制裁がデノミを引き起こした

佐藤勝巳

(2009.12. 7)

 

 11月30日、金正日政権が突然、通貨 (ウォン)を100分の1に切り下げ、という電撃的措置をとった。新旧の紙幣の交換は上限が1家族10万ウォン(北朝鮮では4人家族で2ヵ月ほど生活できる金額・日本円で3000円から3500円)で、交換期間は12月1~6日まで、7日から新紙幣の流通を認めるという。

 

 韓国の「デイリーNK」によると、10万ウォン以上所持しているものには、1000分の1で交換するという。この比率で交換すれば「なぜそんなにカネを持っているのか」と公安当局から疑われるので、こんな比率で交換するものはいない。結局、すべて紙くずとなるという。国民は堪ったものではない。

 国民の反発を恐れて、公安機関を総動員し、厳重な警戒の中での発表であったようだが、わめき声や貸借をめぐるトラブルなど混乱が北朝鮮から伝わってきている。国民を支配する暴力機構が衰えている兆候が見当たらないから、当面、危機には至らないと思う。

 

 北朝鮮のデノミはこれで5回目であるが、今回のデノミの契機は何か、ということである。

 慢性の物不足で貨幣価値が下落し、「北朝鮮の貨幣で中国の商品を取引するためには、10トントラック1台に金を詰めた袋を数十袋積み込まなければならないだろう。そのため取引は殆ど中国の人民元とドルが使われている」(デイリーNK・12月3日)という。この話が事実なら、北朝鮮の貨幣は紙くずということが、今回のデノミの重要な理由であったと推定される。

 

 現在北朝鮮の国民の生活必需品の70%は市場から調達されていると言われている。ということは、政府(党)の関与は30%ということになる。コメなどの生活必需品が配給されているときは、労働党が人民の思想や生活を支配することができたが、今や、たった3割の支配力しかないということだ。しかも市場を通じて新しい金持ちが生まれてきて、党ではなくカネが人民を支配し出してきた。この現象は金正日独裁集団からの人民の離脱を意味する。市場経済の発達は、金正日らにとって、アメリカの第七艦隊にも匹敵する重大な脅威なのである。 

 

 独裁者の言うことは間違いないという虚構から出発している北朝鮮経済は、金日成時代からうまくいってない。破綻していた経済を引き継いだ金正日も、すべての面で軍事を優先させる先軍政治を行っている。軍事産業では再生産に何も役立たない。そんなことは誰もが知っているが、独裁体制の下でそれを口にしたら、即、命がなくなる。独裁者の命ずるままに資金も技術も労働力も軍事に優先的に投下せざるをえないのだから、当然、経済は破綻する。 

 

 この内的要因のほかに、今回のデノミ決行の背景には日米韓の制裁が功を奏している。韓国の李明博政権は、核を放棄しない限り援助しないと原則的態度を貫いている。鳩山政権は今後どうするのか不明であるが、今までの自民党政権は拉致が進展しない限り援助はしないし、日朝の輸出入を全面禁止してきた。北船舶の全面入港禁止措置を取ってきた。

 オバマ政権もブッシュ政権と違って、今年の6月中旬北朝鮮の貨物船に対して、第七艦隊で20日間にわたって軍事的圧力を加える一方、金融制裁を強化し、軍事、経済、金融、政治などの制裁を敢行している。

 

 金正日政権は背に腹は換えられなくなって、今年の春まで李明博政権を「民族の反逆者」「逆徒李明博」などと罵詈雑言を浴びせていたが、8月になると拉致していた韓国人を釈放し、金剛山、開城観光をやろう、と提案。そしてついに、赤十字を通じ食糧援助を公式に李明博政権に要請してきた。

 

 李政権は1万トンのトウモロコシを援助すると回答すると、北は少なすぎると文句を言っているが、結局、貰うことになるだろう。なにしろデノミの発表当時、コメ1キロが2000ウォンだったものが、4万ウォン(約1500円)に跳ね上がっている(朝鮮日報12月3日付)のだから。物資も資金も不足しているので、生産も輸入も出来ない。矛盾は拡大するばかりだ。 

 

 だが、ここで北京がどう出るかが大きな問題だ。日、韓、米が北に制裁を科しても、中国が陰で援助していたら効果は期待できない。北の崩壊による混乱が起きて困るのは中国であるから、多分、「生かさず殺さず」の対応を取ると思われる。金正日氏の健康状態よりも、今、直面している経済危機を北は乗り切れるのかどうか。

 

 8日から米国務省朝鮮半島特別代表ボズワース氏が北朝鮮を訪問するが、この訪朝を中国が仲介したなどの報道が流れている。鳩山内閣は普天間移設で日米の摩擦を高めているが、

 愚かなことである。朝鮮半島をめぐる米中の動きから外されかねない。困ったことでる。 

更新日:2022年6月24日