステレオタイプの偏見を是正しなければならないはずだ。しかし、そのいずれでもなく口をつぐんでいる。私は「黙殺」は最も卑怯な態度だと見ている。

 

「風評」は「民度」の反映

震災の中で「風評被害」が問題となっているが、私はかつて、朝鮮総聯から長年にわたって「KCIA(韓国情報部)の手先」などと誹謗中傷されてきた。誹謗中傷は北朝鮮と総聯の専売特許と思って、彼らを長年軽蔑してきた。

 

ところが「救う会」全国協議会の会長となり、路線上の違いなどから「救う会」を離脱したかつての仲間は、インターネットを使って、総聯の誹謗中傷に勝るとも劣らぬ「品性下劣」な攻撃を掛けてきた。そのとき日本人のなかにも総聯と同質のものがいることをはじめて知って、「日本人もこの程度か」と見直さざるを得なかった。韓国の一部で何かあると「反日」を口にする人達がいるが、「民度」の低さにおいて日本人のこの種グループと低通している。

 

孫氏の行動は模範である

孫正義氏は若い頃、民団傘下の初期の青年会に関与していたと聞く。カネのあるものはカネを、知恵あるものは知恵を、力のあるものは力を出し、国難を乗り越えるという模範を孫氏は示してくれたことに、なぜ保守派までもが黙殺するのだろう。これは「出自」による差別の反映ではないのか。

 

南北、差別の実態

このように書くと進歩派と誤解されかねないから以下私の考えを述べる。1980年5月韓国光州市で当時の全斗煥政権と実質的に政権打倒をめざすー部光州市民が衝突、200名余の死者を出す流血の惨事が起きた。その後、全羅道出身の金大中氏が暴動の首謀者として逮捕され、裁判に付されたが、そのときの起訴状の冒頭の書き出しが「庶子金大中……」というものであった。「庶子」とは正妻以外の女性から生まれた子どものことである。起訴状になぜこんな記述が必要なのか。

 

当時、この表現に韓国のどこからもクレームがついたという話を聞かなかった。私は金大中という政治家を「政治的詐欺師」(共著「朝鮮統一への戦慄」光文社、2000年10月)と公然と書いてきたし、今でもそう思っている。しかし、この表現は「出自」に対する明白なる差別であり、容認できない。祖先が両班か非両班かをはじめ、学歴の有無や出身地域による差別、労働者や女性への蔑視など、韓国には重層的差別が広く深く存在している。

他方、北朝鮮には独裁者に対して国民を「核心階層」「動揺階層」「敵対階層」に分け、さらに身分差別を52に細分化し、支配している。金正日政権は、十数年前から身体障害者をピョンヤンから追放しているなど人権侵害を行っているが、最大の差別は政治犯強制収容所ないで、金正日グループガ国民を公然と殺戮していることである。

 

矛盾解決は当該国の国民

このように矛盾、葛藤はどこの国にもある。それの解決は当該国の国民によるしかない。私が日本のー部保守派の言動を批判したのは、「ルーツは韓国」という「出自」による差別は、必ずブーメランのように自国民にも向くからだ。金正日の身分差別は「革命家」の子どもかどうか「出自」が根拠になっている。子供が親を選ぶことが出来ないのに「出自」を根拠に差別する。坂本竜馬が命をかけて戦ったのが、「出自」に対する差別撤廃でであったのだが、「ルーツ」云々は主観的意図に係わらず醜悪な反動的思想なのである。

 

理念なき日本の危険

鳩山由紀夫氏は、毛並(家柄)みもよいしカネもある。小沢一郎氏は毛並みも悪くなく、カネと行動力がある。しかし、鳩山氏は政治家として無能である。小沢氏は嘘つきで恥を知らない。政策以前の人間として駄目なのに、民主党はそれが言えないで右往左往している。だから信頼されないのだ。自民党も50歩、100歩といえる。

 

孫正義氏の出自が在日韓国人であろうと中国人であろうと、当たり前の話だが、立派な行為は立派だと評価すべきだ。また、国籍の如何を問わず、国益を害するものに対しては毅然として戦うべきだ。民主党、自民党、公明党に、つまり国民の多数にそういう理念(価値基準)が明確でないから、上述のような金正日と似た差別の萌芽が芽生えてくるのではないのか。

 

歴史の歩みは遅々としている

私が『朝鮮統一への胎動』(共著、三省堂刊)の中で民族差別を書いたのは1971年8月である。40年後の2011年に、よもやこんな形で差別問題を書かなければならないなど、夢にも思わなかった。それにしても歴史の歩みは遅々としている。

更新日:2022年6月24日