プルトニウムを抽出させればよい

佐藤勝巳

(2009.11. 4)

 

 「核燃料棒8000本の再処理」を終えて核爆弾の燃料であるプルトニウムの抽出を始めた、と国営の「朝鮮中央通信」が11月3日に報道したが、金正日政権のパフォーマンスが、またぞろ始まったと見てよい。

 これに対して日本政府高官が「事実かどうか情報収集中だ」(産経新聞紙11月4日)と、落ちついて対応していたのは注目に値する。「事実かどうか」調べるということは、ハッタリかもしれないので、鵜呑みにしませんよ、ということで、いまや金正日政権は完全に「狼少年」化した観がある。

 大声を出して騒ぎまくるヤクザを、誰もまあまあと止めずに遠巻きにして見物しているような現象が〝弱腰〟と見られている日本でも起きている、ということだ。

 それにしても、この時期に金正日政権が、なぜこんな行動に出たのかといえば、つまりはアメリカに早く話し合って欲しいというメッセージを発しているのである。外交と内政は連関しており、金正日政権にとって、誰にも相手にされないままの状態が続いたら、いま力を注いでいる2012年までに強盛大国を実現するという大目標が困難になることが確実視されてきたのだ。

 

 今年に入ってからの金正日政権の行動にその焦燥が現れている。

 本欄でも再三紹介してきたが、まず韓国・李明博政権が、盧武鉉前大統領の約束した経済協力や食糧支援を控えた。金正日政権は、早く実施せよ、さもなくば戦争も辞さず、と脅迫しつづけたが、韓国は屈しなかった。 

 

 しびれを切らした金正日政権は4月、太平洋に向けて、中距離弾道ミサイルの実験を強行し、世界の目を平壌に集中させた。 5月には核実験を強行して、世界の耳目を一層平壌に集中させた。だが6月には、多少の紆余曲折があったが、国連安保理で経済、軍事、金融に対する強力な制裁が決議されてしまった。

 

 オバマ政権は、6月下旬から7月上旬にかけて、武器を積んでミャンマーに向けて航行する北朝鮮の貨物船を、第7艦隊で20日にわたって包囲・追跡し、ベトナムや中国への寄港すらも許さなかった。アメリカが国連決議の不十分さを軍事力でカバーして見せたことに、金正日政権と中国がふるえあがったと推定される。

 

 8月に入ると金正日政権は、拉致していたアメリカ人と韓国人を釈放し、韓国に接近をはかって来た。しかし、韓国もアメリカも金正日政権が期待する反応は示さなかった。そこで、こんどは朝鮮中央通信を使って「プルトニウムを抽出した」と報道したのである。いつものように、脅しをかけて交渉に引き出し、食糧や石油をせしめようという思惑なのだろうが、誰もその手に乗らなくなった、というのが現状であろう。

 

 例えばヒラリー・クリントン国務長官は10月21日、米平和研究所創立25周年の記念講演で、核拡散防止に触れた。その中で「北朝鮮に対しては、一語一語区切りながら、明瞭かつ力ある語調で……完全な非核化に向けて検証可能で、後戻りできない北朝鮮の措置があるまで、現在の北朝鮮制裁の緩和はない」「核保有の北朝鮮とは、決して国交正常化には応じない」(韓国・東亜日報10月23日)との見解を述べている。聴いた人々は異口同音に「断固としている上、鳥肌が立つほど冷徹な現実認識を示した」と言う。

 

 このオバマ政権の主張は、ブッシュ政権の一期目とほぼ同じものである。韓国・李明博政権も北が核を放棄しない限り援助はしない、という原則を崩していない。わが国の鳩山政権がどんな北朝鮮政策を採るのか不明であるが、今のところ前政権との変化は見られない。

 日韓米を脅しても効果が上がらない金正日政権は、食糧も石油も手に入り難くなっている。そのため、目まぐるしく、強硬・非強硬政策を採っているが、それも彼らの焦りの反映であるから、慌てることはない。

 

 時間は金正日政権に不利に、日韓米にとって有利に作用している。プルトニウムを抽出したかったら、させればよい。いずれ、1人相撲に疲れて、大転びして墓穴を掘ることだろう。待てばよいのだ。

更新日:2022年6月24日