拉致解決、絶好のチャンスだ

佐藤勝巳

(2009.10.22)

 

 北朝鮮が李明博政権に〝初めて人道支援を要請〟してきた。これは多少とも南北関係に関心をもつものなら、「ホント?」と誰もが驚きの声を発する金正日政権の大変化、大珍事だ。

 

 本コラムでも再三触れてきたように、つい3ヵ月前まで金正日政権は、盧武鉉政権が北に約束した援助を実行しなければ戦争も辞さず、と叫び続けていた。それが10月16日の南北赤十字実務接触で、「逆徒李明博政権」に対して恥も外聞もなく人道援助を要請した、というのだから、〝制裁〟が効を奏しているということだ。

 日本の制裁に加えて、国連決議によるアメリカの金融制裁、李明博政権になってからの援助停止、金剛山観光などの停止が金正日政権への外貨収入を激減させ、拉致したアメリカ人や韓国人の釈放につながった。

 

 先ごろ中国の温家宝が訪朝して26億円の無償援助を決定した、と韓国の東亜日報が報じたが(10月15日の本コラム「動き出した拉致対策本部」参照)、10月17日付朝日新聞によると、要請し続けてきた6者協議への参加に同意しない金正日政権に、中国は予定した経済援助を中止したという。この報道に誤りがなければ、金正日政権のもくろみは大きく狂ったことになる。

 

 また、ブッシュ政権末期と違って慎重なオバマ政権との米朝交渉はいずれ始まると思われるが、金正日政権の望むモノやカネが容易に動くという雰囲気ではない。これは北にとって大きな読み違いであったはずだ。

 

 日本政府も2006年7月5日のミサイル実験以降、万景峰号の入港を禁止したが、この措置は金正日政権に確実にダメージを与えている。その証拠に金正日政権は、総聯などを使って執拗に万景峰号の日本入港実現を目指し民主党関係など各方面に働きかけている。

 それにしても日本人には、彼らがなぜあの船の入港を執拗に求めるのか理解しがたいかもしれない。北朝鮮は独裁者金正日が支配する社会で、あらゆることが金正日を中心にまわっている。例えば独裁者がキャビアを食べたいと言えば、最高級のキャビア調達に担当者が産地を走りまわる。

 金正日が「越の寒梅」「松坂牛」が美味しいといえば、制裁前は万景峰号で次々と運搬していた。北朝鮮の船舶で電気冷凍庫を備えているのはこの万景峰号だけだ。

 金正日政治の基本は、側近に「高級車」や「松坂牛」など、末端の兵士にカップラーメン(特に日本製が人気が高い)というふうに、常にモノや美味しい食べ物をアメとして使う。つまり、あの1万トンの貨客船は金正日御用達の「宅急便」なのだ。

 

 反面、意に沿わない者は、裁判もなしに秘密警察が政治犯強制収容所に送り込む、というムチ(恐怖政治)を駆使し、統治を行なっている。

 モノを与えることで部下の忠誠心を維持してきた金正日にとって、この数年間の入港阻止で、それが出来なくなり重大な政治的ピンチを迎えているのだ。

 

 他方、万景峰号は隠された政治的側面を持っている。日本で金正日政権を支持する朝鮮人の表の組織・総聯、裏の組織・朝鮮労働党の別名「学習組」を指導するため北朝鮮から幹部が万景峰号に乗船してきて、在日の関係者を船に呼び入れ指導するという、まさに動く謀略基地の役割も担っているのだ。

 

 数年前までは、万景峰号にミサイルや核開発に必要な日本製の精密機械や機材、ハイテク部品などが堂々と積み込まれ運搬されていた。勿論現金も運ばれていた。核ミサイル開発にとって必要不可欠の船でもあったのだ。

 

 だから制裁期限が切れる時期になると、決まって日本の親北朝鮮団体を使って、制裁解除を政府に要請してきた。今回自民党から民主党に政権が交代したので、民主党幹部に制裁解除を要請しているのはそのためだ。

 

 万景号の入港を認めることはわが国にとって、とんでもない譲歩であるが、拉致を解決するために民主党政権は、日本人拉致被害者全員を返すなら、万景峰号の日本入港を検討する用意がある、との外交を展開する絶好の機会である、と前述の理由から筆者は考えている。

 

 この提案は、6者協議ではなく日朝2国間で話し合えることと、カネもモノを与えるわけではないから、国民の理解は得られやすい。金正日政権が提案に乗ってこなければ制裁をより強化すればよい。日本が拉致救出を自主的にできる絶好のチャンスだ。このチャンスを逃がしてはならない、と私は思っている。

更新日:2022年6月24日